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黒影紳士 ZERO 02:00 〜閃光の樹氷〜第四章 復讐

第四章 復讐

 黒影は目覚めると、一目散にサダノブに連絡を入れた。
 夜の10時の事である。
 サダノブは寝ていたが、スマホの音に目覚め、着信が黒影からだと知り、通話ボタンをタップした。
「何ですか?作戦会議はまた明日の朝だって……」
「朝じゃ間に合わないんだ!」
 黒影は、サダノブが言い切る前に、急ぎである事を伝える。
「……如何言う事です?」
 サダノブは起き上がり、寝巻きから何時ものTシャツと皮パン、ライダーズジャケットをガバッと羽織る。
「予知夢だ。然も、被害者は広瀬 美沙。近くに小さな蠍が見えた。部屋の明かりは点っていた。詰まり……夜の内に、蠍に刺され死ぬ」
 と、黒影は言うのだ。
「えっ?でも妻の広瀬 美沙さんを殺したら、今最有力容疑者なのだから、真犯人の行平 志信にとって不利になるじゃないですか?」
 サダノブの癖にこんな時に限って、ご尤もな事を言う。
 黒影が玄関へ行き帽子を被っている隙に、通話をし乍らだったので、事件だと気付いた白雪がロングコートを肩に掛け、心配そうに背中に軽く抱き付いた。
 ……気を付けてねの言葉も掛けられず、送り出す切なさも、きっと分かっているのだから……そう、信じるしかない。
 出来る事は靴を履き終えた黒影の、背を優しくポンッと、押してやる事だけだった。
 黒影はサダノブと会話を続けている。
「そうだよ!その筈だったんだ!だけど状況が変わったんだ。さっき僕等が色々深掘りして聞き過ぎた所為で、広瀬 美沙は行平 志信が犯人だと気付いてしまったんだよ。一旦帰ったのは失敗だったか……」
 と、黒影は悔しさに下唇を噛んだ。
「先輩!俺なら大丈夫ですから!行きましょう!」
 サダノブは、黒影に行った。
 毒に対しては解毒剤を黒影はコートの裏に何時も仕込んで持っているが、何回も攻撃を受ければ直ぐに無くなる。
 所持する量は成人男性二回〜三回分の解毒剤。
 サダノブと二人で二度喰らえば……即死。
「白雪!」
 黒影は出ようとして玄関のドアノブに置いた手を引き、急に振り向くと妻の白雪を呼ぶ。
 もう少し……目の前の背に抱き付いていたかったと、ぼんやり思っていた白雪は、急に振り向いたのでドキッとする。
「なっ、なあに?調査用カバン?時夢来?」
 必要な物が増えたのでは無いかと、白雪が聞いてみると、
「違う。それじゃあない」
 と、黒影は言うとやはり気付いていたのか、白雪にフレンチキスをすると、再びこう言葉を続ける。
「景星鳳凰(※けいせいほうおう……他の同著者別書の主人公を呼び出す鳳凰の奥義の一つ)を使う。今夜は鳳凰の力を沢山使うかも知れない。だから、霊水(※富士山などの霊峰にもある甘水とも呼ばれる、鳳凰が唯一飲むとされる清い水)もサダノブに携帯させてくれないか。今、サダノブがマンションからこっちへ向かってる」
 と。
「誰を呼ぶの?」
 白雪は、スリッパをパタパタと鳴らし、ペットボトルに霊水を入れては、リビングのテーブルに並べた。
「うむ……其れを今、考えている」
「今?」
 と、呆れて白雪は言ったのも無理は無い。
 「犯人と接触せず、気付かれずに攻撃を放ち、毒に強いか聖属性で弱める事が出来る者……か。winter伯爵は未だクリスマス前で力が弱い……悪魔は毒性を更に強くしてしまいそうだ。Prodigyのザインって辺りだろうか。……でもなぁ……」
「……でも?」
 白雪はサーバーから水を移し替える手を止めずに、何か問題でもあるのかと聞いた。
「……ん?戦力としては十分なんだ。……ただ、ほら……サダノブと反りが合わないだろう?」
 と、黒影が溜め息を吐くと、白雪は笑って、
「反りが合わなくても、お友達でしょう?」
 と、言うのだ。
 白雪には、ザインとサダノブが如何にチームワークを掻き乱すかが、分かっていないのだ。
「ザインの野朗なんか呼ばなくっても、俺一人で先輩守れるんだから大丈夫っすよ!」
 と、サダノブは昔は一緒に此の事務所兼自宅の風柳邸に住んでいた事もあり、何時の間にかズカズカと上がり、二人の話しを聞いた様だった。
「犬が毒を如何にか出来るなんて、聞いた事もないよ!」
 黒影はもう今からゴタゴタ言い出したと、呆れて思わず口からそんな言葉を出す。
「…………信用してくれないんですね、俺の事」
 こんな急ぎの時に、事もあろうかサダノブが拗ね始めてしまった。
「信用如何のの話しを今している訳では無い!急がなくては広瀬 美沙が殺されてしまうんだぞ!馬鹿な事を言うなっ!」
 と、焦った黒影はつい、言ってしまうのだ。
「今の馬鹿は笑えるやつじゃなくて、本気で言いましたよね?」
 サダノブから少し殺気の様な冷気が流れてくる。
「さっ、寒っ!何、やっているんだ。喧嘩している暇は無いんだよ!そんなの言葉の綾(あや)だろう?一々突っかかるなよ」
 と、黒影は言うのだが、既に時遅し……。
「俺、急いでるみたいだから、先輩が説明大変だと思って、思考読んでいましたから」
 などと言うのだ。黒影はしまった!と、思わずサダノブから視線を外し、
「白雪ぃ〜。悪いな、何時も頼んでしまって。そうだなぁ……大体三本で足りるか……」
 と、思いっきり話しを逸らす為、堂々と白雪に話し掛けて誤魔化そうとしているではないか。
「……流石に無理ある!……それはぁ〜無理!」
 サダノブが言った。
「黒影、素直に謝ったら?」
 と、白雪が打診するが、
「否、僕は間違っているとは思わない。正しい人選をしてこの忙しい時に我儘を言うから、馬鹿だと言ったんだ!」
 と、気不味いとは思いつつも、我を通す気だ。
「……景星鳳凰を使ったら、犯人と対峙する前なのに、先輩の体力が大幅にダウンする。幾ら霊水を飲んでも、回復には時間が掛かる。そうまでして、あのザインの野朗に頼む価値なんかあるんですか!」
 そうサダノブは怒って言うが、黒影は聞く耳を持たない。
 確かに今迄なら、二人で何とかしたかも知れない。
 今回はもし、そうしたとしたら代償も大きい事ぐらい分かっていた。
 パワー型でしかないサダノブが、毒を交わす事は何と出来ても、毒自体を何とか出来るとは考えられない。
「仕方ないだろう……。毒の解毒剤には限りがある。毒も関係無く、治癒のガード能力があるザインを頼るのは、当然の選択だ」
 テーブルに三本のペットボトルが並んだのを確認し、黒影は落ち着いた低目の声で言った。
 其の声は此の件について、もう黙っていろと言いたい事ぐらい黒影には分かる。
「俺の守護がそんなに頼りないって言うんですか!」
 サダノブは、サダノブなりに守られてばかりでは無く、狛犬の本能としても、人間としても守れるように成りたいと、成長過程で思っていた。
 それは、黒影にも良くわかる。
「……分かった。じゃあ、それで大怪我して瀕死で帰って来ても、穂さんは何とも思わないと思っているんだな?僕は白雪も鸞も仲間も大切に想う。誰を護るだなんて関係ない。……先ず自分を守ってから言え!」
 黒影はそんな厳しい言葉を言い放つ。
「……何の為に……付いて来たのか……分かんないっす」
 サダノブは言い返しはしなかったが、そんな迷いを口にした。
 黒影は其れに対して何も言わず、俯くサダノブの姿を、長い睫毛を下ろし、薄くした目で暫し見詰める。

 ……神獣に成る事も放棄し、ただ鳳凰である黒影を護ろうとして狛犬に成ったサダノブには、きつ過ぎる言葉だったかも知れない。
 それでも、黒影は願ってしまうのだ。

 ……僕よりも、自分を大切にして欲しい

 と。
 それは侍従関係も全て取り除き、友人や家族の様に何時までも思いたかったからだ。
 サダノブにはもう……ちゃんとした家族がいる。
 何時までも無謀に走るのは……何か違うと思っていた。

「……白雪、念の為……もう一本足してくれないか」
 と、黒影は白雪の方へ向き直すと突然言った。
「そんなに危険なの?今回のおしごと……」
 白雪は空のペットボトルを手に持つと、心配そうに言った。
「……否、僕の洞察力と観察力……そして、判断力があればとっても「イージー」さ」
 と、態とらしく「イージー」を強調して言うではないか。
「あっ、嗚呼――――っ!!」
 サダノブは其れを聞いて、急に顔を上げると黒影を見て、
「其れ言ったら駄目ってあれ程、口酸っぱく言ったじゃないですか!先輩が其れを言った回に限って大騒動に発展するんだ〜〜。もう、駄目だぁあ……。この人、言っちゃったよぉ〜」
 と、大きく肩を落とし落胆して見せるのだ。
「ぁはは……下らない。本当に下らないよ。……其の長年の「夢探偵社」ジンクス……。良い加減、僕は崩してやろうかと思うんだ。今回突破するのは、時空でも毒との戦いの壁でも無い!……長年に渡り作り上げてしまった、その「ジンクス」……詰まりマイナスイメージだ。……イメージとイメージの連結は脳内で癖付いてしまうものだ。天気予報が晴れのち雨と言えば、晴れた空に雲が見えただけで、実際は未だ降ったところを見ていないのに、これから雨が降るだろうと、思わず傘を忘れていないか確認したり、用意して出掛ける。だが、降らないと天気予報が外れたと思う。けして、確認が先で脳が納得して動いた訳ではないのだから、人は折角雨が降らなかったにも関わらず不服に思いがちなのだ。イメージとイメージが錯覚により連結される事は、まるで間違った推論にそっくりだ。……僕がサダノブには到底出来ないと思っている事が間違った推論なのか、正しい推論であるのか、僕は未だ真実を見ていない。……サダノブが其処迄言うのは珍しい。如何せ根拠もない、野生の勘で出来ると無機になって言っているのだろう?ならば見せて貰おうか。野生の勘とやらの本気を。風柳さんの刑事の勘は、長年の積み重ねた経験による統計が瞬時に頭に過ぎるから納得は行く。……が、僕は其の野生の勘の正体を未だ知らない。……其処まで吠えたんだ。好きな様にすれば良い。……試しに「ジンクス」とやらで、ハードルを上げてみたが、其れでも野生の勘は僕の此方側の被害を最小限に探し出した僕の考えにも勝るのか……楽しみにしているよ」
 と、黒影はサダノブに言うと、出来るものかと小馬鹿にする様に、ニヒルな笑みを浮かべて見せた。
 白雪は其れを聞くと、ある事に気付き、クスクスと笑い始める。

スキ推し活、🆗ですか?
白雪は涼子さんに言われたのがショックで、白ロリに服装を戻すそうです。



 ……其の為の、ペットボトル一本分……追加ね。

 と。
「二人とも無事で仲良く帰って来るのよ」
 久々に二人にそう言えたのが少し嬉しかった。
 ――――

「うわぁ〜〜!無理無理!変わって!早く変わって下さいよ!」
 サダノブが情け無い声で、バイクの後部座席から、黒影の肩を揺さぶる。
 曲がる度に、地面スレスレにまで車体を横にし、滑るか如何かの瀬戸際の、まるでレーサーみたいな運転をバイクでしているのが……が?
 サダノブでは無く、黒影の方だ。
 サダノブは、後ろで広瀬 美沙と行平 志信の通信記録を探る様に言われたが、余りの恐怖に手が震える。
「あっ、あっ、ありましたよ!」
 サダノブは震える声のまま、フルヘルメットの中の無線で黒影に伝えた。
「如何だ?やっぱり行平 志信と接触予定を決めているか?」
 黒影は想定していた事で合っていたか聞く。
「ええ、確かに。広瀬 美沙さんは夫の死の事で思い出した事があるから、相談したいと……。今夜、店が終わったら行平 志信が話しを聞きに行くと約束しているみたいです」
 サダノブは、震える手で何とかタブレットで調べた情報を伝えた。
「やはり復讐する気だったんだな。それで今夜返り討ちにあってしまうと言う訳だ。サダノブ!閉店時間は?」
 黒影は時間を気にした。
 間に合わなければ……予知夢が現実になってしまう。
「都心のペットショップだから、未だギリギリやっています。夜11時閉店です」
 と、サダノブが店のホームページの情報を見る。
「……ギリギリも良いところだ!先回りしないと広瀬 美沙さんを安全な場所に隠せない!影で何とかするにも、犯人確保時に僕に何かあったら、難しい。急ぐぞっ!」
 黒影はそう言うなり、上半身を下げ、更にスピードを上げた。
「安全運転ですってばーーー!!」
 と、サダノブが叫んだかどうかは、余りの速さに風と音が飛んだ事に、この際致しましょう。

 ※交通ルールと法定速度は、きちんと守りましょう。
ーーーー

 広瀬邸にてインターホンを鳴らすと、幸いな事に広瀬 美沙が夜分だと言うのに出てくれた。
 もしかはさたら、行平 志信の来訪と勘違いしたのかも知れない。
 それならば其れで、好都合だ。
「先程、練習場を調べた時にちょっと気になる事が有りまして。早くしないと、真犯人の証拠が消えてしまうかも知れないのです。こんな真夜中に失礼と承知で申し訳有りませんが、今一度……練習場を見せて貰っても宜しいですか?」
 と、黒影はそんな言葉で上手く、広瀬 美沙を一度目の来訪時に通して貰った部屋から離す事に成功した。
 これで予知夢とは違う景色に引き摺り出せたのだから、大丈夫かと、思われたら矢先の事だ。
 未だ11時前だと言うのに、インターホンが成る。
 黒影とサダノブは目を合わせた。
 他にこんな時間に来る者等いない。
「行平 志信ですね?……失礼。行かないで下さい、僕等が出ますから」
 黒影は、スッと広瀬 美沙の手首を取り、そう言うと目を見詰め、真剣な顔で頷いた。

 ……分かっています。分かっていても……
 僕等は、知ってしまった以上……止めなくてはいけない
 ……否、一欠片の涙でさえも理解出来ていないかも知れない
 その悔しさ……悲しみ等……計り知れない物
 それでも手を伸ばし、止める事には変わりないのだ

「……でもっ!」
 広瀬 美沙は此れで復讐の機会を失ったと悟ったのだろう
目にから涙を溜め、其れがいっぱいになると練習場に悲しく小さなポツポツと言う音だけを響かせ、止め処も無く雫を落としたのだ。
「この悔しさは如何すれば良いのですか!この苦しい心は何時迄続くのですかっ!あの人を失った私には分からないのです!何もかも……そう、全ての何もかもがっ!」
 苦しいそうに、広瀬 美沙は叫ぶ様に黒影に言い放った。
 ずっと広瀬 孝治を失ってから、言いたくても誰にも言えなかった言葉……。
「幾らでも待っても良いのよ、あの人が帰って来るなら!ねぇ……お願い、離して下さい!其れが出来ないと言うのなら、あの人を帰して!探偵なんでしょう?幾らでも払うわ……あの人を探して!」
 広瀬 美沙は黒影に縋る様に言うと、ズルズルと滑り泣き崩れた。
 黒影はそんな広瀬 美沙の手首を決して離しはしなかったが、屈んで視線を合わせ、こう言った。
「残念ですが、僕でも探せない所へいかれました。ご遺体は未だ警察に有りますが、そろそろ戻って来ます。其の時、貴方が復讐を成し遂げ、捕まり不在にしたら、誰がご主人のご遺体をお迎えするのですか?無念の内に亡くなられたご主人をせめて……迎えて上げてくれませんか。何時もの様に……「お帰りなさい」と。何も分からないのならば、其れが貴方から亡くなられたご主人に出来る事です。……どんなに辛くても……出来る事は有るのですよ。ご主人の無念は僕等が引き受けます。良いですね。……今は、そんなに辛くて悲しいならば、無理をする時ではありません」
 黒影はそう……心を痛め乍らも、広瀬 美沙にゆっくり優しい声で言った。

 悼む……痛む……傷む……事しか出来ない時も
 己の無力さに……傷む……痛む……悼む時も
 出来るだけ寄り添おうと……出来もしないのに
 せめて……と、思ってしまうのは何故だろうか

 本来、憎しみや恨みが無ければ
 人は人を……そう簡単に見捨てられない生き物なのだと
 例え其れが幻想でも……思っていたいのだ

 ーーー
 サダノブが練習場の出入り口に立ち、辺りを警戒する。
「サダノブ……出来るだけ此処に行平 志信を近づけるな!」
 黒影はサダノブに言った。
「分かってますって……。思考読みとのコラボレーションみせますって」
 と、サダノブは言うのだ。
 黒影は其の言葉に、やっとサダノブが行平 志信と一戦交えたかった理由に気付く。
「そうか……!……思考を読んで毒を何処に如何するつもりか攻撃を見て、氷で止めるのかっ!」
 黒影はサダノブを見て、表情を明るくした。
「先輩は、俺が護る。だから先輩は、広瀬 美沙さんを守ってくれれば事足ります。……問題があるとしたら……」
 と、サダノブは言葉を濁らせる。
「……あるとしたら?」
 黒影は今の所、大丈夫そうなのに、何を言うかと聞く。
「先輩、やっぱり「イージー」発言、撤回してくれないですかねぇ?あの言葉の分だけ、大丈夫な状況も少し荒れる気がするんですよ」
 などとサダノブが言うのだ。
「はあ?其れはお前の思い込みだ。未だって既に「イージー」と言う言葉のイメージに、勝手に「荒れる」イメージを連結しているじゃないか。良いか?サダノブの思い込みがそもそも……」
「シッ!」
 グダグダサダノブに文句を言いたかった黒影ではあったが、サダノブが静かにする様に、人差し指を口に当てて見せた。
「十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)……解陣!」
 黒影は広瀬 美沙の両肩を持ったまま、鳳凰の秘経の略経を唱え、鳳凰陣を展開する。
 中央の足元に広がる鳳凰の燃え激る絵図。
 其の外側にも二重の円陣が広がり赤い炎を纏い揺れた。
 不思議と熱さも感じず、広瀬 美沙は黒影の背に見えた炎の翼を呆然と見上げていた。
 優しく温かい赤い光に包まれ、
「……天使様?」
 と、漠然と黒影に聞く。
「否、鳳凰です。翼は赤いけどミカエルじゃないです」
 と、思わずクスッと笑った。
「……じゃあ、其れが見えると言う事は、私……死んだのかしら?あの人に会える?」
 広瀬 美沙は儚い目で黒影を見詰め言った。
 黒影はただ……前を見据えてこう答える。
「……生きています。心は死に掛けたとしても生きています。心が戻れば、貴方の中に、また広瀬 孝治さんも記憶として生き続ける事が出来ます。鳳凰と言えど……僕にはそんな事、言えた義理も無いんですよ。けれど、何も無いなら……通り縋りの鳳凰に、騙されてみても良いと思いませんか?」
 と。
 広瀬 美沙はまだ幻でも見ているかの様に、呆気に取られるも、
「……そうねぇ。悪魔に騙されるよりかは、鳳凰様に騙された方が、怨めそうにないわ」
 と、ほんの少しだが、前向きな事を言ってくれた。
 またこれから長い時間を……亡くなった広瀬 孝治と後ろを向いて、時々前を向いて……そうやって、生きて行くのだろう。

 そう思った矢先の事だ。
「来たっ!」
 其の言葉と同時に、サダノブの氷が鳳凰陣手前迄、床を這って何かを追った様な形で固まっている。
「……こんなに……速いのか!」
 黒影は、其の氷の軌跡の長さに、サダノブが感知してから止めに入っても、何らかの毒が猛スピードで飛んで来た事に衝撃を受けた。
「液体を何かに着けて飛ばしたのか?」
 黒影は不思議そうに氷を見遣ると、手をそちらに振り、炎を投げた。
 氷が徐々に溶けて行くと、何を使って飛ばして来たのかが鮮明になる。
「サダノブ!吹き矢だ!……下がれ!」
 黒影は辺りを見渡した。
 吹き矢の先端に着いていた液体の色が消えて行く。

 一度に何個も飛ばせる訳ではないのか……。
 毒を回収するのは其の為……。
「……でも!向こうとの距離が!」
「構わない」
 サダノブは行平 志信からの攻撃が近寄られたら、今度は円陣に入ってしまうのではないかと心配したが、黒影は其れでも良いと言う。

 白雪は……僕の考えを知っていて許してくれた。
 これは甘えだ。
 君を大切に出来ない僕の罰で、君が理解してくれるから今日も戦える。
 ……僕もそうだなぁ……「お帰りなさい」の一言が恋しい。

 警戒し乍ら下がって来たサダノブに黒影は言った。
「サダノブ……犯人はサダノブが捕まえてくれ。氷で凍らせれば良い。……それと、此れ……サダノブを信じている証拠だ。お前が持っていてくれないか」
 と、黒影が差し出したのは解毒剤の入った小瓶だった。

 犯人は此の人数に警戒し、ゆっくり静かに狙う蠍では無く、其の毒を塗った吹き矢に変えた。
 空調の換気扇からか、開け放たれた窓か。
 どれも、閉じようとした瞬間に、何れかの近くに犯人が吹き矢を持って待っているのだから、一撃は避けられない。
 あの速度を考えれば近付くのは利口じゃないな。

 ならば、僕が囮になるしかない。
 十方位で、平和を乱す物を切る事が出来る。
 白雪は其れに気付いていたのに、送り出してくれた。

 ……無事で帰って来るのよ……

 余りにも……尊い願いだ。
 そして僕は、なんて酷い男だろうか。
 そう思うから……せめて、生きて帰ってやる!

「先輩まさかっ!」
 サダノブは黒影の意志に気付いた様だ。
「駄目です!俺が護るって言ったじゃないですか!」
 サダノブは首を横に振って言った。
「何を勘違いしているんだ?……其の通りだ。サダノブは僕を護る為に、入って来た犯人を捕まえれば良い。僕は何かを護るだとか、そんな使命は持ち合わせていない。だが、家族を守るのも、今狙われている誰かを救う事も仕事だ。因みに結婚しようがしまいが、サダノブは家族にカウントされている。社長が社員を守って何が悪い。お前は傷一つ作らず無事に使命を果たし、穂さんの元へ帰る!それが社長と鳳凰、パワハラ命令だ。僕なら気にするな。鸞は立派な大人で白雪の許可も得た。やんちゃしてこいってさ」
 と、黒影は笑うのだ。
「そんなっ!……そんな事を言っても本当は白雪さんだって!」
「……白雪が如何したって?白雪の事は僕が一番知っている。僕の事は白雪が一番知っている」
 そう黒影に言われては、流石のサダノブも寓の音も出ない。
 黒影は、
「少し危ないかも知れないので、暫く隠れていて貰いますね」
 と、広瀬 美沙を怖がらせない様に、にっこりと優しく笑うと、翼で包み込む。
 此れで何処から吹き矢が飛んで来ても、広瀬 美沙には当たらない。
 広瀬 美沙を隠した黒影を狙って来る。
 サダノブよりも、明らかに謎の能力者に見えている筈だ。
 来る方向が分かるのはサダノブだけ。
 サダノブを残す事で、此の勝負……未だ勝機がある!
「サダノブ……サーダーイーツだけ頼むな」
 黒影は軽くそんな言葉を言って笑った。
「でも……」
 サダノブが納得いかないのは当然だ。
「でもじゃないっ!役割りをちゃんと果たせ!サダノブが僕を護ると言うのなら、僕には何も守るなとは言えないよな?!……間違えるな、サダノブ……。勝手に護られるだけで、信頼なんて生まれないんだよ。守り守られて……初めて生まれるもんだろう?今迄と……何も変わらないじゃあないか。勝手に背負い過ぎなんだよ」
 と、黒影は笑った。
 其の笑顔が止まった時、サダノブは見えない敵に強い敵意を持ち、目を金色にギラ付かせ睨んだ。
 一瞬で、思考の小さな声が飛んで来た方角に、身体をゆっくりと向けた。
 黒影は広瀬 美沙を守り乍ら蹲っている。
 額に汗を掻き乍ら、鳳凰陣に獅み付く様に手に力を入れ触れた。
 意識が飛んでしまわぬ様に願い乍も、鳳凰最終奥義を出そうとしている。
「蒼炎(そうえん)……十方位鳳連斬解陣!」
 青い炎の円陣が赤い炎の円陣の上に重なる。
「……鳳凰来義(ほうおうらいぎ)……降臨……。」
赤色の円陣が表に浮かび、上空に鳳凰の鳳(ほう。鳳凰の雄と言う意味だが、黒影に其の魂を授けた鳳凰の名でもある)が、七色の鳴き声を上げ旋回しているのだ。
 黒影が大きなダメージを受けた事で、美しい鳳の羽根が時折舞い落ちるのが見える。
 此の状態で、最終奥義が出せるか……出せても、毒を十方位に分散し、小さく出来るかは分からない。
 此の世の全ては元から存在し、全てを消すなんて事は鳳凰でも出来はしない。
 ただ、平和を揺るがす物であれば、十方位に切り分け、小さくして飛ばす事が出来る。
 10分の1は、それでも残るのだ。
 其れが、平等である。
 そして黒影は最後の力を振り絞り唱える。
「願帰元命(がんきがんめい)……十方位鳳凰来義(しゅっぽういほうおうらいぎ)!……解陣!」
すると、二枚の鳳凰陣が真っ赤に燃え盛り最大値に拡大した。
黒影は広瀬 美沙を抱えたまま、顔を苦しさに顰め乍らも、床を蹴り上げ飛んだ。

広瀬 美沙さん、描けなくてすみません💦
技の感じだけです。十方位に上空迄伸びた光で、切っています。


 翼には長い孔雀の尾が線を引き、金の火の粉を舞い散らしながら、体内から浮き出した毒を切る様に十方位を、荘厳たる姿で行き交う。

 其の姿を恐れた行平 志信は、黒影目掛けて吹き矢を飛ばした。
 ……バキッ!と、其の吹き矢は地面に強く叩き落とされた。
 サダノブがジャンプし、何と其の吹き矢を無謀にも素手で殴り付けたのだ。

 黒影は其のサダノブの姿を見てフッと笑い、
「お前……やってくれたな……」
 と、言い残すと毒を切り終え、其の儘力尽き落下した。
 それでも尚……広瀬 美沙を翼に包んだままである。

 サダノブには護ると言う事がイマイチ分からなかった。
 其れでも黒影の姿を見ていると、分かってくる様な気もする。
 決して強いから守れると言う訳でも無く
 優しさで守る事も
 厳しさで守る事もある

 ……俺は一体……どんな形で守っていけば良いのだろう
 ただ分かるのは、沸々と今犯人に覚える怒りは何かって話しだ。
 此れが守れない悔しさなら、俺は先輩の苦手な怒りで護る事も在っても良いんじゃないかと思えた。
 守護の癖に、攻撃しか出来ない理由は、鳳凰が攻撃が出来ないからだとすれば、俺は盾じゃなく……

 ……剣の守護に成りたい……

🔶ラストスパート第五章を読む⏬

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。