「黒影紳士」season3-1幕〜夢に現れし〜 🎩第三章 忘れぬ者
――第三章 忘れぬ者――
「やっぱり、指紋は複写されていたよ」
風柳が昼過ぎに帰って来て黒影に言った。
「……それで、早坂 冬真は?」
黒影は珈琲を片手に風柳に聞くと、
「流石に釈放だよ。暫くは其方の圧力で此方は手を出せんよ」
と、不満そうに黒影に答える。
「僕が圧力かけてる訳じゃないですから。誤認逮捕するよりはマシでしょう?」
と、黒影は何食わぬ顔で珈琲を口にした。
「そういや、サダノブは何処だ?まさか未だ寝ているんじゃないだろうな?」
と、珍しく黒影の近くに姿が見えないので辺りを見渡し聞く。
「一々聞かれても知りませんよ。白雪の事ならまだしも……」
と、黒影は答えた。
「何だ、喧嘩でもしているのか?」
そう風柳は聞いたのだが黒影は、
「いいえ」
と、答えるだけだった。
「あら?風柳さん、早かったのね」
白雪が庭のハーブの手入れをして戻ってくると、風柳の姿を見て言った。
「ああ、只今。今日は事件も手詰まりだし、明日の旅行の準備を済ませておこうと思ってな」
風柳がそう言うと黒影は思い出して、
「えっ?明日でしたっけ?慰安旅行」
と、慌ててカレンダーを見る。白雪は、
「やっぱり忘れていたのね。ほんと、スケジュール管理だけは苦手なんだから」
と、クスクス笑う。
……貫井 恵介……直接現れるだろうか。それとも他の手の者か……。
黒影は危機感というものがあまりに薄いのか、予知夢を見ていた事を今頃思い出し考えていた。
「本当に、先輩の頭には予定通りと言う言葉も無ければ、殆ど予定通りになんてならない方が多いですからねー」
と、背伸びをし乍らサダノブはゲストルームからやっと出て来た。
「サダノブ、まさか今起きたのか?」
黒影が呆れて聞いた。
「……そんな訳は無いですよ。少し考え事をしていただけです」
と、サダノブは答える。
「考え事?」
黒影は思わず昨日の夢の事ではないかと動揺したが、珈琲を飲んで誤魔化したつもりで聞いてみる。
「んー……、何か大事な事を忘れてる気がして……。如何しても思い出せないんですよ」
と、サダノブは言うので思わず黒影は咽せる。
「そうだ、旅行の段取りの事じゃないのか?」
黒影は咄嗟に旅行の話題に切り替えようとした。
「ああ、其れがありましたね。涼子さんと穂さんで散々悩んで決めたらしいですから、大体は大丈夫な筈ですけど……。やっぱり何か……」
緑茶を飲み出し乍ら未だ思い出そうとしている。
「遠足前の子供みたい」
と、白雪はクスクス笑いサダノブに言った。
「遠足前の子供?俺がですか?」
サダノブは白雪に聞いた。
「そうよ。遠足の前日から忘れ物は無いか、彼是リュックから荷物を出したり締まったりして確かめるうちに、結局当日は其の出したり締まったりの所為で、何かを出しっ放しにして忘れ物をするのよ。サダノブならそうねぇ……穂さんと食べる予定のおやつでも忘れているんじゃない?」
と、白雪は言う。
「ああっ!おやつ欲しいですよねっ。確かに忘れてました。ちょっと買って来ます」
サダノブは怱々と家を出ると、バイクを走らせ買い出しに行った様だ。
「ねぇ、黒影……今回は何処に行くの?」
白雪が黒影に聞いた。
「今回は「たすかーる」プレゼンツプランらしいから、涼子さんに聞いたけど秘密だってさ」
と、黒影は答える。
「なんか、ミステリーツアーみたいで良いなぁ」
風柳も其れを聞いてわくわくして来たみたいだ。
「明日は涼子さんが車で先導してくれるらしいですよ。途中の休憩は何箇所かあって、無線で知らせるって言っていましたけど、僕等は如何しますか?」
黒影は風柳にどの足を使うか聞いた。
「サダノブは穂さんと一緒が良いんじゃないか?行き先も知っているみたいだし。社用車を使うと涼子さんが本気になるから、俺が出すよ」
風柳は黒影が社用車を出すとまた涼子とカーチェイスになり兼ねないと、そう言う。
「其れもそうですね。旅行ぐらいのんびり行きたいですから」
そう黒影も同意した。
……然し、影絵の景色が何処のタイミングで出るか分からないので厄介ではある。だが、「たすかーる」も夢探偵社も、警察署一の怪力で有名な風柳迄いて、犯人が仕掛けて来るなんて到底思えない。ましてや自分が死ぬとも黒影は思わない。最早、易々と死なせてくれない連中の集まりだ。何だってそんな時を態々狙ってくるのだろうと、黒影は不思議に思っていた。どんな状況下でも堂々と殺せると、貫井 恵介は指紋が無いと言うだけで言いたいのだろうか?そんな浅はかな奴が七件も逃げ通せる訳が無い。何か……未だ貫井 恵介と言う男を見落としているのだ。
黒影はサダノブが犯行現場で言った言葉を思い出していた。
……未だ近くにいる……と。
何故か其の言葉が妙に引っ掛かる。見ているとも言っていた。観察の「観る」でも無い。サダノブは距離を読む事は出来ない。即ち、あの時かなり近くの殺気を感じた筈だ。幾らあの近くに貫井 恵介が引っ越して来たからと言って、流石に数件離れた家からの殺気なんて感じている程、状況はヒリ付いていなかった筈だ。
あの時……確かに居たのだ。
貫井 恵介の指紋の形跡以外の、貫井 恵介本人か……又は貫井 恵介の何かが。
サダノブの走った先、網戸の直ぐ近くに。そして其れはあの場にいた誰にも気付かれず、まんまと姿を眩ませた。
詰まり、逃げ足で言えば夢探偵社も風柳さえも気付かない何かがいた。……普通の人間業では無いだろう。
黒影は其処迄考え確信した。貫井 恵介の能力は指紋を書き換えるどころじゃない。本当に恐ろしく警戒すべきは未だ見えないもう一つの能力であると。
「如何した?考え込んで」
風柳が黒影に聞いた。
「否、大した事じゃあ無いです。其れより、羽の色……分かりましたかね?」
と、黒影は聞く。
「ああ、赤茶色の羽だそうだ。縞梟の羽を染色した物らしい」
風柳は結果を教える。
「一部だけ染色したのでは無く、一枚全部染色していたか分かりますかね」
黒影が詳しく知りたそうに聞くと、風柳はスマホを取り出し、
「ああ。黒影の事だろうから色々聞かれるだろうと、先に鑑識が態々出て来た羽の繊維程の長さ迄測って、上から下まで再現してくれたよ。完璧にとは言えないが、推測でこんな感じらしい」
と、羽の推測域ではあるが全体画像を見せる。
「此れは有難い。僕の働き以上だ。其の画像、僕にも共有して貰えませんか?」
黒影は画像を見るなり嬉しそうにそう言った。
「ああ、勿論だよ。然し、羽の色がそんなに大事なのか?」
風柳は不思議そうに聞く。
「ええ、とっても。指紋が無きゃ僕の影でも指紋が複写出来るんです。……ならば、他にも使える奴はいるんですよ。問題は其の羽です。其の羽が誰の手にあり如何使われたかが問題なのですよ」
と、黒影は楽しそうに言った。
「何だ、其の呪いのアイテムを見付けたみたいな喜び様は。殺人事件を起こしたんだぞ、其の羽はっ!」
風柳はやっと黒影が其の羽に拘っていた理由に気付き、不謹慎だと注意するが、こうなると意地でも其れを手にするだろうと呆れていた。
「僕が持っていれば事件解決に便利で平和的な、ただの羽に成りますよ」
と、黒影は言って笑う。
……また危険なコレクションを増やす気だと、風柳は思わず額に手を当てすっかり参ってしまった。
黒影は直ぐ様、買い出し中のサダノブに連絡した。
「……サダノブ、悪いけれど大事な事でね。急がなくても良いんだ。装飾の飾りを売っている所でも、レプリカでも何でも良いから出来るだけ本物に近い縞梟の羽を出来れば10枚程と、画像を送るから其の画像に近い色の塗料を買って来てくれないか。縞梟の羽が無きゃ、画像に近けりゃなんでも良い。……頼んだよ」
と、言って何事かと聞くサダノブにろくな説明もせず、相変わらず要件だけ言って切ると画像を送る。
「最近、サダノブが可哀想に見えて来たよ」
風柳がつくづくそう言って溜め息を吐く。
「そうですか?」
と、黒影は満面の笑みで言うので、風柳は黙って茶を飲む事にした。
――――――――――
「先輩ー、何ですか縞梟の羽って!探すのにおやつの何倍も時間掛かりましたよー」
と、ヘトヘトになったサダノブが帰って来た。
「あら、可哀想なポチが帰って来たわ」
と、白雪はサダノブに緑茶を出して上げようとキッチンに行った。
「お帰り。未だか未だかと待っていたんだよ」
黒影は珍しくご機嫌でサダノブの頭を撫でると、おやつ以外の荷物を受け取り、さっさと二階の自室に上がって行ってしまった。
……あれ?……サダノブは頭を撫でられた時に、また何かを思い出しそうになって止まる。
「ただの使いっ走りじゃ、幾らポチでもフリーズするわね」
と、白雪はポンとサダノブの肩を叩いて励ましてやる。
「……否、そうじゃなくて……また何か思い出しそうで……」
サダノブは頭を掻き乍ら椅子に座り、白雪が出してくれた緑茶を飲んだ。
「あーっ!やっぱり白雪さんが出してくれる緑茶、美味しいなぁー。一日振り回された疲れも吹っ飛びますよ」
と、肩を回し解しつつ言った。
「そう?黒影じゃないからお世辞を言っても何にも出ないわよ。……あっ、それと、此れをサダノブに渡しておいてって……黒影から。大事に持ち歩きなさいだって」
白雪はサダノブの目前に小さな香炉を置いた。
「何ですか……こ……」
……あれ?何だ。……此れは香炉だ。……忘却の香炉……。
白雪に聞くより前にサダノブは思い出した。此れが何なのか。
「何だ、如何した!流石に黒影に愛想が尽きたなら話を聞くぞ?」
慌てふためき風柳がサダノブに言った。
「ストレス?ストレスなの?!」
と、白雪もサダノブを心配そうに見ている。
「……あれ。……何でだろう?」
サダノブはやっと自分の目から涙が出ていた事に気付いた。
「もうっ!黒影が普段から我儘言うからよっ!良いわ、私が代わりに言って来て上げるからっ」
と、白雪は席を立って黒影に物申す勢いで、リビングから2階に上がろとしたが、慌ててサダノブは白雪の腕を取り止めた。
「あっ……あの、すみません。でも、違くて。先輩の所為じゃ無いです。其れに、有難う御座います」
と、サダノブは言う。
「でっ、でもぉー。他に何があるのよ。穂さんと喧嘩でもしたの?」
白雪は心配そうにサダノブに聞いた。
「違います。……皆が優し過ぎるからですかね、多分」
と、サダノブは微笑んで返した。白雪は階段の上を眺め乍ら、
「……なら、良いけど。大袈裟ねぇ」
と、呆れたふりをしてリビングに戻る。白雪には初めからサダノブが来た時も、黒影に守られに来た様に言っていたけれど、本当は守りに来てくれたんだと分かっていた。其れはきっと、黒影が其れ迄ずっと沢山の十字架を背負って独りで生き、誰にも頼ろうともしなかったから。どんなに、白雪が傍で支えても其れは重く……結局、黒影は遠慮して独りで持って行こうとする。
……また遠慮して馬鹿みたい……だから、何時も助けようとする誰かを泣かすのよ。
白雪はサダノブが気にしなくて良いと言っても、少し苛々し乍ら紅茶を飲んでいた。
サダノブが風呂に入ると言った隙に、二階へ行き黒影の部屋をノックする。
「ああ、少し待って」
黒影がそう言うので、そのまま待っている。然程経たずに慌ててドアを開けて、
「ごめん、待たせて」
と、何時もの様に言う。
「羽根作り、楽しそうね」
白雪は部屋中に吊るされた、塗料を乾かしているであろう羽根を見てツンとして言った。
「如何した?」
黒影は直ぐに白雪が不機嫌だと気付いて聞く。
「其の問いは正しい。……でも、昔から言ってるじゃない。鈍感だって」
白雪は怒っている。黒影は何の事やらと考え乍ら、
「如何ぞ」
と、何時迄レディを立たせておくのかと怒られる前に、部屋に通す。
「また、無理をしたのね。……サダノブ、何か思い出したみたい」
白雪は安楽椅子に座り言った。
「……思い出した?……サダノブが?」
黒影は其れを聞いて更に考え込む。
「効能が薄過ぎたかなぁ……」
と、黒影はぼやくだけなので白雪は、
「何なの?あの香炉はっ!」
と、流石に怒って聞いた。
「あれは……忘却の香炉。三途の川で清めて来ただけだよ。ほら、彼奴の能力はあまり知られると厄介だからね」
黒影は白雪相手には何もはぐらかす事無く素直に言う。
「……で、死に掛けていたの?みっともなく。一層、川に落ちれば良かったのよ」
と、白雪は言った。
「酷いなぁ。此れでも頑張ったつもりだけど」
黒影は苦笑いする。
「つ、も、り、でしょう!本気で頑張るんなら死に掛けたり、心配掛けない方法でするべきよ」
と、白雪は注意する。
「……あ、はい」
流石の黒影も此れには何も言い返す言葉が無かった。
「……サダノブ、思い出した時泣いていたわよ。きっと貴方が死に掛けていたの、自分の所為だって気付いてる。貴方、何時も守られているから何かしたかったのは分かるけど、忘れて良い辛さと、忘れちゃいけない辛さがあるのが人の心じゃないの?両方を忘れて共に戦うなんて出来ないわ。此の私でさえ。だから、ちゃんと記憶消した事、謝りなさいよ。……其れが言いたかっただけ」
そう言って白雪は安楽椅子からゆっくり立ち上がる。
「……白雪っ!あっ、……有難う。後、心配掛けてばかりで御免……」
黒影は、去ってしまわぬうちにと慌ててそう言った。
「……分かれば良いのよ」
そう言ってフッと何時もの笑顔を見せると、白雪は部屋を後にした。
「おやすみ」
黒影は言い忘れたと、小さい声で呟いた。
――――――――――
リビングで黒影は本を読んでいた。……正確に言えば、パラパラと頁を捲るだけで内容なんて上の空だ。如何やって謝るか、如何切り出せば良いのか考え乍ら、本を読んでいるフリをしている。如何も傷付けてしまったと思うとバツが悪くて落ち着かない。
「あれ?先輩、未だ起きていたんですか?」
風呂から上がり、着替えて頭をタオルで拭き乍らサダノブはリビングにいる黒影に気付き聞いた。
「ああ、寝付けなくてな……」
と、何時も通りにと思うのだが、本の頁からろくにサダノブに目を合わす事も出来ない。
……嘘なんか、吐くんじゃなかった。
と、つくづく後悔する。
「あ、珈琲飲みますよね?……俺も風呂上がりは緑茶飲むって決めているんで、一緒に作りますよ」
そうサダノブは黒影に言った。
「えっ、えっと……否……。暇だから僕が作るよ。今日は無理な買い出しも頼んでしまったし、座ってゆっくり休むと良い」
黒影は声を裏返し本を閉じると、慌ててそう言って引き攣った笑顔をしてキッチンへ行った。
……きっ、気不味いっ。
普段嘘なんか滅多に吐かない黒影は、落ち着かない自分に少し苛々していた。
「先輩?……なんか変ですよ?」
サダノブは頭をガシガシ洗うみたいに拭き乍ら聞いた。
「別に……」
其れしか黒影は言葉が出なかった。トレイに飲み物を作ると、何食わぬ顔で戻り自分の席に座る。
「何、読んでたんですかー?」
サダノブは黒影が読んでいた本を覗き込む。黒影は読んだフリがバレると思って慌ててサッと引っ込める。
「泪澄 黒烏の本だ。大して面白くなかった。(黒影めっ!言いやがったなっ!By著者)」
と、黒影は適当な感想を言って閉じる。
「ふーん……。じゃ、いっただきまーす!」
サダノブが嬉しそうに言ったので、黒影は少しだけ顔を上げると、
「なんだ、其の頭は……」
と、腹を抱えて大笑いした。
「えっ?何?何がそんなに可笑しいんですか?」
と、サダノブはキョロキョロし出す。
「如何やったら、そんな芸術的な髪型になるんだ」
黒影はサダノブの芸術的に爆発している髪を見て笑っていたのだ。
「えっ……だって、癖っ毛だからしょうがないじゃないですかっ!先輩は、真っ直ぐだから良いですけどぉー」
と、あまりに黒影が笑うものだから、サダノブはタオルでほっかむりをしてムッとする。
「悪かった。すまん。……ふわふわして良いじゃ無いか。羨ましいよ」
黒影は未だ笑い過ぎて涙目になりながら言った。
「そうやって何時も人を馬鹿にして……」
と、サダノブは怒って腕組みをして黙る。
「あ……否、本当に馬鹿にするつもりじゃ……」
……どんどん気不味い気がする……!黒影は思わず白雪に助けて欲しくなって白雪の部屋のドアを見た。そんな都合良く出て来てくれる筈も無い。
「……昨日の夢の記憶……消して悪かった。身勝手だった……と思う。何かしたかっただけなのにヘマして……。だから、誰の所為でも無い。……すまん」
諦めて黒影は素直に謝るしかなかった。
「……そうですか。先輩が言うなら誰の所為でも無いんですよね。……じゃあ、素直に有り難く頂戴します」
と、サダノブはポケットから香炉を出して微笑み、
「おい、聞いたかポチ2世!なっ……なかなか素直にならないけど、良い主人なんだ。幸せ者だなっ、俺等は」
と、香炉の上にちょんと乗った小さな獅子……否、命名「ポチ2世」に話し掛けて笑った。
「ポチ2世か……。まあ、大事にしているんならそれで良い」
と、黒影は微笑み乍ら珈琲を飲んだ。
――――――――――――――――
翌朝、旅行の支度を終えて朝食も済まし、各々のんびりとリビングで飲み物を片手に寛いでいた。
けたたましくクラクションが五回鳴る。
「来たなっ!」
黒影は殺気立って席を勢い良く立ち上がる。
「ちょっと、落ち着いてよ黒影。今日は勝負無しなんだから!」
と、慌てて白雪は黒影の腕を掴んだ。
「……あっ、そうだった」
黒影は我に返って風柳邸の表を見た。真っ赤なスポーツカーのウィンドウを下げ、涼子は黒影を見付けると投げキッスをする。
「きぃー!もう、あの魔女!今回と言う今回こそは許さないんだからっ!」
と、白雪の方が其れを見て戦闘態勢まっしぐらだ。
「ほらほら、お迎えが来た。行くよ」
風柳は白雪を宥め乍ら、皆の荷物をひょいと担いで車に積んだ。
「サダノブ、忘却の香炉とタブレットは?」
忘れ物を一番しそうなサダノブに黒影は聞いた。
「勿論、持ってますよー!先輩も懐中時計と昨日の羽、大丈夫ですか?」
と、サダノブはご機嫌で黒影にも忘れ物が無いか聞く。
「ああ、懐中時計も羽も持った。白雪は時夢来本持ったよな?」
と、今度は黒影が白雪に聞いた。
「勿論よ」
白雪は頷く。
「良しっ、行くかっ!」
黒影は笑顔でそう言った。
見事な秋晴れ
行楽日和に恵まれ
戦う者も暫し羽根を伸ばし休息す
「……涼子さん、未だ早いんだからもう少し静かに来れませんか」
と、黒影は苦笑いし乍ら、涼子に挨拶に行く。
「朝でも夜でも旦那には、”あ、い、し、て、る”のサインって決めてるんだから。涼子が来たって直ぐ分かるだろう」
と、涼子はにこにこして言う。
「本当に、目立ちたがりなんですから。……まあ、今回は如何ぞ宜しくお願いします」
黒影は帽子の縁を少し持ち、セキュリティーグッズ専門店「たすかーる」との合同慰安旅行なのできちんと挨拶をした。
「黒影の旦那とあたいの仲じゃないかぁー。もうっ!堅苦しい挨拶は放っておいて、さっさとしっぽり行こうじゃないか」
涼子は扇子を出して黒影の顔をふわりふわりと仰いでやる。
「ふふっ……楽しみにしてますよ」
と、黒影は笑った。
「この魔女ー!……何がしっぽりよ!ばっかじゃないの。黒影に指一本触れたら、許さないわよ!」
白雪が走って来ると慌てて二人の間に割って入る。
「おや、お早うさん。今日も可愛いお姫様だねぇー……。もたもたしてると大事な王子様を、悪い魔女がうっかり食べちゃうかも知れないよ」
と、言って涼子はクスッと笑う。
「ほらほら、遊んでないで行きましょう」
黒影は何時もの遣り取りを全く気にもせず、にっこり微笑んで言った。
「本気の目も良いけれど、その優しい目も惚れちまうねえ」
と、涼子はうっとり黒影の瞳を見詰めている。
「もうっ、勝手に見詰め合わないでっ!車に乗りましょ、黒影!」
と、白雪は黒影の腕を両手で引っ張って車に乗せる。
「いーい?黒影。半径二メートル以内に魔女を入れたら、口きいて上げないわよ!」
と、言い付けるなり白雪も助手席に乗る。
「相変わらず、騒がしくて楽しいなぁー……」
風柳は笑って先にブレーキランプであ、い、し、て、るのサインをした先頭の涼子の後ろを追って車を発進させた。
「何よ、あれ!」
白雪はブレーキランプに文句を言ったが、
「ははっ……楽しみだね」
と、黒影はご機嫌なのだ。それも此の慰安旅行の旅費は以前勝負に負けた涼子の「たすかーる」持ちだし、プランも考えなくて済んだので、黒影にとっては本当にお気楽な素直に楽しむだけの旅だった。其れが久々過ぎて嬉しいのだ。
「穂さんとサダノブも幸せそうで何よりだ」
と、時々涼子の後部座席に乗っている二人は、仲良く手を振ってきたり、白雪が暇そうにしていると、穂さんはじゃんけんをしてくれたり、飽きないようにしてくれる。
――――――
「風柳の旦那、次降りますよー」
と、涼子が無線を入れて来た。
「へぇ、此処から下道か……」
黒影は山中の景色を見渡し、下道を見下ろした。
「あら?黒影の旦那の声だね。きっと旦那とお姫様にぴったりな所だよ」
と、涼子は楽しそうに話す。
「相変わらず「たすかーる」製の無線はクリアだね。山に入っても全然ノイズも入らない。まあ、白雪が楽しんでくれるなら僕は満足ですよ」
と、黒影は言った。
「自慢の一品だよ。必要なら黒影の旦那にも割引しても良いけど、あたい的には一勝負したいところさねぇ」
無線でも相変わらず二人は仕事の話になる。
「今日は旅行!営業禁止っ!」
と、白雪が言う。
「それもそうだね。さぁ……そろそろ見えて来るよ」
涼子は無線を切った。
「あれは……」
黒影は思わず目を奪われた。
「わぁー、素敵な洋館ねー」
白雪は窓を開けて言う。
ひっそり佇む明治、大正浪漫を思わせる其の建築物は、今はどうやらレストランに成っているらしい。
「お似合いだわ……」
白雪と黒影が手を繋いでいる姿を見て、涼子の車から降りて来た穂が後ろから声を掛けてきた。
「穂さん、素敵な所ですね」
黒影はにっこり笑って言う。
「絶対、お二人に似合うと思ったんですよ。……でも、此処でお昼にしようって言い出したの、実は涼子さんなんですよ」
穂は黒影にこっそりそう教えてくれた。
「あの人……本当は優しいからね」
と、黒影は微笑んだ。
「先輩ー!写真撮りましょう!もう、其の時代の人ですよっ!」
と、サダノブはダッシュで駆け寄って来る。
「止めろよ、恥ずかしい……」
黒影はそう言ったのだが、白雪が繋いだ手をちょんちょんと魚が釣れた様に引っ張った。
「偶には良いじゃないか。また何時来れるか分からないのだから」
と、風柳は気を効かせて言う。
「じゃあ、記念程度になら……」
と、黒影が白雪を見ると、白雪はにっこり笑っている。
……。
「此れはマジ、ヤバいですよ!探偵社に飾りましょう!」
サダノブは撮れた写真を見て騒いでいる。涼子や穂、風柳さんまで其れを見て雰囲気があまりに建物と合っていたので驚いた。
「サダノブ、此れ私にも送っておいておくれ」
と、涼子は言う。
「セピアにしたら、もっと雰囲気出るかもな。警察手帳に入れておくから小さいサイズで俺にも一枚くれ」
と、風柳まで言い出す。
「じゃあ、私がレトロ風に加工して皆さんに送りますね」
と、穂ものりのりだ。
「あー、あの、全員で撮りませんか?」
黒影は恥ずかしくなって、そう言った。
勿論、其の後全員で記念撮影をしたり、沢山写真を撮った。黒影の撮った写真だけは建築物やアンティーク家具ばかりだったけれど……。夢中になっていたのだから、楽しんでいたに違いない。昼食を摂り、黒影と白雪は他の部屋も見ようと手を繋いで散策する。
「わあ……綺麗ね」
白雪が天井に輝く、豪華絢爛なシャンデリアを見て言った。
「良い蓄音機だね」
と、黒影は蓄音機の前に座っていたスタッフに声を掛けた。
「もし良かった踊って行きますか?」
と、スタッフが言う。
「出来るんですか?」
黒影は少し驚いて聞いた。
「ええ、だから私が此処におります」
と、スタッフは答える。黒影は少し考えて、ホールの真ん中で楽しそうにくるくる回ってシャンデリアを見上げていた白雪を見る。黒影は、
「そうだ。……花のワルツあります?」
と、聞くとスタッフはにっこり頷くなり、レコードを置きゆっくり針を下ろした。
「白雪……!一曲……踊って貰えませんか?」
と、黒影は片手は後ろに、もう片方の手を差し出して、にっこり笑った。
「……えっ?」
白雪は少し驚いたが、音楽が流れてくると笑顔になり、
「はい」
と、黒影の伸ばした手にそっと自分の手を添えた。
「久しぶりね」
白雪は少し照れ乍ら俯き加減で言う。
「そうだな。だから如何か……良く顔を見せて」
と、黒影は優しく微笑み言った。白雪はゆっくり顔を上げた。
「ほら、その方が堂々として見える」
黒影はにっこり笑った。
「……ちょっと定番な選曲だったかな?」
と、黒影はクスッと笑って聞く。
「ううん、久々に踊るなら、このくらいが丁度良い」
と、白雪は言ってくれる。くるっと回る度に白雪のパニエ入りのスカートがふわっと風の様に揺れ、まるで花が咲いていく様だ。
「この間、おやすみを言い忘れたんだ」
「え?」
「やっぱり、ちゃんと言いたかった」
黒影は途中で手を引き寄せる時に、白雪に軽くキスをした。そして、曲が終わると、
「其れだけで、良く眠れないんだ。だから、傍にいて欲しい」
と、言って手を取りあったまま、正面を向き合った時に告げる。
「うんっ!」
白雪は黒影に飛び付き、ぎゅっと抱き付いた。
黒影は優しい笑顔で白雪の髪を撫でながら、
「有難う。また踊ってくれますか?」
と、聞くと白雪は、黒影の胸に疼くまり頭を縦に振る。
「当然でしょう。私以外にいないわ」
そう言って顔を上げると微笑んた。
サダノブと穂も手を繋ぎ乍らホールの音に釣られて来る。
「先ぱー……」
黒影を呼ぼうとした時、涼子がサダノブの口を押さえてシーっと合図をする。
「二人共素敵……」
穂は夢でも見ている様に踊る二人を見ていた。
「涼子さんは此処で何を?」
サダノブが小さな声で聴くと、
「二人の録画してやってるんだよ。思い出作り!」
と、さもカメラマンの様になっているので、サダノブは笑いを堪えるだけで必死だった。実は普段、此処では踊れないが、ダンスが出来る二人の事を知っていた涼子は、事前にお願いして特別にホールを貸し切ってくれたのだ。
「本当に、綺麗だ。優雅ってこー言う事を言うんでしょうね」
サダノブは、のんびり穂と二人を見ていた。
「何時かあんな風になりたいね」
と、サダノブは自分には似合わないと分かっているから苦笑いする。
「……そうですね、私達はもっと情熱的にタンゴで対抗しましょうか」
と、穂は巫山戯て無邪気に笑った。
――――――――
「じゃあ、先輩!次はお宿で。……あっ、そうだ、おやつおやつ……」
と、サダノブはわたわたトランクのバックから大きな袋を二つ取り出す。
「はい、こっちは先輩達の分」
と、サダノブはにこにこして黒影に渡す。
「季節外れのサンタクロースか」
思わず黒影がそうツッコミを入れた程の量の菓子袋だった。
「ねぇ、昨日こんなにバイクに積んでいたかしら?」
と、白雪はまた高速に乗ると不思議そうに言う。
「そうだ、殆ど黒影の買い出しだったんじゃないか?」
風柳は昨日の事を思い出して言った。
「ん?……謎ですねぇ……」
と、黒影は笑い乍ら言った。黒影は少し分かっていた気がした。サダノブのやりそうな事だ。白雪は袋を開けて、
「何此の顔ー!犬のつもりかしらん?」
と、大爆笑する。サダノブが出掛けている間に、お菓子が得意な涼子さんと穂さんが、手作りのカップケーキやクッキーやパウンドケーキを焼いていたに違いない。
そして、此の歪んだ鼠みたいな犬は、サダノブが仕上げにクッキーに描いたのだろう。
「あっ、此れ黒影専用よ、きっと」
白雪はそう言ってクッキーを渡そうとするので、黒影は手を出した。シルクハットと赤い鳥の二枚のクッキーが掌に乗せられる。
「……なかなかに上手いじゃないか」
と、珍しく黒影はサダノブの絵を褒めると、一口ずつ食べては眺め、幸せそうにたいらげた。
「白雪は何の絵なんだ?」
黒影は助手席に前のめりになって聞く。
「其れが聞いてよ……多分、雪印を描きたかったんだろうけど、蜘蛛の巣にしか見えないわ。此れじゃ、まるでハロウィンね」
と、白雪は言ったが、歪んだ蜘蛛の巣を見て結局二人は笑顔になる。
「あー、俺も見たいなぁー!」
と、風柳は残念そうに言って運転をするのであった。
――――――――――――
🔸次の↓season3-1 第四章へ↓
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。