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コバルトブルー・リフレクション📷第八章 現場

第八章 現場

 今日も葵が作ってくれた、ふわとろのスクランブルエッグをクロワッサンと食べる。
「昨日……何時の間にか寝ちゃったわね……。」
 私は初めて先に酔い潰れてしまったので、少し気不味い。
「寝顔、可愛かったですよー。」
 と、葵は揶揄う。
「何見てんのよっ!許可してないわっ!」
 と、私は少し照れながらも怒った。
「……仕方無いでしょう?運ばなきゃいけないんだから、見ようとしなくても見えますよ。ベッドまで運ぶの、大変だったんですから。」
 と、葵は言った。
「……何にもしてないわよねぇ?」
 私は、疑いの目で葵を見た。
「……しませんよ。信用ないなぁ……僕。多少は傷付くんですけど……。」
 と、葵はしょんぼりする。
「あ……えっと、ごめん。」
 私はまた気不味くなって謝る。すると葵はにこっと笑って、
「じゃあ、コレ……許してくれますよね?」
 と、スマホ画面を私に見せた。
「はぁ?何時の間に!駄目に決まってるじゃない!上司命令よっ!今すぐ消しなさいっ!プライバシーの侵害で訴えてやる!」
 と、私はその画面に出された、私の寝顔の写真を見て怒鳴った。
「嫌ですよ、宝物だから。」
 と、葵は幸せそうにほくほくな顔でスマホを両手で持って胸に当てる。
「この悪趣味!さっさと消しておきなさいよっ!」
 と、私はあんまりに葵が無邪気に幸せそうな顔をするから、強く言えなくなったが一応注意しておいた。……何なのよ……今直ぐ追いつくなんて言って、所詮「女帝」の足元にも来られない癖に。……笑っちゃうわ……。
「……あのぉ……?……もう珈琲飲めますか?」
 と、葵が遠慮がちに聞いてくる。
「何時までも落ち込んでいる様な私だと思わないでよ。」
 と、私は溜め息を吐いて返した。
「……そう、ですよね。……紫先輩、少し早く出て紫先輩が通っていたカフェ連れて行って下さいよ!」
 と、葵はわくわくして言っている。
「あっ……そっか。行こうって言っていたわね。」
 と、私は思い出して、食べる手を止めた。
「良いわよ……。後でね。」
 と、私が言うと、やっぱり葵は何時もの笑顔になる。
「何で何時もそんなに笑えるの?」
 と、私が聞くと、
「鏡の前で色んなパターン、練習したんですよ。元は無表情だったから、よく怖いって言われて……これでも努力したんですよ?」
 と、葵は言うのだ。「じゃあ……今、無理に笑っているの?」
 と、私は少しだけ葵のサイコパスな一面に心配をせずにはいられなかったが、
「いいえ。紫先輩といると楽しいですから。紫先輩の前では天然笑顔です。」
 と、葵は微笑んだ。
「天然笑顔ねぇ……他のは出来るだけ見ないでおきたいわ。泣き虫な癖に笑顔は難しいなんて……変わっているわね。」
 と、私も思わず笑った。
「変わっているって……サイコパスだから?」
 と葵は不安がって聞いてくる。だから私は、
「違うわよ。言ったじゃない。葵はコバルトブルーのリフレクションなんだって。」
 と、言って笑うと、葵はまた自然に笑ってくれた。

 珈琲をカフェで飲んで、庁舎に一度より、私はアポイントを取っていた。病院が始まる少し前なら、話が軽く出来そうだ。
「あっ、仲さんおはよう。……今日、例の幽霊の彼の通っていた病院に行くわ。……仲さんに折いってお願いがあるのよ。」
 と、私は葵とは新人指導中で別行動が出来ないので、仲さんを見付けると、声を掛けた。
「おはよう御座います、紫さん。「女帝」からのお願いを断る馬鹿はいないよ。」
 と、仲さんは快く引き受けてくれるようだ。
 まぁ、確かに私のお願いを断る馬鹿はいない。上手くいけば、恩を売って出世のダシに使えるのだから。けれど、仲さんは違った。言葉は変わったが、昔と変わらず接して、父とも仲が良かったのに、出世を気にしない欲のない人だ。だから私も安心する。
「あのマンションの五階の反対側のマンション。バルコニー側の先にもバルコニーが向かい合っている。私ならそんな他人と近いのは耐えられないけれど……まぁ、その反対側のマンションの五階の住人に、何かバルコニーで変わった事はないか聴いて欲しいのよ。きっとそこにあった何かが、無くなっているんじゃないかと思うの。調書によると下に柳田 弘の遺体の近くに木片が落ちていたのよ。その正体が知りたいわ。」
 と、私は仲さんには詳しい情報を教えておく。仲さんならそうする事で、思わぬ情報を引き出してくる事もあるからだ。
「やっぱり……ただの自殺じゃないのか……。分かった、調べてみよう。葵、事件が何だか少しずつ見えてきた様だ。紫さんをしっかり守るんだぞっ!」
 と、仲さんは言うなり、バサっと上着を羽織り、優しい叔父さんから刑事の顔付きになって部屋を後にした。

「すみません、朝のお忙しい中……。」
 と、私は遠慮がちに三階の彼が通院していた病院へ聴き込みに来た。私は処置室のベッドから起き上がり、医師に言った。

 流石に時間が無いので、来島を呼んで移動してここまで来た。
「この時間から動くと言う事は、進んできたのですね。」
 と、来島は私に聞いた。
「後は裏どりと逮捕だよ。」
 と、葵はまた来島さんに人懐こく答えている。
「葵様は逮捕は初めてですか?」
 と、来島は聞いた。
「えっと……紫先輩が殆ど頑張ったから、今回は紫先輩のお手柄かな。」
 と、葵は少し考え、そう答えると笑った。
「無欲なのですね?……流石はお寺様の御子息様ですな。」
 と、来島も笑う。
「良いわよ、私はもう手柄なんて要らないもの。アンタ、新人なんだから、有り難く貰っておきなさい。先輩からのプレゼントよ。」
 と、私は言った。私が幾ら逮捕しようが、戻る場所は「女帝」の席だけ。他の何処にも行く先なんてない。
「葵様、良かったですね。」
 と、来島は言った。
「……はっ……はっ……はっ……。来島……少し……窓を……開けて……。」
 ……まただ。何でだろう。
「紫先輩?……ゆっくり……ゆっくり呼吸して下さい。……何も心配しないで大丈夫です。……僕、直ぐ追いつきますから。」
 何故……あの「お飾りの女帝」の席を思い出すだけで、息が上がってしまうのだろう。慣れ親しんだ……当たり前の地位ではないか。
「今直ぐだなんて……どうせ、届きもしないのに言わないでよっ!」
 私は気がつくと……心配して伸ばそうとした葵の手を叩き下ろし、そう叫んでいた。……私らしくない……。どうしたのだろう……。
 私は額に手を当て怠そうにすると、もう他に何も気の利いた言葉も、言い訳も考える思考が止まってしまった。
「紫お嬢様……。……葵様は必ず、お嬢様にいつか届きます。……そう来島は信じております。」
 と、来島は静かに言った。
「丁度向かう先が病院で良かった。少し休ませてもらいましょう。……来島さん、少し急げますか?」
 と、葵が言った。葵?……何でそんなに真剣な横顔をしているの?何だ……ちゃんと、急病人の指示も……出来るじゃない。私はそのまま、気絶するように眠っていた。
「刑事さんも大変ですね……。」
 と、医師は言った。
「いいえ、大した事は。本当に色々有難う御座います。彼の話を聞いたら、直ぐ御暇しますので……。」
 と、私は起き上がり、患者用の椅子に掛けると言った。
「幾らでも休んでいって下さい。……で、例の彼の件でしたね……。」
 と、医師は用意してくれていたカルテをパラパラと捲る。
「彼、てんかん薬の処方はありましたか?その兆候とか……。後は頭痛に感じて何か言っていなかったか知りたいんです。」
 と、葵は私の代わりに頑張って聞いてくれているようだ。
「あぁ……ありました。一月頃に頭痛を訴えていましたね。たしか、執筆が忙しくなってきた時期で、生活時間もズレはじめていましたから、それを直してよく休む様には言ったんです。後は内科にも一応受診するように勧めましたが、原因はこれと言って分からず偏頭痛じゃないかと頭痛薬をもらっていた様です。……てんかん薬ならずっと使用させています。彼……どうしても、突然倒れてしまったり、眩暈を起こすので、今現場ではその薬しか対応出来るものが無いんですよ。」
 と、医師は答えてくれた。
「……彼、遠近両用のルーペを使い出していたみたいなんですよ。物書きなら普通のルーペでいいものを。……もしかしてですが、不思議の国のアリス症候群に、一時的になっていた可能性はありますか?」
 そう、葵が聞くとハッと医師がパパッとまたカルテの頁を変えた。
「……遠近両用のルーペまで……。彼が軽く何だか最近視界が変なんだと言っていました。けれど、彼自身何が変だが良くわからないと……。もしかしたら幻覚の様なものか、寝不足か疲れによるものかと考えてはいたのですよ。……そっか、彼が伝えたかったのはそれだったのかも知れません。彼が亡くなってから気付くなんて……。」
 と、医師は悲しそうな顔をしていた。人の運命の儚さをまるで見ている様だ。
「やっぱり……慣れないものでね。……人を救たくて、この仕事についたのに。……彼が自殺じゃないかも知れないと聞いた時、彼が他に怖い想いをしたかも知れないのに、何故か少しホッとしている自分がいました。……生きている人間は全く……勝手なものですね。」
 と、ただ真っ直ぐ壁のカレンダーを見上げて、その医師は言った。それは医師ではなく、一人の人間として言ったのかも知られない。
「……そうですか。貴重なお時間とお話、有難う御座いました。……彼……最後まで生きようとしていました。……だから、僕も頑張って犯人、探せそうです。紫先輩の事も有難う御座います。じゃあ……また何か書類でお伺いするかも知れませんが、今日は失礼させて頂きます。」
 葵はそう言って……お辞儀をすると、私に手を差し伸べた。
「お大事に。」
 医師が私にそう言って微笑んだ。
「有難う御座いました。助かりました。」
 そう言って、私は手を取り立ち上がり去ろうとした時だ、
「……サイコパスの刑事さん……ですか。困ったら何時でもどうぞ。」
 と、医師は告げた。私は無言で一礼して去った。わかる人には分かるものだと、不思議に思っていたが、葵を見ると眉間に皺を寄せてあからさまに嫌な顔をした。……そっか。……そう言われるのが嫌だったんだ。そう、思い出した。……そうだよね、自分は普通だと思って生きていたのに、急に変な名前つけられて。それって……まるで、囚人の番号みたい。私の「女帝」もきっと、そんなものかも知れない。

「大体、裏が取れて来ましたねー。」
 と、葵は私に笑った。こんな風に気を遣ったり、相手に優しく出来たり……だから、きっと葵は葵以外の何者でもないのだと、私は思う。人を騙すのも上手で表情に乏しいと言われるが、私は別に騙された方が幸せな気がするのだ。だって、騙されなくても私の居場所は変わらず、夢さえ見られないのだから。虚像と言う偽物の夢でも、暇つぶしに見ていると思えば大した事は無い。

 「さて、では幽霊が出た曰く付き物件の方、行きますか。」
 と、私は両手を上げて、息をいっぱい吸い込み、気を取り直し言った。
「ちょっと、さっきまで調子悪かったんですから、気を付けて下さい。」
 と、葵は急に伸びをした私が倒れやしないか心配して、触らないが倒れても大丈夫な様に手を向けて言う。
「もう大丈夫だってば……。意外と心配性なのね?」
 と、私は両手を下ろすと葵にそう言って笑った。
「誰にだってじゃないです。紫先輩だから心配なんですっ!」
 と、いじけてしまった様だ。
「……有難う。」
 たまには微笑んで……お礼ぐらい、言っても良いか……。無表情で、当たり前の「有難う」よりは。
「仲さぁ〜ん!何か分かった?」
 私は上の階の廊下でうろうろしていた仲さんを見つけて、声を掛けた。ここはあの二人が自殺したと云われるマンションのバルコニーに対し、向き合っている隣のマンションだ。
「そこで待っていろ!今、降りるから。」
 と、仲さんは私達に言う。この辺りのマンションは所謂団地作りの様なものだから、やはり此方のマンションも古くエレベーターの様なものは無い。但し、上の階は住みにくいので、家賃が随分安くなるようだ。一階や二階は、足の悪いお年寄りが多い。階段がきついからと、上から同じマンションの下の階に移動したお婆ちゃんと、あの三階に住んでいた時にゴミ出しで、話し込んだ事がある。

🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第九章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。