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season7-2 黒影紳士 〜「東洋薔薇の血痕」〜🎩第ニ章 東洋薔薇


2 東洋薔薇

 濃緑、紅が点々と差します東洋薔薇の
 上に見えますは綻びた
 夏名残、忘れ置かれた簾
 そぞろ寒さに揺れまして
 窓の中に見えますは

 温もりでせうか
 冷徹か
 ――――――――――


「まぁ、綺麗な庭。……あの、SNSで写真を趣味で上げているのですが、良かったらお花を一枚撮らせて貰えませんか?」
 一人の大学生程の若い女が、モダンなコンクリートの一定間隔に開けてある四角い穴の先を覗き、中に聞こえる様少し声を張った。
 其の女子大生の視線の先には藍染の着物を粋に着こなす、長身のすらりとした男が庭の手入れをしている様だった。
 その出立ちからするに、其れは流れる様な細く長い指先で手入れをしているに違い無いのだが、残念な事に手元はコンクリートに阻まれ見えない。
 その変わったモダンコンクリートの塀は、何処か外界から庭の侵入を禁ずる砦の物の様に、通常の塀よりかは些か高く感じられる。
 然し乍ら、此れもまたモダンコンクリートのデザイン上の物では無いかと思わせるのが、この庭の主の建物その物に在った。
 全体にかっちりとした三階建の四角いコンクリート造りなのだが、自然に溶け込む茶にクリームを混ぜた優しい色合いである。
 一階からニ階迄部屋の上に大きなバルコニーが突出しているのだが、上部のバルコニーには上質な天然木が使用され、桧らしき風合いの色が見えた。
 手入れをしなければ、そのバルコニーの柱を伝う蔦もあっという間に建物毎侵食するであろう事も、木材自体が変色する事も安易に想像出来る。
 それだけ手入れが行き届き、和モダンの奇抜過ぎないお洒落な建物と言う事だ。
 中に居た和服の似合う主人が女子大生の声掛けに気付いて、ひょいとコンクリートの四角い穴の一つに近付き、答える。
「ああ、そう言う事ならば何時でもどうぞ。其方のお嬢さんが気にならないのであれば、中にも木やら花やら……兎に角仰山ありますよ」
 と、主人は笑顔で答えた。
 くしゃっと薄い皺を寄せた口元から察するに中年程であろうか。その笑顔は優しく、気の悪い人には見えない。
「有難う御座います♪……一日、花を一種類……一番良く撮れた物を載せているのです。とは言え、未だこのカメラも買ったばかり。美人さんに撮れるかは分かりませんが、先ずはその椿……撮らせて頂いても良いですか?……後で勿論、焼き増ししてお見せします」
 そう女子大生は、人柄の良さそうな主人にホッとしたのか、緊張を解きそう言った。
「……ええ、練習にでも何でも撮ってやって下さいな。この庭はね、亡くなった妻が大事にしていたのです。きっと妻も喜びます」
 主人は高い塀からも飛び出す大きな椿を見上げる。
 その哀愁は、コンクリートの塀を挟んだ女子大生にも理解出来た。
 未だ亡くなった奥様の事……大事に思っていらっしゃるのだわ。
 女子大生はそう思い、笑顔でこう言った。
「では奥様にも感謝して、撮らせて頂きますね。本当に素敵な椿。……冬は撮れる花の数も減りますから、困っていたのですよ」
 そう、女子大生は買ったばかりのニコンを目に当て上を見上げる。
 主人も妻の事を想ったのだろう。大きな椿を見上げたが、何処か遠くを見ている様であった。
 それはきっと、この椿と共にある、二人の思い出であったに違いない。
 ――――――
「僕は時藤 浩史(ときとう ひろふみ)と申します。……この家に妻が居なくなってから人を入れるのも久々でしてね。何も大したお構いも出来ませんが……」
 と、そんな花の写真撮りを通じて数日後、一階の縁側に女子大生に茶と茶菓子を出して、時藤 浩史は自己紹介をした。
 やはり寒いとは言え、家の中では若い女と二人では何処か気が引けたのだろう。
 縁側の近くに火鉢をゴロゴロと回し持って来て、庭を眺め乍ら話す事にした様だ。
「すみません、態々……。遅れてしまってすみません。私、凛花(りんか)……戸部 凛花(とべ りんか)って、言います。気楽に凛花って呼んで下さい」
 と、戸部 凛花は若さからか軽くそう言うなり、焼き増しした先日の椿の花の写真を何枚か時藤 浩史に観せた。
「じゃあ……凛花……さんで、良いですか?……これは……素敵な写真ばかりですね。……で?掲載するのは何れにしたのですか?何れも綺麗に撮れているから選ぶのも大変だったでしょうに……」
 時藤 浩史は写真の感想と労いを述べる。
「……其れが未だ選べなくって……。良かったら一緒に選んで貰えませんか?」
 戸部 凛花は少し困った表情で苦笑する。
「……そう言う事ならば、僕で良ければ写真の良し悪しは知りませんが、少しは協力しますよ」
 時藤 浩史は迷惑な顔一つせず、戸部 凛花の悩みが晴れるならばとそう答え、微笑む。
 そんな時藤 浩史の日常が、ほんの僅かずつ閉鎖した塀の中から、変わり始めようとしていた。

 そんなある日……あの事件が起きたのである。

 ――――――――――――――

「白雪、遅かったね」
 黒影は何時もの喫茶店なのに、珍しく一人でカウンターに注文しに行った白雪を心配して、姿が見えるなりそう声を掛けた。
「ほんの少しじゃない……」
 仕事以外で一人なのが落ち着かない様子の黒影に、白雪はくすりと笑い答える。
 視線に降りて来たカップを見て、
「白雪、これは?」
 と、黒影が不思議そうに首を傾げる。
 思っていた何時もの物と違う形状のカップが出て来たからだ。
 何時も此の店ならばエスプレッソの珈琲を頼むので、小さなカップの筈である。
「キャラメルマキアートよ」
 と、白雪が悪戯な笑顔を浮かべて答えた。
「えっ?僕が飲むの?」
 黒影は思わず帽子を深く被り参ったなぁ、とは……思っているが白雪の機嫌が悪くなるので、此処は口には出さずに読者様と黒影の心に留めておきましょうか。
「そうよ。黒影は甘い珈琲が好きだから、可愛いし良いでしょう?」
 と、白雪は席に着くなり早く早くと、見詰めている。
 黒影は……可愛いの基準って……謎だな。
 そう思い乍ら、ぐるぐると泡に巻いたキャラメルを見詰め、腑に落ちないまま一口飲んだ。
「んっ……」
 思わず甘過ぎて吃るのだが、
「甘くて美味しいでしょう?」
 と、にっこり満足そうな顔で此方を見る白雪に何も言えず、黙ってこくこくと頷くだけだ。
 ……然し、此処できちんと言っておかなけば、毎日キャラメルマキアートを家で出されたら、とんでもない。
 黒影はジーッと再び、キャラメルの渦を凝視し考えるのだ。
 ……そう言えば……。
 思い返してみても、白雪の手料理で嫌いだった物は今までにない。
 嫌いな食べ物は有るには有るが、先に言ってあるから食卓にも上がらない。
 ああ……そうだ。
「……僕はやっぱり何時もの白雪の淹れてくれる珈琲が良いな」
 と言って、チラッと帽子の下から白雪の顔色を覗ってみる。
「そう?……ちょっと甘過ぎたかしらん?」
 白雪は天井を見上げ、何時もの自分が淹れている珈琲の甘さと比較して考えてくれている様だ。
 ……良し!そう……その甘さっ!
 と、黒影が白雪の考えているであろう事に、テーブル下で小さなガッツポーズを取ろうとした、まさにその直前である。
「なっ、何だ?何かあったんですかね?」
 黒影から見て白雪越しに見えた店員が、テラス席を見て唖然として言った。
 黒影は店員が見ていたテラスの方向……真後ろへくるりと立ち上がり見遣る。
 次の瞬間テラス沿いの道を見乍ら、片肘に漆黒のロングコートを流れる様に持ち走り出した。
 其の視線に飛び込んで来たのが、立ち止まっては増えていく通行人の人集りだ。

喫茶店店内から見た人集り

 人集りを掻き分け、甘いシガレットの残り香のする男に黒影は聞いた。
「何か見ましたか?」
 その人物に一目散に聞いた理由は、現場の前の方にいた事と、シガレットの残り香だ。
 丁度現場の向かい側に、道を挟んで黒影のいた喫茶店が位置するのだが、現場がよく見えたのは奥まって色んな鉢植えのあるテラスでは無く、硝子張りになっている喫煙室に違い無かった。
 何かがあった様に見え、喫煙室から外へ確かめに来たとすれば、現場の人集りの前にいるのも当然である。
 第一発見者か、若しくは其れに近しい発見者と言えよう。
「ええ……人が落ちたみたいなんですよ」
 男はそう、口をぽかんと開けて上を見上げたまま答える。
「落下ですか?」
 黒影もつられるように帽子が落ちぬ様、後ろを支え間抜けな顔は嫌だなと、何となしに口を閉じて上を見上げた。
 真っ赤な…美しき椿が咲き誇っている。
「其れが落下した所を観た訳じゃ無いので何とも言えないんですがね、椿の花弁がはらはらと落ちて……綺麗だなぁと、一服やりながら思って見ていたのですよ。そうしたら一本吸い終わる迄に、春が急に来たみたいにあれよあれよと、花弁が散って行くではありませんか。其れで変だなぁとまじまじと外に出たら、其れが花弁では無く人の血だったのだから驚きましたよ。何処から血が垂れているのか辿ったら、あんな上です」
 と、男は野次馬根性か全部教えてくれた。
「では、貴方……一応、落下直後は見ていなくとも、第一発見者ですね。申し訳ありませんが後で事情聴取にお付き合い下さい」
 黒影は顔を下げ、男の横顔に言う。
「えっ?……警察の人だったんですか」
 と、少し驚いた表情で男は黒影を見る。
 蒼紫の水晶の様な瞳に吸い込まれそうにはなるが、其れよりも其のシルクハットと寒そうに着出したロングコートに目が行く。
 警察の人……では無さそうな出立ちには間違い無い。
「否、僕は探偵です。兄が刑事なので。救急車も呼んで貰いましょう。……取り敢えず、動線確保して貰えます?見せ物じゃありませんから」
 と、黒影は見ず知らずの第一発見者に如何せ事情聴取迄いるのだし……と、人手が足りずに一般人でも使えるものはと男まで巻き込んで現場確保を始める。
 言われた男も其れ迄唖然とするばかりだったが、そうだ遺体を見上げているんだと、はと我に戻り……
「そう言う事らしいから。ほら、警察の人もこれから来るらしいよ」
 と、野次馬達に道を空ける様に言い始めた。
「サダノブ、小型カメラで送る……」
 黒影はその場に居なかったサダノブに、シャツの襟の小型無線で話し掛ける。
 ……何時の間に?
 其れは黒影がコートを直ぐに着ずに腕に掛けて店を飛び出した理由だ。
 このシガレットの残り香のする男に一目散で話し掛ける前には、既に無線をオンにしていたからだ。
 席を立ち人集りを見た瞬間、事件ではないかと無線を片手でオンにし、コートを着る暇も無く忘れまいと反対の腕に掛け走った。
 つまり……野次馬の騒音と「何か見ましたか?」から、セキュリティ専門店の「たすかーる」に無線が繋がり、店の涼子か穂が何かの事件発生の可能性を傍受する。
 勿論、其の後の会話で事件発生を知り、夢探偵社の闘う事務こと、サダノブに即座に連絡が入った訳だ。

サダノブ(本名 佐田 博信。さだ ひろのぶ)


「……了解。現在地、喫茶店で良いんですか?折角二人で出掛けたって言うのに、偶には何時もの所じゃなくて、羽根伸ばしたら如何なんですか」
 サダノブの声が黒影に届く。
「あのなぁ、上司のプライベートより自分のプライベートを充実させたら如何なんだ!僕は「い、つ、も」が安心なんだ!其れにな、本当に二人きりになれるような事件の無い社会になったら、お前なんて秒で巻いてやるよ」
 と、黒影は折角のんびりしていたのにと、やっぱりサダノブには本幕でも八つ当たりを言いたい放題なのはご察しの通りだ。
「あー言えば、こー言う。もう慣れましたけどっ!風柳さんにもう、涼子さんから連絡入ってますから。後……そうだなぁ」
 サダノブはそう言って、如何やら風柳の現在地から到着時間を割り出している様だ。
「ああ……もう、良いっ!目の前にいるよ。野次馬を吹っ飛ばす勢いで走ってくるのが見える!……?……ところで、お前は何をしているんだ?」
 黒影は風柳の姿を見るなり、ホッと肩を撫で下ろしたが……ある事に気付いて眉間に皺を寄せた。
「何って、たすかーるに呼び出しされて、風柳さんと先輩の現在地見てたじゃないっすか」
 サダノブは一体何の事かと答える。
「……何で上司が寒空の下で、部下がぬくぬく仕事してんだって言いたいんだよ!」
 呆れるにも限界になった黒影が怒鳴るのだが、
「まぁまぁ……。此れだけ頭数揃えば、こっちは問題無いよ」
 と、風柳が黒影の肩にバトンタッチだと言わんばかりに手を置き落ち着かせる。
「……風柳さんは優し過ぎるんですよ!ウチはウチの探偵社の仕事があるんですっ!僕だけ聞き込みなんてっ!」
 黒影は未だ依頼も無いのにそう言った。
 風柳はふとその言葉に、署長が何と言うか想像してみる。
 黒影が出会したのなら丁度良かったと、笑顔で調査依頼するに違い無かった。
「なぁ、黒影を見かけなかった事にしてやろうか?」
 と、気不味そうに風柳は黒影に言う。
「其れは其れで営業妨害ですよ」
 黒影は商売ならば仕方あるまいと、不機嫌そうに言って腕を組み、靴先をカツカツと鳴らしている。
 風柳は其れを見て、
「ほら、さっさと仏さん下ろすぞ!」
 と、急に警察連中に言って逃げる。
 何故なら黒影の其の仕草がプッツン寸前であり、風柳の脳裏にパトランプとcautionのセーフティテープが一斉に張り巡らされたからである。
「……あら、私も居るじゃない。今日は二人って言ったでしょう?」
 ひょっこり顔を出した白雪は、風柳が逃げたのを見送りクスッと笑い、黒影の腕にしがみ付きそう言って微笑む。
「えっ……。まぁ……そうだけど。僕一人で十分ですよ、下調べなんて」
 黒影は無線を傍受しているであろうサダノブに嫌味を込めて、白雪には照れ隠しにそう言って、何故か堂々と事件現場の人集りから腕を組んで仲睦まじく出てくる不思議な絵となるのだ。
「……そうね。十分過ぎるわ……思念も」
 白雪がふっと笑みを止め言った。
「……そうか。此方は足りると良いな」
 この世に留まる思念。事件現場で白雪が感じるのは悲しみ、苦しみ、怨念。
 事故では無い。まとまな死に方でも無い。
 一体何が人を殺める程、陰に引き摺り込んだのか。
 人の心に真実等ありはしない。常に揺れ動く正義や心には存在しない。
 其れが真実だ。
 だが、僕はこの時……少しずつ気付き始めていた。
 揺れ動く物を見ていては、真実を見失う。
 その定義に縛られていたのでは無いかと。
 だから、正義や心を考えなくて良いと言うのは極論である。
 風柳が正義を追って、僕は真実だけを追う。
 当たり前の様に思えたが、当たり前じゃない。
 其れだけきっと……真実以外を考えなくて良い様に、甘やかされていたんだ。
 空想が現実化するとは、まるで心や正義に似ている。
 見えないけれど、誰もが確信し「其れ」だと言える。
 だが、形が無い。掴めない……。
 真実は……そう、形があり掴める部類だ。

 白雪が言う「誰かの心が痛む」思念。
 僕が其れを「誰の心」か探す意味。

 少しずつ分かって来た気がするんだ。
 何時か、この世界の真実と正義の様に、不動と動の物を知らねばいけないと。
 物事は常に一つではなく多方向から照らす事により色を増す。感情も……きっとそんな風に彩られて行くのだ。

 人間として生き始めている事に……気付き始めている。
 現実とは……何だ?

 ――――――――

君を永遠にすると誓った
其れが僕の勝手過ぎる懺悔だとしても
もう悪夢の眠りに就かぬ様

この手を持って行っておくれ…未来に
時が残酷なのはね
僕が書けなくなるからではない
また影遊びが出来なくなるからだよ
手を重ね飛んだ烏は
君のお陰で真っ赤に何処迄も飛んだ

おはよう…黒影

二度目の目醒め
其の奇跡を僕等は

「夢」と呼んだ

         「夢、永遠」

「夢、永遠」挿絵


 ――――――――

「白雪?」
「ん?」

 気が付けば君の手を握り締めていた。
 消えそうで……時々、怖くなる。
 ――……怖く……なる……だと?
 物語の……主人公がか?
 まさかっ!僕が消えると言う事は「あの人」だって消えてしまう。

「黒影?最近変よ……。店に入る前も思い詰めていたじゃない」

「……手が……。あの手は創世神の……。じゃあ、何で今書けている!?おいっ、聞いているんだろうっ!何とか言えよっ!」
 黒影は上を……否、こっちを見て言っているらしい。
ちょっと失礼……(がっしゃん、バタバタ)
『一々着替えるの、大変なんだよ。軽々しく創世神を呼ぶ主人公なんて何処にいるんだよ』
 僕はそう言ったのだ。(あくまでも創世神目線で話します)
「手を見せて下さい!散々騒いでいた腱鞘炎がなんちゃらの!」
 と、黒影はムスッと……多分怒ってる。
『無礼な……』
 僕は急に両手を取られたので不愉快でそう言った。だが、
「season2-1の表紙に転がっている手は誰のです?僕の影が切った様に見えますが、何が言いたくてあんな表紙にしたのですか?そんなに僕を何かの罪にでも問いたいのですか?!」
 と、更に不愉快なのは黒影の方だったようである。
『確かに急に手の痛みが早まった。まるで切られた様だった。過去の僕がきっと切られた。この……この本幕で、2週目だと宣言する直前だ。2週目を通過する時、黒影は時代錯誤に陥った。僕も……気付くまでは、硝子の上にいたんだ。共鳴が2週目から起き始めたのは、「黒影紳士」自体が飢えた獣の様に暴走して探し始めたんだよ。……次の、取り込む物語を。今まで僕は知らなかった。物語を繋ぐ物語が出来上がる。まるで書いていないように。流れる様に降って来ては、僕は其れを認めた。もう、取り込む餌は無い。だからこのままでは呑み込まれてしまうんだ……』
 創世神は黒影の手をパッと突き放し、くるりと見上げる。(良い加減第三者視点にもどそう by創世神)
 辺りは創世神が黒影に逢いに舞い降りた様だが、逆だ。
 あの服装を「黒影紳士」に合わせたと言う、無駄で不気味なコスプレの、黒い大きなフード付きの漆黒のマントに真っ白いペンキで塗りたくった対ペスト用の嘴の様なマスクと、ゴーグルを掛けて、一筆書いただけだ。
 ……黒影が来れば良い……。
 とね。だから、景色は創世神の書斎である。
 あれだけの野次馬がいたのだから仕方あるまい。
「……呑み込まれる?「黒影紳士」の世界は今、貴方と僕で統治しているではありませんか。そんな暴走なんか……」
 黒影は背を向けた創世神に聞くが、全部教えて貰うのも癪に触るので少し考えてみる。
『あっ!勝手に僕の珈琲を飲むなっ!』
 考えているうちに、無意識に何時もの癖で珈琲を手にしたが、其れは創世神の飲みかけだったので、慌てて気付いた黒影はソーサーに置いた。
『本当にお前ってやつは昔から……。良いか、紳士たる者……』
「ちょっと、待って下さい」
 創世神の長たらしい説教が始まる雰囲気になったが、黒影は振り向いて不服そうな顔を向ける創世神に、手を翳し制止する。
『お〜こぉ〜とぉ〜わぁ〜りぃ〜!に、決まっておろう!昭和の告白ごっこならサダノブとやりなさいっ!そうでは無く、そもそもタイトルに「紳士」と入れたのにだな!そうも、タイトル無視な態度に、剰え創世神の僕を止めるなど何人たりとも許さん!断じて許さんっ!』
 と、創世神は相当憤慨しているようだが、黒影は全く気にしない。
「……2周目の時に入る際、歪みが生じた。其の時、僕等は硝子の上、つまり何らかの世界と世界の間。歪んで時間軸が狂ったならば、過去と現在の「黒影紳士」含むこの世とする。で?現在には世界崩壊域があり、問題が起きた。著しい大気汚染による人口減少。では……今迄、僕には操れず貴方と貴方の言葉を知らせるマザーコア(MOTHER 核)だけが操れたものが唯一存在する。……「世界再生域」だ。世界再生域には何があるか。……一つのヒントは「羽根を持つ者」。能力者で強い者だけが翼を持つと、世界崩壊域の一人から聞いた。強い力ならば、世界崩壊域に吸わせてバランスを取れば良い。……然し出来ていない。つまりだ、世界再生域もまた貴方の力で制御出来ない状態に陥っている。
 ……で?お手上げに僕を呼び起こしたって事ですね!……あんな酷い所に何年も閉じ込めておいてっ!今更必要だと!?旧友が聞いて呆れる!もし、其れで僕が貴方の手を切り落としたくなっても、僕や皆んなをあんな鎮魂歌(レクイエム)などと言う、粗末な記憶媒体に閉じ込めた報いだっ!僕は謝る気もなければ、今繋がっているだけでもマシだと思って欲しいぐらいですよ!」
 黒影は何時もの様に考え乍ら話し、答えを導き出してしまった。

『……君を探偵にした時から、何時か気付くと分かっていた。許さなくて良い。そして黒影は自分を其れでも責めてしまうだろうが、その必要もない。此の手は生き延びた……其れだけで良い。……僕はseason1短編集を最後の力で書き上げ、もう二度と筆は取れないだろうと確信し、致し方なくあの鎮魂歌(レクイエム)へと閉まった。命があるならば、何時かまた書ける日が来るかも知れない。そんなゼロに近い奇跡を信じたからだ。筆を取れなくなった僕は、床に就き只管壁に使えなくなった手を翳し、影の烏を飛ばした。……其れだけで、君の事を思い出せる……。続きを何時か書く為に。忘れない様に……。だから……だから「真実」は、僕をあの日切った。未練を断ち切り、進まねばならない人の世の宿命の為に……全てを忘れる為に。「真実」は正義再生域にいる。正義崩壊域と逆行する正義再生域では余りにも強過ぎる力の翼を持つ能力者が爆発的に……現在、増え続けている。
 君が鳳凰の魂を持つのは運命(さだめ)等では無い。必要性による物だ。鳳凰ならば翼を持つ事が出来る。だが、まだ一人の鳳凰の力には到底及ばない場所だ。
 せめて……今だけでも、我儘だとは分かっているが……守らせてくれないか。「真実」が君を待っている。今の黒影よりも、もっとより強くなった人として生きる黒影を』
 何で何時だって……「真実」ってものは残酷なんだ。
 生温かいだけでは無い。其れが、人間の生きると言う意味。
 ……そうだ……そうだった。
 ……『おはよう……黒影』
 そう声を掛けられたあの日。(season2-1幕 表紙参照)
 あの貴方の手が切れていた様に見えた真っ黒な血は……
 貴方の心の涙でした。

「すまません……執筆の邪魔をして。……貴方ならば、素直に守られても悪い気はしない」
 黒影は帽子をキュッと直し、前だけ下げて創世神の姿を其れ以上見る事は無かった。
『……有難う。……さぁ、行け!こんな所で止まっている場合では無い!』
 創世神は黒影がまた旅立つ姿を誇らし気に見詰め言った。
 ……其れこそ、我が望んだ影の夢。

「言われなくてもっ!」
 僅か振り返り、帽子の下から見せた微笑みはきっと生涯忘れえぬ物となろう……。
 真っ赤な鳳凰の輝く翼が何処迄も遥か彼方、飛んで行く。
 愛しい者達の居る場所へ還る……其の為に。
 其処にどんな事件が在っても、其の数だけ……皮肉にも黒影は人の心の良し悪しも知って行くに違いない。

 ――――――――――
「あっ、黒影!如何だった、創世神さん。ちゃんとお大事にって言った?」
 と、現場となった時藤 浩史の自宅の丁度裏手の暗がりをよく見ると白雪が見える。
「しーっ!今日はサダノブが居ないんだ。忘却の香炉で見られた人の記憶を消せない」
 そう、そわそわし乍らも辺りを見渡し黒影は翼を閉じた。
「……お大事にって……そう言えば、言い忘れたな」
 黒影は着陸すると、首の後ろを軽く掻き付け足す。
「やっぱり。何時も創世神さんの所へ行くと、肝心な事を伝え忘れるんだからぁ」
 と白雪は、ほらねと言わんばかりである。
「長い付き合いですからね。募る話もあるんです」
 少し不貞腐れて言うものの、黒影は白雪の小さな冷たい手を包み、時藤 浩史を訪ねようとインターホンを鳴らす。

 ずっと守り続けて来た人周り小さな白雪の手。

 君のいる此の世界を……
 今、僕の出来る限りで守れるのならば
 僕は……見えない永遠も
 これから幾度となく襲ってくるであろう冷たい「真実」も
 生きていける気がするんだ

黒影(本名 黒田 勲。くろだ いさお)


「あっ、はい。外が騒がしくて……。何かあったんですか?今、出ますから」
 と、音声だけで時藤 浩史が答える。
 慌てて飛び出して来た時藤 浩史は、寝ようとしていたのか寝衣姿だ。

 ◉重要参考人 時藤 浩史(ときとう ひろふみ)41歳
 職業 建築デザイナー
 備考 一年前に妻 美江(よしえ)死別。
    死因……落下死。

 ◉被害者 戸部 凛花(とべ りんか)21歳
 職業 都内S大学 学生
 備考 写真部に所属。重要参考人、時藤 浩史宅へは庭の写真を撮らせて貰う為に通っていた。
 学内での交友関係。数人の友人がいるが特に目立つ特記すべき事は無し。

 ……調査中……


「……落下?!奥様迄?」
 黒影は妙な偶然……を、偶然とは意地でも思わないタイプなので、接点として驚きはしたが調査報告書を打つ手は止めず、詳しく聞きたがる。



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(ストック分のお引越しは無事終了しましたが、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中。
この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。