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コバルトブルー・リフレクション📷第四章 安楽椅子

第四章 安楽椅子

「そうだ、ソファーを買いに行きませんか。」
 突然葵が言い出した。
「何故、ソファーを?」
 私は当然聞いた。
「そうだなぁ……紫先輩の体を思うと、暖色の柔らかいソファーが良いですよねぇ?」
 と、葵は勝手に話を進める。
「だから、何でソファーなのかと聞いているのよ!」
 と、私は答えなさいと、不機嫌になる。
「紫先輩の彼が好きだからです。作中は安楽椅子と書いていますが。読書をするのに、欠かせないですよ。何時もあの固い椅子に座って読んでいるんですか?……もう少しリラックスしないと、治るものも治りませんよ。」
 と、葵は言うのだ。
「別にあれで問題ないし、通勤に読んでいたから気にしていないわ。」
 と、私は答えたのだが、
「何で車、つけないんです?紫先輩なら車で本庁まで行けば良いのに。……さぁ、行きますよー。」
 と、葵は勝手に私の手を取って外へと連れ出す。
「私は……まだ現場にいたいから。」
 ……何故、そんな事をいったか分からない。気付いたら聞いて欲しくて、止まって言っていた。
「そっか。そうですよね。……じゃあ、そうしましょう。」
 何の根拠も無く、葵はそんな事を言って今度はゆっくり歩きだす。相変わらず、にこにこと幸せそうな笑顔で。

「聞いて下さいよ。……僕が思うに、三階の住人に五階の住人は恨みがあったんです。接点はネット小説じゃないですか?遠い知らない誰かではなく、実は近くの同じ趣味の似た物同士だったわけです。パソコンのデータを見たら、小説ありましたから。」
 と、葵はリラックスしながら言う。
「何時の間にそこまで調べていたんだか。五階の彼は必死な感じがするわね。自分の好きなものでなくとも、手当たり次第に書いて公募に送っている。同じ作家なのに、何故もこう違うものかなぁ。必死に頑張るのも悪くはないわよ。……でもそれではいい物が果たして集中して書けるのかは謎……。」
 と、私は手を伸ばして、首をだらんと後ろに凭れさせ言った。
「あー、だって……紫先輩の彼は何度も賞取っているし、本も出したでしょう?幾らそれがずっと前だからって、また趣味で始めたなら書く理由が他にあったんですよ。例えば二月の公募ですが、あれに漏れても多分……必死にではなく、書き続けたかったんじゃないんですか。なんか、変な余裕を感じるんですよね……彼女いたんでしょう?何か知っているかも知れませんよ。」
 と、葵は言いながら眠たそうにした。
「ねぇ、葵はそれが気に入ったの?」
 私は眠りたくなる程心地よさそうなので聞いてみた。
「あー……これ、最高ですよー。肩こりだって治りそうですから。」
 と、微笑んでいる。
「じゃあ……私はこれかなぁ……。何だか似合わなくて笑っちゃう……。」
 と、私は赤いチェックのイタリアブランドのソファーに膝掛けをして、まるで暖炉の前のお婆ちゃんにでもなった気分でいた。葵は、そのシリーズの青いソファーが気に入ったようだ。
「……似合わない?ああ……クリスマスっぽいからかなぁー。じゃあ、これ……持って下さいよ。」
 と、ふと立ち上がり……遠くから白い大きな物体を、葵が持って来て、私の膝にぽんっと乗せた。
「えっ?ええー?!……これは無い!絶対似合わないっ!」
 私は葵に押し返そうとするのだが、葵は笑って私に突き返す。
「可愛い……可愛い♪……良かったですねー、紫先輩っ!夢の可愛い、出来ましたよー♪」
 と、葵は笑った。私は顔が熱くなって、その真っ白なくまのぬいぐるみに脱力してしまう。
「人で遊びおって……。葵、逮捕……。」
 と、いじけるしか無かった。
「でも、ほら……肘置きに楽でしょう?……しかも可愛い♪二度美味しいじゃないですかっ!幽霊の彼も喜ぶ筈?……ですよ。」
 と、何だかんだと上司で我が家は控えめに言っても金には困っていないので、買ってもらうなどと大人のすべき事ではない……もしくはせいぜい、接待の時ぐらいなのでソファーを買い、家の者の車で運ぶ様に伝えた。……が、その真っ白なくまだけは葵が意地でも自分で買うと、これからお世話になるお礼だからと言い張るので、黙って買って貰う事にした。
「あの……葵?」
「はい?」
「何故に私が持たねばならないのでしょね?」
 私はみっともない程、目立つ白いくまのぬいぐるみをいい大人になって持ちながら聞いた。
「可愛いから?」
 と、葵が笑った。
「車で届ければ良かったものを!子供じゃないんだから、馬鹿らしいっ!」
 と、私は葵に突き返し、持たせた。
「えー……、SSレアだったのにぃ……。」
 と、葵は口を尖らせたが、また微笑んでそのくまのぬいぐるみを背負った。
「どうせあの「女帝」が……でしょう?遊ぶのも大概にしろ。」
 私は溜め息交じりにそう言った。クリスマスに可愛いくまのぬいぐるみ……欲しかったっけ。そんな、ずーっと遠くなってしまった記憶を思い出しながら。
「じゃあ……紫先輩がいつか「女帝」に戻っても似合うように、いつかティアラをプレゼントしますよ!」
 と、そんな事を言って葵は笑うのだ。
「……ふふっ……本当に馬鹿らしい。お姫様はとっくに卒業してしまったんだよ。」
 と、私はそれでも、可笑しくてつい笑ってしまう。くまのぬいぐるみにキラキラのティアラ……そんな少女めいたものなんて、今の私には必要ない。必要なのは闘う男達の中で、堂々と指揮を取る強い女。あのジャンヌダルクの様な勇ましい私でなくてはならない。足元を掬われる事を恐れて見てはならない。私の足元にあるのは常に犯罪の骸と信じる。そうでなければ、私は生きられない。きっと水の無い魚のように、この誇りが無ければ、呼吸すら……出来ないだろう。
「……はっ……はっ……はっ……」
 なのに、何故……今頃、私は揺らぐのだろう……。
「紫先輩?……少し、休みましょう?」
 葵は息が上がる私に気付いて、直ぐに近くのベンチに座らせた。
「……良いんです。強く無くても。……自然にね、強くなる魔法……僕、知っているんです。……笑顔が一番、最強なんですよ。」
 と、葵は笑顔で私にあのくまのぬいぐるみを持たせた。温かくて安心する……そんなもの、無い方が良いと思っていたのに……人々が行き交う中、私はくまのぬいぐるみに顔を隠して泣いていた。なんてみっともない…なんて……情けのない……弱い自分だろうか。葵は缶コーヒーを買ってきて、泣き止んで俯く私に渡してくれた。
「くま……やっぱり役に立ちましたね。」
 そう言って微笑むから、私も小さく笑い、
「……確かに。」
 と、言った。

 帰ると既にソファーが部屋にある。私はこの状況が普通だと思っていたが、葵は少し驚いたようだ。
「なんか、プライバシーもないような……嫌な感じ。」
 と、ぼやいていた。
「別にやましくないのだから必要ないんじゃない?」
 と、聞くと、
「そりゃあそうですけど。……よく、気になりませんね。」
 と、葵が言うのだがさっぱり分からない。
「気にしようとした事がないから分からないわ。」
 と、私は答える事しか出来ない。葵は溜め息を吐きながら、
「だから、ストレス溜まるんですよ。」
 と、言う。私は首を傾げるだけだ。
「夕飯食べたら、大事な読書タイムにしましょう。」
 と、葵は何か作り始める。私は何時もの様に、ブラックコーヒーを片手に事件の事を考えている。
 ただの恨み……?五階の住人と彼の違いは他に無いだろうか?一番肝心なのは、何故飛び降りた時点で飛んだのかだ。これは他の事件と比べて異様な接点である。反対側のマンションまでは届かない。飛び移る……飛び移る……。もし、背後から誰かに襲われそうになったならば可能性はある。……否、他にも何かある。三階の彼ならば、単純に彼女との痴話喧嘩の果てとも考えられるが、五階の住人は一人暮らしだ。このマンション全体の聞き込みで、人間関係を明らかにする必要性はある。

「……どうぞ、召し上がれ。」
「……い、いただきます。」
 暫く考えているうちに、あっという間に夕飯が出来たらしい。豚肉の生姜焼き、煮物、味噌汁にご飯……。
「随分、庶民的ね。」
 思わず私は見て言った。
「それが美味いんですよ。ほら、ウチ寺なんで、和食が多いんですよ。……あ、でも洋食もいけますよ。」
 と、葵が言うので茶色ばっかり……と思いながらも食べる。
「あら……本当に美味しい……。」
 生姜焼きを食べて私は言った。
「ほらねー。下拵えが違うんですよ。その一手間が大事なんですよ。今日は良い香りの生姜があって良かったー。」
 と、葵は嬉しそうに言うのだ。
「生姜なんて、何時でもあるじゃない。」
 と、私が言うと、
「旬の物は全然違います。山葵だって水一つで全然違うんですから。今度、スーパーからお勉強ですね。」
 と、葵は偉そうに言う。
「嫌よっ!私は料理なんかしませんって言ったじゃない。」
 と、私は意地でも断る。……家でお料理や家事をしてしおらしく待つなんて、私には到底出来ないもの。くたくたでも仕事をしていた方がマシ。
「……じゃあ……育てませんか?結構、ベランダ広いし……。」
 と、葵が窓の外のバルコニーを見て言った。
「そうよねぇ……。確かに何もないと殺風景かも。そう言えば隣のマンションも似た様なバルコニーだったわね。……もう少しで届きそうなのに。届くのなら思いっきり踏み込んで飛ぶ価値はあるわ。でも、ちょっと難しいわよねー。」
 と、私は無意識に事件の話をしていた。
「あのぉ……何か育てようって話から、自殺案件の話に転ずるって、事件の事……考え過ぎですよ。仕事が終わったら切り替えないと、頭が永遠残業みたいなものです。」
 と、葵が言う。
「……何時もの癖よ。」
 と、私は刑事なら考えて当たり前だと言った風に、ふんっ!と横を向いた。
「……じゃあ、ブラック珈琲を飲んでいる時はまだよしとして、食事の時は極力考えないで下さいね。消化にも良くありませんから。」
 と、葵は言うのだ。
「何よ、いきなり押しかけておいて、ああしろ、こうしろって。敬語でも偉そうなのよ!」
 と、私は箸を置いてソファーに腰掛ける。
「あっ!待って……えっと、すみませんでした!……あの、……なんて言うか、元気になって欲しくて言い過ぎました。」
 と、慌てて葵は走って来て謝る。
「……良いわよ、別に。鬱で不安定なだけよ。」
 と、私は言ったが、幾ら葵が作ってくれた美味しい料理も、あまり食欲が出なかった。
「無理しなくて良いですから。」
 そう、私の前で蹲み込み、葵は微笑んだ。
「あ、有難う……。」
 別に料理の事じゃなくて……「無理しなくて良い」って言ってくれたのが嬉しった。
「……ねぇ、安楽椅子の事を知ってるって……読んだのよねぇ?」
 私は葵に聞いた。
「ええ、勿論。これでも速読出来るんです。」
 と、葵は答えるではないか。
「ちょっと、彼の大事な物語を何、一瞬で読んでくれちゃってるのよっ!ちゃんと、味わって読むものでしょうがっ!私なんか一日五千文字って決めているのにっ!絶対先を言ったら怒るからね!クビにしてもらうんだから、分かった!」
 と、私は大事に楽しみにしていたのに、目の前にファンでもないのに、あっさり読み終わった葵に苛立って言った。
「分かりました、絶対言いませんからっ!もう……本当に愛しの彼の事になると、豹変すると言うか……。それより、これからのんびり読むとして、彼はどんな風に現れるんですかね?部屋が明る過ぎると来辛いでしょうかねぇ?」
 と、葵はキッチンや廊下の電気を見て言った。
「そうねぇ、見た日はこの部屋しか点けて無かったわよ。小さい物音でカサッて紙の切れ端に何か書いて伝えるの。軽く会話をしたら、居なくなって紙も消えていたわ。……そうだ……それと、来る時と消える時に温かい風が吹くの。……それが彼らしいなぁーって。」
 と、私はうっとりして思い出す。
「あの……釘を刺すようで、申し訳ないですが……それでも死んでますからね。幽霊は幽霊ですからねっ!?その紙ってやはり霊的なものだから残せませんかね?紫先輩、霊感強いみたいだし、試して貰っていいですか?」
 と、葵が言う。
「試すって……何を?」
 と、私が聞くと、
「念写ですよ、念写!……ほら、スマホのカメラ機能で十分ですから。何かのヒントになるかも知れないじゃないですか。」
 と、葵は突拍子もない事を言い出す。
「念写?……ただでさえ、彼と会える時間、少ないのにぃ……。」
 と、私は嫌そうな顔をした。
「でも、彼の死因……分かるかも知れないんですよっ。もう事件はかなり前なのにまだ居るなんて、きっと地縛霊にでもなって出られないんですよ。……可哀想だと思いません?」
 と、葵が言うのだ。……確かにずっといるなんて……とは思う。
「でも、成仏したら会えないのよね?」
 と、私は聞いた。
「仕方ないんです。……それでも彼の為に、心を鬼にしないと。それに、この部屋の彼の事が分かれば、5階の住人の事も分かるかもしれない。どうします?これが連続殺人だったら。……刑事なんでしょう?」
 と、葵は説得しようとしているみたいだ。
「何よ、こういう時だけ刑事、刑事って。分かったわよ、やれば良いんでしょう!」
 私は彼の為と腹を括った。

🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。