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コバルトブルー・リフレクション📷第三章 5階の住人

第三章 5階の住人

「葵!私、朝はスクランブルエッグって決めているの。」
 と、私は言った。
「紫先輩、そういう事は先に言って下さいよ。……じゃあ、これ、僕が食べます。」
 と、葵は朝から来て私の部屋で朝食を勝手に作り始めた。
「少しは自炊しないと……ほら、何で見てもいないんですか!」
 と、葵は自炊を覚えろと五月蝿い。
「今日の事件調べているのよっ!日課なのっ!それに私は自炊なんて覚えなくて良いのよ。今時、古い政略結婚しか待ってないんだから。」
 と、私は不機嫌になって言うと、事件欄をチェックする。
「えっ……それ本当ですか?今時?」
 と、葵が聞いた。
「他に何があるって言うのよ。「お飾りの女帝」……昨日、ちゃんと話さなかったけれど、皆、知っているから話さなかっただけよ。私の父は警視総監……私はバリバリのキャリア。今、気分転換に新人研修しているだけ。新人研修じゃなきゃ、葵とも仲さんとも、なかなか話せる相手じゃなくなるわ。……葵は運が良かったわね。」
 と、私は遇う様に言うしか無かった。変に仲良くされたところで、また遠くなる……。
「……ずっと……新人研修して欲しかったなぁー。また会えて、正直嬉しかったのに。……でも、これはこれで奇跡ですよねぇー。紫先輩が「女帝」に戻ったら、僕……頑張って出世するんで、待っていて下さいね。」
 と、スクランブルエッグを、フライパンの上の彩箸でカラカラ回し、笑いながら葵は言った。
「何よ、それ。待たないわよ!今から媚び売ろうったって、何にもならないからね。」
 と、私は注意する。……本当はね、それが嘘でも媚びでも……少し嬉しかったけれど。
「あっ!ちょっと……朝はカフェでブラックコーヒー飲みたいのよ。」
 と、私は腕時計を見て言った。
「あっ……待って。」
 葵がスクランブルエッグとブラックコーヒーを出した。
「……あら。」
 思わず焦っていた気が抜けて、そう口から溢れていた。
「……あんた、新人の割にやるわね。」
 と、私はブラックコーヒーを飲みながら言った。
「明日は、カフェ……行きましょうか。」
 と、葵が笑う。
「下手なカフェのモーニングより美味しいじゃない。」
 私はふわふわのスクランブルエッグとパンとサラダを食べてそう誉めた。
「だから、覚える価値ありでしょう?スクランブルエッグはちゃんとフレッシュクリーム入りですから。」
 と、葵は笑う。
「美味しいのは認めるけど、自炊はしませんから!」
 と、私はしっかり、この際はっきり言っておこうときっぱり言った。
「じゃあ、また来るから良いですよ。」
 と、葵が拗ねるので、
「出世の媚び売りも、朝っぱらから入りません!」
 と、言ってやった。……どうだ、此処まで言えば流石にもう放って置くだろうと、私は思っていた。多少傷つけてしまおうが関係ない。出世の道具扱いで人扱いしてくれないのなら、私だってそんな奴……道具か駒に見てればいいのだ。
「……えっ、嘘……何なのっ?!」
 私は思わず立ち上がった。
「あのね、男だったらそのくらいで泣かないでよ!しかもあんた、刑事でしょう?!そんな弱っちいのでどうすんのよっ!」
 いきなりぽろぽろと泣き出した葵に私は怒鳴った。
「怒鳴らないで下さいよー。涙脆いだけです。……だって、何か紫さん、可哀想。自由が少ないって言うか。……何も出来ないのかなって。何かしようとしても、出世目当てにしか見えないですもんね。……あ、でもこれ、お涙頂戴じゃないんで。本当に涙脆くて。あの……せめて、朝食ぐらい一緒に食べませんか?……新人研修の思い出に。」
 と、葵は言う。私は変わった奴だと思いながら、まぁ新人研修の思い出かぁ……と、ティッシュ箱ごと葵に差し出して言った。
「……朝食だけだからね。」
 と。この泣き虫葵と、これから私は彼の本当に死んだ理由を探さねばならない。私に見つかってしまった以上……この事件、未解決で終わらせはしない。

 私はブラックコーヒーを飲んで、部屋を飛び出る。葵は慌てて着いてきた。
「……五階……行くよ。」
 私はそう言うなり駆け足で階段を登る。
「何で、ここエレベーター無いのぉー!」
 葵が必死に着いて来てそんな弱音を言っている。
「新人のうちは走る!ここは古いからエレベーターなんてない。場所によってはもっと階層があってもエレベーターの無い古い建物はまだある。……そんなんじゃ、犯人に逃げられるよっ!」
 私はそう言って笑いながら、ヒールの靴もなんのそので軽々上がって言った。……こんなの、護身術も総てマスターした私には楽勝。
 さて、5階の飛び降り自殺現場の真後ろの扉……此処が、自殺した柳田 弘(やなぎだ ひろ)の部屋。三階の私と幽霊の彼の部屋から見ても一直線ではない。柳田 弘の部屋に私は手袋と靴袋を履いて入る。
「ちょっと、何やっているんですか?」
 葵が止めようとする。
「はぁ?私が現場に入るのに許可なんていちいちとると思う?ほら、葵にも入る。」
 と、私は手袋と靴袋を渡す。
「良い……趣味ね。」
 私は、本棚を見て彼を思い出して、うっとりしてそう言った。あ……それより、現場は近いし葵のせいで、彼の物語が読めないじゃない!今日終わったら読もう……。そう思いながら、引き出しを開いたり、特に多い書類関係を隅々まで見る。
「あれ?……これは、二月の……。」
 それは二月の公募宛の長編作品である。差出人は三階の……彼。
「彼書き上げていたんだわっ!忙しいのに頑張って……。」
 私はそれを見て、上を見上げて泣いた。下を向いて、その証拠品に涙を落とす訳にはいかない。そんな理由もあったが……彼の大事なこの作品に涙は似合わない。
「紫先輩?どうしたんですか?」
 と、葵は心配そうに私を見る。
「ああ、取り乱して御免なさい。もう隠しても仕方ないわね。……他の刑事に言わないでよ。私の死んだ推しがね、頑張って書いた遺作があったものだから。」
 と、どうせ調べりゃバレると白状して見せた。
「でもこれ……。」
 と、葵は険しい顔つきになる。それは私もだ。
「そう……確かに出した筈なのよ、ポストに。締めもズレている。この5階の住人……彼の作品をポストから奪っている。ここの住人……もっと調べる価値がありそうね。」
 と、私が言うと……葵はその封筒をマジマジと見て、
「え――っ!この住所!……紫先輩、もしかしてその死んだ推しの部屋に住んでいるんですか?!変質者ですよ、それ。」
 と、今頃気付いたらしい。
「変質者まで言う事無いじゃない。皆には幽霊物件住んでみたーいって、「女帝」の気紛れで済ませているんだから、話合わせなさいよ!これ、上司命令だから。」
 と、私は口止めする。
「……で?出るんですか?……その……推しの彼は?」
 と、おどおどしながら葵は聞いた。
「ええ、昨日でたわよ。あんまり、話させないけれど。自殺の理由もいまいちパッとしないわね。詩的過ぎて、私には分からないわ。」
 と、私はそういえば……と、昨日の素敵な瞬間を思い出す。
「へぇ……意外と、推しには乙女なんですねー。死んでいるところが残念ですけど。」
 と、葵は白けた顔で言う。
「五月蝿いわね!誰だってあるでしょう、そういうの。葵だって部屋にフュギュア並べてるタイプじゃないのー?」
 と、私は怪しいものだと聞いてみた。
「ああ、昔はそうでしたけど、今はカメラが並んでますね。へー、そういう感覚なんだ。自殺した推しは流石に並ばないですけどねぇ……。」
 と、葵は紫を揶揄う。
「当たり前じゃない!彼の物語が好きなだけよ。どうせなら、彼の書いた場所で読みたかっただけ!あるでしょう?文豪が泊まった場所でその本を読んで浸るとか……それと一緒よ。」
 と、私は変質者ではないと言い張る。
「……なら、信じますけど。知っていまか?幽霊を愛してしまうと、あの世に連れていかれるんですって。」
 と、葵は真面目な顔で言う。
「……えっ……そんな訳ないじゃない。刑事がそんな事言ったら皆、行方不明になるわ。それだったら、文豪ファンはとっくに皆、連れて行かれてるわよ。」
 と、私は馬鹿馬鹿しいと他の捜索を始める。
「でも、幽霊……見えたって、言ったじゃないですかっ!」
 と、葵が捜索をしているのに邪魔するように話し掛けた。
「……だから……気のせいよ。刑事がまともに幽霊信じてどうすんのよ。それより、早く手伝って……。」
 と、私は落ち着いて、早く仕事をするように促す。
「……あの、紫先輩……連れていかれたら困ります。……教えてくれる人、いなくなるし。だから、だから……僕にもその幽霊、会わせて下さい!」
 その葵の言葉に私の手も思わず止まる。
「はぁ?……何言っているのか分かっているの?それとも、女だからって馬鹿にしてる?幽霊って夜に出るのよ。朝食だけでも譲ったのに、何で夜まで一緒にいなきゃいけないんですかっ。良い?これでも政略結婚の嫁入り前なの、無理に決まっているでしょう。馬鹿な事言わないでよ。」
 と、私は呆れて今度は机の引き出しを探し出す。
「……そうじゃないですよ。」
 思い詰めた声で葵が言った。
「えっ?」
 急に声色が変わったので、私は一瞬怖くな
ったが、葵を見る。何かを誤魔化す様に、葵はにっこり笑うと、
「そこじゃないんですよ。きっと隠すなら葉っぱの中の一枚の葉じゃなく、キッチンです。……ほら、あった。」
 と、冷蔵庫に貼ってあったレシピの紙の下から、一枚の通知を引っ張り出す。
「最終選考……残っていたんだ。」
 私はその最終選考通知を見て、彼がもう少し生きていれば……と、惜しい気持ちになった。もしこの通知が彼に届いたならば、彼は飛び降りずにいてくれたのだろうか。
「あの……さっきの事ですけど、冗談じゃなくて……紫先輩、憑依体質だったり、霊感強かったりしません?僕の実家寺なんですよ。だから、危ないかなぁーって。それに、もし幽霊が見えるなら、色々聞けるじゃ無いですか。なんか広いみたいだし、僕家政婦代わりで良いし、雑魚寝でも良いんで、せめてこの事件が終わるまで置いてもらえませんか。……あ、変な事を言っているとは思うんですけど……。」
 と、葵は言うのだ。……普通断るよなぁ……と思いながらも、スクランブルエッグが美味しかったのには心が折れそうだ。正直、家事洗濯総て出来ないので、帰ってお風呂に入って寝るだけは有難い。
「うーん……仕方無いっ!取り敢えずお試しならいっか。」
 と、気付けば心の声が出てしまっていた。
「じゃあ、まずお試しで。」
 と、葵は微笑む。……何だろう、葵といると自分が鬱だなんて忘れてしまいそう。葵が良く、笑うからだろうか……。

「他にも沢山飾りましょうよ!」
 部屋に戻ると真っ白な壁を見ながら葵はスマホの画像を出して、どれを何処に飾るか考えている。私は事件の事を調べるフリをして葵の経歴やら家の事を調べていた。刑事のしかも大物キャリアの部屋に転がり込もうとしたのだ。疑って当然だ。私は、情や優しさなど信じない。そうやって生きた方が、傷付かないで生きていけるからだ。
 確かに実家は寺のようだ。男ばっかりの四人兄弟の末っ子。学歴は……確かにキャリア組ではある。頑張って私のところまで上り詰めるかは葵次第と言うところだ。ただ、気になるのが此処に来るまでの過去解決した事件件数……。私と同じ……出会った事件は必ず仕留めている。さっきの捜索中での発見は偶然ではない。私が教えるまでも無かった。泣き虫を除けば良い相棒か……。さて、これを調べているのもきっと葵なら気付いた辺りだろうか。……なんて、言うだろう。
「……あの……好きな物とか食べられない物……まだ聞いて無かったです。」
 そう言って、葵はコップに入れた水を持って来てくれた。
「あと……お薬の時間じゃないんですか?」
 と、微笑む。私はモノトーンのガラスのテーブルセットに座りながら、
「好きな物は美味しい物……嫌いな物は不味い物と納豆、高野豆腐。……病気の事、どうして?」
 と、葵に私は聞いてみた。
「……「女帝」が新人指導。休みたいけど休まなくても、もしかしたら続けられるかも知れない病気……環境の変化にはまだ慣れないでしょうけど、「女帝」よりかは気が楽ですか?」
 と、葵は言ってまた微笑む。
「何で何時もそうヘラヘラして、笑えるのよ。知っているんでしょう?私が何をしていたかぐらい。キャリアだから、貴方も怒らないし、注意もしないの?」
 と、私は引き出しから薬を出して戻る。
「いいえ……別に媚びなくても僕はそのうち貴方に追いつく。だからヘラヘラして見えるのかなぁ?……なんか、楽しいんですよ。紫先輩といると。」
 と、葵は答える。
「ふーん……馬鹿にしているわ、全く……。」
 私はそう言って、処方された薬を飲んだ。本当……なんでだろう。人前で、私は薬など飲んだ事はないのに。

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。