「黒影紳士」season2-9幕〜誘い〜 🎩第五章 闇夜の誘い
――第五章 闇夜の誘い――
「……何故……此の時を待ったのです?」
黒影は静かな闇に浮かぶ舞台の先の流山に聞いた。
「はて、何の事やら」
と、流山は誑かす。
「……如何やら狩りの時間の様だ」
黒影は其の真っ黒な姿に、真っ赤な目をギラつかせて言う。
「此方の舞台を見せたなら、其方の舞台も見てみたい……そんな理由では納得いきませんかな」
と、流山は微笑む。
「もう既に、其の舞台に僕はいる。……貴方が油断する筈の無い場所。招き入れたのは貴方だ」
篝火で作られた新しい影に、黒影の影が時間を経て舞台上の流山の元迄伸びている。
「踊りの世界には陰陽と切っても切れぬものがありましてね。貴方の陰はあまりにも、私を捕らえるには優し過ぎる。此の様な陰を見るのは初めてだ。余りに陽に近い。私の陰は鬼の面。もう付けずとも私は変われる。此の儘では獅子に喰われますぞ。生半可はいけません」
黒影の流山に伸びた影を今正に、流山から現れた獅子の影が喰らい付こうと大きな唸り声と共に、遅い掛かろうとしていた。
「白雪っ!」
黒影は白雪の名を叫んだ。黒影の影から伸びた白雪の影は喰らい付こうとする獅子の口に竹を刺し止めた。
「大人しく……贖罪……なさい……」
まるで憎悪が響く様な声だ。
「……私、守られるだけなんて嫌なの。約束を守っていなかったのは私の方。貴方と……同じ道を歩くと決めたの」
白雪は黒影にそう言って、黒影の影の手を踏んだ。
其の瞬間影に溶けて沈んで行く。ゆっくり上がって来たのは、真っ黒な影に包まれた藤川 香の死んだ時の姿。
畳から竹が生え、突き刺さったまま断末魔を上げて、まるで生きたまま刺されているかの様な悲鳴を轟かせる。
流山は自分のした残酷さに思わず後退りした。
「サダノブ、今だ!藤川 香さんの思考を読め!」
黒影はそう言い乍ら、自分の影が苦しみ暴れる藤川 香に引き摺られない様に、体を仰け反り引っ張っている。
サダノブは此の状況下で狼狽え乍らも、必死で藤川 香の思考を読む。
……自然と、涙が溢れていた……。
「こんなに……苦しくて痛くて悲しいのに、流山先生を恨んで無いんです。香さんは……」
流山はサダノブの読んだ其れを聞いて獅子の影を納め、呆然とする。
さっき迄の鬼の形相が嘘の様に。
「何故だ?何故?私はお前を……」
竹に刺さり苦しむ藤川 香にふらふらと近付き乍ら聞いた。
「また一緒に踊りたかった……」
其の藤川 香の言葉に慌てて流山は影の竹を抜き、舞台へ降ろしてやる。
「馬鹿な。そんな為だけに周りを敵にしてでも……何て馬鹿なんだ!」
流山は影になった屍の藤川 香を強く抱き締め涙を流す。
「何時だって、昔の様に稽古してやったのに」
と、悔しがる。
「そうじゃないんです。流山先生。何時でもそう言えば出来た。けれど、其れでは他に示しが付かないと香さんは気付いていた。だから一から這い上がる決意をしたのです。貴方の昔の様に。あの日……貴方は連獅子を踊ってなんかいない。厳しい世界で這い上がった者だけが獅子の座に至る。……そんな話しなのに、貴方が受け入れなかったが為に、貴方は大事な物を見失った。貴方はもう一人の自分を殺めてしまったのですよ。もう、連獅子が踊れないのではありませんか?もう一人の貴方を……藤川 香さんを貴方は此れから見付けねばならない。稽古する時間なら有り余る程ある。……如何か、自首して下さい」
と、黒影はそう言って、丁寧に頭を下げた。
「良く分かりましたね。……私がもう連獅子を誰とも踊れないと。私はあの後、獅子の座にも至れぬただの老いぼれでしか無かった。何を踊っても香の死に顔がちらついて、如何するべきか悩み踊る、何時かの香と同じになっていた。私は後何年踊れるか分からない。だから、もし許されるのなら、もしそれで香が少しでも浮かばれるのなら、最後に此の香の影と連獅子を踊りたい」
そう言った。
「……分かりました」
そう言って黒影は改めて正座をする。
「白雪、戻って来られるか?」
黒影の影から白雪だけひょこり顔を出して、慌てて戻ってくる。影だけ置いて来たので、勿論白雪の影は未だ無い。其の代わりに黒影が手を繋ぎ影を作ってやる。
連獅子の着地は舞台に良い音を響かせ、軽やかに牡丹の影の中飛び跳ねる。流山の影と見間違う程、息の合った……美しく力強い舞であった。
――――――――
「有難う御座います」
流山は黒影等に深々と頭を下げて、礼を言う。
「良い……舞でした」
黒影は微笑み、白雪は自分の影を忘れない様にスーッとしまう。
「先輩!ちょっ、ちょっと……」
サダノブは足が痺れて立てない様だったので、黒影は此処ぞとばかりに足を突つき笑った。
――――――――――
「何故でしょう……。貴方に捕まったのに不思議と其れで良かったと思える」
と、流山は車に乗る前に黒影に言った。
「其れは……僕に鷹如きと貴方が油断したからです。そもそも貴方は罪を如何贖うべきか迷っておられた。シバ王は一万の鷹匠の軍隊を持ち、鷹狩りで国民全員の食糧を賄った言う逸話があるんですよ。如何です?力は無くとも、案外狩りは得意なんです」
と、黒影は話して微笑んだ。
「……成る程、呑み込まれなかっただけ命拾いしましたな」
そう言って、小さく笑うと流山は車に乗り込んだ。
風柳が車を出すと、流山は腕を組み静かに目を閉じて、
「良い陰陽。……良い舞台だった」
と、小さく呟いた。
――――――――――
「サダノブ、未だ足を引き摺っているのか、情けない」
と、黒影はタクシーから降りても痺れた足を引き摺るサダノブを見て笑う。
「先輩、突ついたら早く直るとか言ってたじゃないですかー」
と、サダノブはヒィヒィ言い乍らついて来る。
白雪と黒影は手を繋いだまま歩いていた。やっと二人で歩き出せた気がして。
「あーっ!」
玄関の前の階段で、サダノブがバランスを崩した。黒影は慌てて手を差し伸べ事無きを得る。
「お前、ちょっと落ち易くないか?」
と、流石の黒影もヒヤッとしたので前々から思っていた事を言う。
「あれ?そうでしたっけ?先輩の怪我の方が毎回で気が付きませんでしたよ」
と、サダノブは呑気な事を言う。
「あっ、そうだ。怪我と言えば……黒影、あーんしてっ!」
と、白雪は黒影の口の怪我を思い出し、開かせた。
「あー、少しまた赤くなってきた!当分お粥ね、お酒も禁止!サダノブも見たら止めるのよ。連帯責任ですからねっ!」
と、こっそり二人で晩酌をしない様に注意する。
「んー、参ったなあ……」
と、黒影は言ったが、其の何時もの声が聞けるだけで、サダノブも白雪も少し嬉しいのであった。
――――――――
翌朝、黒影が起きてリビングに何時もの様に向かうと、自分の席の前にリボンの付いた箱が置いてあった。
「何だ、此れは?時限爆弾じゃないだろな」
と、黒影は訝し気に見乍ら椅子に座り耳を近付ける。
「ちょっと、先輩……白雪さんと俺からのプレゼント見て、其の反応は無いでしょ」
と、サダノブは黒影らしい反応に笑って言った。
「ほらね、まともにプレゼントだと気付かないって言ったじゃない」
と、白雪も笑う。
「何だ?未だ誕生日でもないぞ」
と、言い乍らも黒影はリボンを解いて箱を丁寧に開ける。
「これ……」
黒影は一瞬軽い驚きを見せたが、クスッと笑った。
「二人で作ったの!サダノブったら不器用で大変だったんだから」
と、白雪は笑う。
「えっ!俺、真面目に頑張りましたよー!」
と、サダノブは言い張る。
「……って事は、サダノブが此の歪んだレコードみたいなソーサーで、カップが白雪か」
と、黒影は二人が作った焼き物の歪な珈琲カップ&ソーサーを見て笑った。
「何よ、笑ってばっかりで。気に入ったの?気に入らないの?」
と、白雪は聞く。サダノブも真剣に聞くものだから、黒影は笑いが止まらなかった。
「あはは……気に入ったよ。実に芸術的だ。良い味出してるよ。有難う」
そう言うと、白雪もサダノブも顔を見合わせて微笑んだ。
……珈琲、溢れないよなぁ……。
と、少し心配になり乍らも、今日も黒影は二人の優しさに幸せなのであった。
season2-9幕は一応 ――完――
それでも未だ未だ夢の途中⭐️
黒影紳士は続きます🎩
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。