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「黒影紳士」season2-8幕〜その叫んだ世界に君がいる〜 🎩第三章 偽りの世界に君がいる

――第三章 偽りの世界に君がいる――

食事が終わると黒影は自分の珈琲と、白雪のロイヤルミルクティーをミルク鍋で作り持って来た。
「器用ですよねー先輩。何処で料理覚えて来たんですか?」
 サダノブが不思議がって聞く。
「テレビとか本とか……後は店に直接行けば偶に教えて貰えるよ」
 と、黒影は答えた。……何時か、料理評論家にでもなる気かと言いたくなったが、サダノブは黒影が似合わないからと普段料理をしないのを思い出して言わないでおいた。
「へっ、へぇ……俺も見習って偶には穂さんに何か作って上げたいなあぁー」
 と、適当に誤魔化す。
「其れは良いな。其の時は困ったら教えてやるよ」
 そう言って微笑むと、黒影はリビングの席に着いてやっと何時も通りの食後の珈琲をゆっくり寛いで飲み始める。
「風柳さん、昨日立てた予定ですが変更します」
 と、黒影が急に言い出す。
「えっ?二手に分かれて行動するんじゃなかったのか?」
 と、風柳は黒影に聞いた。
「否……全戦力で行きます」
 黒影の瞳の奥に赤い火の粉の様な物が映っては消える。此れは躊躇いを止め、真実だけを求める事を決意した時の目だと風柳は知っている。
「良し。うちの参謀が良いコンディションになって来た様だな。作戦と行こうじゃないか」
 風柳は此れでダミーとの長い戦いに終止符がつけるかも知れないと湯呑みを置き、にやっと笑う。
「白雪……辛いところを思い出させてしまって悪いが……マネキンと遺体含めて12体程に見えたが、実際の遺体は今は何体だ?」
 と、黒影が聞く。
「三体」
 白雪が答える。
「三体か。……随分と多く見せられたものだ。ならば今が絶好のチャンスだ。此の機を逃すわけにはいかないっ!白雪、場所のヒントをくれ」
 と、黒影は苦笑し、再び真面目な声で聞いた。
「廃校。山の上の少し開けた所。上がって直ぐトラックを停車していた。トラックの裏には踏み付けられた鉄炮百合が咲いている筈。犯行現場は技術室」
 と、あまり思い出さない様に淡々と話す。こう言う時、白雪は時々感情を失った様な目で話す事が屡々あった。本当に人形にでもなってしまいそうで、黒影は其れを心配する。
「サダノブ、此の季節……此の近辺では鉄砲百合が咲いているのは未だ少ない筈。分布図を出してから、其の後廃校を検索。該当の中から衛星画像でトラックのある場所を追ってくれ」
 と、黒影が余りに早く言うので、サダノブは慌ててタブレットを出して探偵社独自のソフトで検索する。
「出ました、一箇所です!」
 サダノブは言った。
「良し、サダノブ有難う。では風柳さんは此の周辺で一ヶ月以内の行方不明者のリストアップを揃えて頂きたい」
黒影はそう言うと、また珈琲をゆっくり飲み始めた。
「分かった。急ぎで頼んでみよう」
 風柳はそう言って連絡をしている。

 ――――――――――
 黒影は珈琲を飲み終わると、
「ちょっと良いかな」
 そう言って白雪を呼び、庭のハーブ畑の前のベンチに二人で座っていた。
「何時も嫌な役を任せてしまうな」
 ……そう、今回場所が特定出来たのも、遺体人数を正確に把握出来たのも白雪のお陰だ。
「今に始まった事じゃないわ」
 白雪は揺れるハーブの花を見詰めそう言った。
「ずーっと前、未だ僕達が警察と仕事をしてから暫く経った頃、僕は白雪に”もうお前を苦しめない。白雪が嫌な夢を見る前に僕が解決してやる!”って意気込んで言った事、僕は今だに守れていない。事件より……僕にとっては大切な約束だ。なのに……すまなかった。今回の件……何時か必ず白雪の夢を頼らざるを得ない事、何処かで分かっていた。なのに、何もしてやれない」
 黒影は悲しそうに長い睫毛を下し言った。
「分かっていたから、捜査……行き詰まっていたし。其れに何も出来ないなんて言わないでよ。……手、握っていてくれたじゃない」
 其の言葉に、夢の中で伝わってたのだと黒影は少し驚いた表情をする。
「私の夢にはサダノブは来てくれないけれど、黒影の温かさぐらいは来てくれるのよ」
 そう言って白雪は微笑む。
「ねぇ……黒影」
「ん?」
 黒影は白雪の目を見た。
「三人目……未だ生きていたの。血を抜かれているのに薄く呼吸していた。私は其の人が其の儘バラバラにされるのを見て怖くて叫んでしまったの。……でもね、本当に怖かったのは私じゃないの。怖いよって叫びたかったのは其の人だと思う。私は被害者の気持ちや見付けて欲しいって願う気持ちが夢を見せるんじゃないかって、最近思うようになったの。だから……貴方に伝えて解決してくれるなら。私の恐怖も被害者の恐怖も、少しだけ報われるのよ。黒影、貴方が真実を探すなら、私は貴方に其れを伝えたいの」
 と、白雪は言う。
「……じゃあ、僕の愛する人も被害者も苦しめた事を、存分に後悔させてやらないと僕の気も収まらない。必ず……今度は逃したりしない。迷いもしない。……自己満だけどねっ」
 そう言って微笑むと立ち上がり、白雪の手を取る。
「また、サダノブね。変な言葉ばっかり教えるんだからぁ」
 そう言って黒影を見て微笑み返し乍ら、白雪は立ち上がった。

 ――――――――
「……そう言えば風柳さん、良かったら僕の車……使いますか?速いですよ」
と、出掛け際に黒影が言う。
「其れもそうだな。……スポーツカーなんて何年ぶりだろう。懐かしいなぁー」
 と、言い出す。
「まさか、風柳さんまで乗ったら人が変わったりしないですよね?!」
 と、其れを聞いたサダノブは黒影の運転を思い出して、タブレットをぎゅっと抱き締めて震えてる。黒影は其の姿を見て、
「前にも言ったじゃないか。風柳さんの運転は安心、安全でスマートだって」
 と、黒影は笑い乍ら言う。そんな事も言っていたと思い出したサダノブは、
「なら……良いですけど」
 と、半信半疑ではあるものの了承した。
 ――――――――――

 一般道から高速道路に乗る……。
 確かにウインカーも早めで無理な追い越しも無く、乗り心地も良い。サダノブは此れならばと、うとうとし始めようとした。
 すると、ちらほら車が少なくなり始める。
「やっぱり、漢は迷わずストレートだなっ!」
 と、訳の分からない事を言って風柳がガハハと笑うと、徐々にGを感じて、あっという間に法定速度上限ギリギリで走り始める。
 タイヤが地面を捉えてゴーゴーと密着する音が響く。
 黒影は、其れを確認すると安心してして帽子を深く被り、眠る体勢に入る。
「えっ?此のスピードで寝るんですか?」
 思わずサダノブが言った。
「ああ、実に良いエンジン音の子守唄だろう?其れにスマートだ」
 と、言って眠り出す。
 ……嘘でしょ?先輩、感覚麻痺してますよー!?っと、突っ込みたくはなるが、今日もやっぱり変わっている人だったとあえて何も言わない。
 其れより一番恐ろしいのは、誰の運転でも余り揺れの変わらない助手席の猫耳の主なのかも知れないと思った。
 ――――――
「もう、そろそろかな?」
 風柳が減速し乍らサダノブに聞いた。
「次のインター降りて下さい」
 と、サダノブは地図をタブレットに表示させ乍ら答える。
「サダノブ、ちょっと……」
 黒影は何時の間にか起きていて、ひょいとサダノブのタブレットを操作し音声案内に切り替えた。
「あっ、こんなところにあったんですね」
 サダノブが言うと、
「予習しとけ。其の為に渡しているんだから」
 と、注意される。最近、警察への報告書やら保存する事件報告書の作成、更に黒影の夢迄入って火消し役もしていたので、なかなか勉強や自分の時間が無かったので、
「はぁーい。」
 と、やる気の無い返事をサダノブはする。黒影は珍しいなと、きょとんとした目でサダノブを少し見て考えると、手を叩いて言った。
「そうか……。此の事件が終わったら僕が資料を片付けておくから、少し休みをとって穂さんとデートにでも行って来ると良い」
 と、提案する。
「えっ!?本当に良いんですか?」
 サダノブは分かり易く喜んだ。
「勿論だよ。其の代わり……此の事件が終わる迄はしっかり頼むよ」
 と、黒影は微笑む。サダノブは未だ此の時、黒影の策略により黒影の代わりを務める羽目になるとは知るよしも無かった。

 ――――――――
「……此のトラックか……」
 黒影はそう言い乍ら、手袋を嵌めて荷台に入って行った。
「プレハブの中……空だな。マネキンと遺体は無い。連れて行った様だ。……相変わらず、雑な仕事だ」
 と、黒影は遺体を引き摺り出した時の血の跡を見て、憎しみを込めた目で其れを見る。ダミーは生きた人間もご遺体も物の様に扱う。区別が無くなる程、ご遺体をシナリオの一部の道具として扱った顛末が此れだ。
「此処で下ろして廃校に連れ込んだなら、やはり舞台は此の廃校と言う訳か……」
 トラックからコートをバサッと鳴らし軽々と飛び降り、廃校を見上げると黒影は言った。
「……やっぱり、罠とかあるんですかね?」
 サダノブが息を呑んで聞く。
「当然だ。罠しかないと考えた方が良い」
 そう言って黒影は後ろにいた風柳の方を、コートをバサっと音を立てて振り向く。
「風柳さん、ダミーは僕の事を殆ど調べ尽くし知っています。変な小細工は最早価値が無い。……僕はコートと帽子の精密機器の妨害を切ります。……其の代わり、此れを預かっていて貰えませんか。証拠としては採用出来ませんが、力がいる時は此れで合図なら送れます」
 そう言って、風柳に小型無線機を手渡した。
「一人で行く気か?」
 と、流石にダミー相手に一人で行かす訳にはいかないと、風柳は聞いた。
「安心してください。番犬も連れて行くので」
 と、黒影はタブレットばかり気にしていたサダノブを引っ張り、風柳に見せそう言って笑う。
「ちゃんと使えるのか、その番犬は?」
 と、風柳も小さく笑い乍ら聞いた。サダノブは何の事で笑っているのかと二人を見てキョロキョロしている。
「ええ、意外と此れで優秀なんですよ」
 と、黒影は風柳に言うと、白雪の猫耳付きヘッドホンを取り上げ、
「はい、音楽は此処迄。風柳さんと待機する大事な時間ですよ。風柳さんを呼んだら、白雪も絶対逸れずに来る事。其れが今日の任務です」
 そう言うと微笑んだ。
「分かったわよ!大人しく待機するから、あんな奴早く捕まえて来てよねっ!」
 と、白雪は置いていかれる事に、未だ少しツンツンしてはいるが、自分が人質になって黒影が動けなくなる事態だけは避けなくてならないと、仕方無く了承する。
「さぁ!行くぞ、サダノブ!」
 黒影が言った。
「えー、分かってますけど、普通に廃校って怖いですよぉー」
 と、泣き事を言う。
「僕に本気で怒られるよりかはマシだろう?」
 黒影はそう言うと先に入り口に歩き出す。
「行きます!行きますってばぁー!」
 と、サダノブは黒影に怒られたくなくて、慌てて後を走って付いて行った。
 二人は中の廊下を歩き、白雪が夢で犯行を見たと言う技術室を探す。
「……今日は頼りにしているよ」
 と、教室の看板を小型ライトで照らし乍ら黒影は言った。
「……えっ?俺の事っすか?」
 と、サダノブは訳が分からず聞いた。
「ああ、サダノブの事だ。如何やらお前が言っていためっちゃイージーとやら、未だ効き目がある様だからね」
 と、黒影は言うのだがサダノブには全く意味が分からない。
「技術室にダミーはいるんですか?」
 と、サダノブが聞くと黒影は笑い乍ら、
「いる訳ないだろう?あれは僕や白雪の予知夢を揶揄っただけなのだから。とっくに技術室もも抜けの空さ。ただ、調査はしに行く。如何やら其処に来て欲しいみたいだからね。何かヒントの一つでもあるかも知れない。本当のシナリオの舞台への招待状がね」
 と、答えた。
 そんな事を話し乍ら二階に上がると、正面に技術室の看板が見える。黒影はゆっくりドアを開いた。
 ――――――

「……何も……無いですね」
 辺りを見渡し乍ら、黒影の後を付いてサダノブが言う。
「……一見で物を決めるな。此処が現場ならば、必ず残る物がある」
 黒影は床にぐしゃっと丸められたカーテンを広げる。
「血を抜かれても尚、僅かに溢れる血痕。ダミーの指紋と手を洗えない代わりに残した血液」
 そう説明し乍ら確かめる様に静かに歩く。
「不要にされたチューブ……」
 ゴミ箱から血液を吸い取ったチューブがある。
「大量の血痕は……暗幕の裏……」
 そう言って暗幕をバサッと翻すと、其処には大量の血液で書かれた文字がある。
「ひっ……。」
 サダノブは余りの不気味さに一歩下がる。
「文字を見るな。……此の血は誰のものだったか解れば良い。全部、彼奴の居場所に繋がるのは、此処に残った無念がそうさせている」
 黒影はそう言った。黒影が何故、洞察力と観察力だけで犯人に辿り着けるのか、サダノブにとっては不思議でならないものの一つだった。けれど、此の時気付いた事がある。黒影は誰よりも死者の声を聞こうとしているのだと。
 黒影が其の血文字を見上げる時、其の瞳の奥に真っ赤な物が見える。炎では無い、其の血に何か焚き付けられる様に。
「何で、こんな事……」
 憎しみや怨みならこんな事をする必要は無い。
「……もうダミーは人であって人では無いようだな。忘れてしまったのだろう……人である故の本質を。残酷さも分からない、ゲームがしたいだけの未だ理性も無いガキと同じ。だが、理性はあった。こうなる前は。だから許されてはならない。理性を一度持ったものが、罪だと理解した上で行ったなら其れは悪意でしかない。サダノブはダミーを倒すに当たって、未だダミーの情報が足りないと言ったな。人と人形の区別もつかなくなった、元は金欲しさに物語を売っていた至極普通の物書きでしか無かった。ただ、其れに遺体を書き込んだ時、奴の人生は狂った。……其れだけの事だ」
 黒影はそう言うと、殺害現場を前に帽子を深く被り黙祷すると、部屋を後にする。
「何処へ!?」
 サダノブも黙祷すると、慌てて黒影の後を追う。
「”乾けば地獄行き、雨が降れば天国行き”……恐らくプールだろうな。飛び込み台だ。水の無い乾いたプールに飛び込めば死ぬ、水で満たされていたら生きる。何方にせよ、早く飛び込んで来いと言いたいらしい。……全くせっかちな奴だ」
 と、黒影は足早にプールを探す。
「先輩それ、せっかちとかじゃなくて喧嘩売られてるんですよ」
 と、サダノブは窓の外を探す。
「サダノブ、外じゃあない。屋内プールがある筈だ。外は目立ち過ぎる。シナリオの舞台には不向きだ。……其れに僕が喧嘩をいちいち買う様に見えるか?」
 と、言うなり急に止まったので、サダノブは黒影の背中にぶつかる。
「……えっ?」
 ……此の勝負を如何する気かとサダノブは不安になった。また、黒影は迷っているんじゃないかと思って……。
 重い観音扉を黒影は開く。棚もボロボロになった更衣室の先に、水の張られた、草が角に風で集まった古いプールがあった。
 飛び込み台の上でダミーが佇んでいる。
「……やあ、随分待ったよ。待ち草臥れて、此のボロい飛び込み台が何時壊れやしないかと心配だった」
 と、ダミーは黒影に言って笑う。
「だったら逃げなきゃ良い。散々人を振り回してこんなところに招待とは、お前も落ちたもんだな」
 と、黒影も負けず劣らず、平然と文句を言った。
「そうだよ、誰かさんが随分邪魔してくれたからな。其れでも黒影、あんたの首には其れだけの価値がある。俺があんたの首を取れば、シナリオの価値も上がり、全部元通りさ。……だから、俺は最低限の材料でもお前を倒せる事を証明するんだよ。悪いがゲームに参加して貰うよ。宣伝の為さ、協力してくれるよな?」
 と、ダミーは黒影に会えたのが嬉しくて堪らないのか、ニヤニヤ笑い乍らまるで懐かしい戦友と話す様に、そう興奮気味に一気に話すと飛び込み台からするする猿みたいに滑る様に降りて来た。
「相変わらず、身軽だな」
 と、黒影は其の姿を見て溜め息を吐いて言った。
「此奴まさか……あの体一つで逃げたんじゃ……」
 余りの忍者の様な動きに、サダノブは思わず言った。
「ああ……最近、また痩せたみたいだしな」
 と、黒影は否定しなかった。……逃げ足が速いとは此の事だったのかとサダノブは驚く。
「……さぁ、ゲームをさっさと始めよう!」
 ダミーはそう言って心から喜び叫んだ。
「悪趣味じゃないショーが観たいんだがな……」
 と、黒影が文句を言うと、
「何を言っているんだい?とても芸術的且つ、美しいゲームショーさ。時に芸術は孤独さ、理解される迄。君にも何時か分かって貰えると嬉しいよ」
 そう言うとプールの先に掛けられていた大きな暗幕が切って落とされた。
 其の先にはダミーと、椅子に座った七人が首から黒いマントで覆われ座っている。その七人の頭上には赤いランプが表示される。
「全くお前の芸術性とやらは理解出来んな。此れの何処が芸術なんだ。引き篭もってばかりいないで、偶には美術館へ行く事をお勧めするよ」
 と、黒影はダミーに言う。
 ……何だ?此の二人は?二人共、心底笑ってやがる。殺意の様な物はあるのに……。サダノブは二人の心を読んでみるが全く理解出来ない。
「そう急かすなよ」
 そう言ってダミーは七人を青いダウンライトで照らし、黒いマントを剥いで行く。七人とも、病院の長めの膝下迄の検査着を着せられ、同じ仮面を被り、髪の毛には長い同じウィッグが付けられている。
「人形劇でも始める気か?」
 黒影は此の異様な景色を前にしても、全く心が動いていない。……サダノブにはそう読める。
「人形?……そう言ってくれただけでも嬉しいよ。此の人形の中にはね、僕の大事なコレクションも入っているんだ。如何だい?良い出来だろう?でも、流石に美しい青白さまで誤魔化したくないから、悪いけど公平を保つ為に青いライトを付けさせて貰った。黒影……あんた、僕のコレクションを悉く取り上げたよな。……僕はあれから考えたんだ。何であんたが僕からコレクションを持って行きたがるんだろうって。もう死んでいるんだ。放っておいても変わらないだろう?如何せ焼かれるくらいなら、僕の方が美しい姿のまま保存してやれるのに。……其れで分かったんだ。……ああ、あんたも死体に取り憑かれているんだって。美しい芸術はさぁ、分け与えてやらないといけないよなぁー」
 と、ダミーは楽しそうに笑う。まるで黒影が分かり合えた友人と、さも言いた気に。
「……詰まり、其の中にご遺体が混ざっている。其れを返して欲しかったから当ててみろって事か。……だが、ダミー、お前の言葉を僕は信じていない。お前がご遺体と人形をすり替えるのはお手のものだからな。全部が人形じゃないと言う根拠は?」
 と、黒影は聞いた。
「信用ないなぁー。悲しいよ。まぁ、疑い深い黒影ならそう言うと思っていた」
 そう言うと、ダミーは浅い水を張ったプールに、横に飾る様に置いてあった金魚鉢から一匹の金魚を掴むとプールに投げた。金魚はブルブルッと震えると息絶え、目を白くし浮かんだ。
「何だ、此のプールの水は?!」
 黒影がダミーに聞いた。
「大丈夫だよ。金魚だから死んじゃったけど、人間なら直ぐに死にはしない程の電流さ。君の帽子とコートは確か精密機器を壊してしまうね?だから、態々君の為に此のプールを改造して、遠くから引っ張って来たんだよ。コレクションを作るよりよっぽど苦労したよ」
 と、ダミーは言って笑う。
「で、此の水に電流を流して如何する気だ?折角のお前の言うコレクションが台無しになるんじゃないか?」
 と、黒影は聞いたがあまり笑える状況でも無く、無表情だ。
「そんなに怒るなよ。未だルールは此れからだ。とっても黒影に有利なルールを用意して上げたんだよ。君はもう僕が何体の遺体を持っているか分かっている筈だ。……其れにもう一つ、さっき作ったばかりの新鮮なプレゼントを追加して上げたよ。此の中に昏睡状態だけど、未だ生きている者が一人いる」
 と、ダミーは言う。
「確か三体の遺体が手にあるな。其れに未だ生きている人を加えて四回当てれば良い。七人だから、後三体は人形と言う事だな。……番号を選ばせ、ダミーお前が椅子毎プールに蹴り落とす。遺体ならまだしも昏睡状態の弱った命なら、其の感電のショックでも死んでしまうかもしれない致命傷になる。抱き抱えて渡るしかない。本気でコレクションを奪うなら、此の電流の川を渡って来いと言う事か。全部で四往復もさせて、今迄の腹いせがしたい訳だ。……やっぱり悪趣味じゃないか」
 と、黒影は全てを理解し、苦笑する。
「先輩っ!まさかこんな馬鹿げたゲーム、本気で乗りませんよね?!幾ら大した電流じゃないって言っても四往復もすれば、先輩だって唯じゃ済まされないですよ!ダミーが電圧を上げない保証なんか何処にも無いし、もしかしたら此れが全部罠で人形かも知れないじゃないですか?」
 と、サダノブは必死で黒影を止める。すると、黒影はサダノブに振り返りこう問う。
「ならばお前は何を根拠に今、僕を止める?あのダミーでさえ、僕に証明して見せた。お前も此奴と戦うと言うのなら僕に証明してみせろ、サダノブっ!」
 黒影はサダノブを怒鳴りつけ、ダミーを指差した。
「なんだ、たった片道50メートルがそんなに怖いのかい?だったら、其処の黒影のお隣にいる君も参加するかい?そうしたら二人だから往復も二回ずつになる。痛みを分け合う友情……涙が出るねぇ」
 と、ダミーは詰まらなそうに黒影とサダノブを見て提案する。
「否、僕だけで良い」
 黒影は静かに言った。
「良し!やっぱりゲームはそうでないとっ!黒影、君の選べるチャンスは四回。間違えたら僕は当たりを一つ奪う。実にシンプルだろう?間違いか当たりか如何かは、当たりだったらランプが青くなる。そうしたら、必死に迎えに来れば良い。ただ、其れだけ。勿論、僕は答えを知っているから、先行は黒影からだ。……さぁ、どれにする?」
 黒影は腕先や首、足の膝下しか見えない七体を見る。
 流石、手慣れた闇医者のダミーの作り……殆どが見分けがつかない。
「……先輩。こんな時だから俺の話、聞いて下さい。証明は出来なくても、根拠はあります。生きているなら、俺が心を読めば良い。でも、読むのはあの七人じゃないです。……ダミーです」
 と、黒影の肩を掴みサダノブはそう言って振り向かせた。黒影は一つ溜め息を吐くと、
「分かっているなら良い。だが、取り敢えず今は時間稼ぎをせねばならない。お前に僕の友の願いと、もう一つ……僕の古い友人そのものを貸そう」
 そう言うと、時夢来の懐中時計を黒影はサダノブに渡した。
「こんな大事なっ!」
 ……サダノブは、其れ以上言葉の先を言えず喉に詰まらせた。まるで、遺言の様に聞こえた。黒影の微笑む姿がもう見れない気がして……。
「サダノブ……あくまでも時間稼ぎだと言った筈だ。生きている者の潜在意識なら読めないか?」
 と、黒影は聞いた。其の言葉に、黒影は未だ諦めていないと気付く。サダノブは神経を研ぎ澄まさせ、小さな声でも読み落とさない様に目を閉じた。
「左手から……二番目」
 サダノブは言った。
 黒影はダミーに言った。
「左から二番目だ」
 そう言うと、左から2番目の人の上のランプが赤から青になった。
「良し!其れで良い。其れからサダノブ……僕は未だお前に大事な事を言っていない。良く聞け!そして洞察力と観察力で考え、答えを導き出せ!お前はずっと大きな勘違いをしている!……心とは何処にある?……分からなくなったら下を見ろ!」
 そう、黒影はサダノブの目を見てしっかり伝える。
 ダミーが、左から二番目を椅子毎プールに放り投げる。
「……っ!」
 黒影は電流の流れる水の中に飛び込むと、痛みや痺れを出来るだけ感じない様早く走って落とされたものを抱き上げた。確かに重くぐったりしている……小さいが薄く呼吸している。生きている……。
 黒影は足の痛みを堪え乍ら、其の人物を救おうと水に浸けない様に慎重に歩く事を余儀なくされた。
「いやはや、おめでとう……。先ずは一人だね」
 そう言うとダミーは笑い乍ら黒影の後ろ姿に拍手を送る。
 ……ダミーの野朗……
 サダノブは憤りを感じながらも、黒影が寄越した時夢来の懐中時計を見た。黒影があんな時に言うなんて、きっと理由があるんだ。時夢来……一体、今の俺は如何したら良い?!

🔸次の↓season2-8 第四章へ↓

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。