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コバルトブルー・リフレクション📷第七章 月になる

第七章 月になる

「紫先輩……お別れも言わないで、良かったんですか?」
 葵が心配そうに顔を覗き込んで私に聞いた。
「……言わなくても、事件を解決したらまた会いたくなくても会うわ。」
 私はそう言って笑った。
「会いたくない?……推しなんでしょう?」
 と、葵は泣きそうな目で私を見る。
「……また……。私より先に泣かないでよ。泣く気が失せるじゃない。……それに、あんなの見せつけられたら、幾らなんでも逆上せも冷めるわ。」
 そう私は言ったが、夕食時には散々泣きまくりワインを飲んでいた。
「何よ、この敗北感!この私がよっ!……こんな逮捕し辛い事ある?こんな理不尽この世にもあの世にもあって言い訳ないわよ!……嗚呼!もう嫌っ!全員逮捕よっ!」
 と、酔いに任せて悪態の限りを叫ぶ。「紫先輩、今頃って。そんなに泣くなら強がりで誤魔化さなくても良かったでしょう?もう、ここ先輩の何時も住んでる高級マンションじゃないんだから、一般庶民らしく静かにしましょうね。」
 と、葵はティッシュボックスをはいと出して言う。
「……そうよ、こんな所帯じみたところにいるから、私までこんな敗北感とやらに、苛まれるのよ!帰るわっ!今直ぐ!……葵、とっとと出るわよ!」
 と、私はつまらない感情などに浸ってはいられないし、後輩に心配される虚しい女でもないと自分に言い聞かせて、何時までも彼がいたこの今は悲しいだけの部屋から早く出たくてそう言った。
「そんな急に言ったって、無理でしょう?もう夜も遅いし……。」
 と、葵は言う。
「無理?……誰に言っているの?」
 そう言って私は電話を掛ける。暫くして車の迎えが来たので私はワインを飲みながら、
「葵の嫌いなお迎え、来たわよ。……あっ、荷物後で適当にね。」
 と、私は家の運転手を呼び付け言った。
「紫お嬢様、其方の方は?」
 と、運転手が言う。
「ああ、家がお世話になっているお寺さんの息子よ。今、新人指導してるの。暫く家政婦ついでにいるだけ。」
 と、私は適当に答える。
「そうでしたか。いつもお世話になっております。……紫お嬢様、幾らなんでも当家がお世話になっているお寺様の御子息様に家政婦はいかがなものかと……。必要ならばこちらで用意させますが……。」
 と、運転手は言う。
「良いわよ、面倒だから。早く行って。」
 と、私は車を出させた。
「へぇ、本当に直ぐ来るんだ。……大変ですね、運転手さんも。」
 と、葵は気軽に声を掛けている。
「あの……後ろにいて頂けると……。」
 と、運転手は困惑しながらも苦笑いをした。
「来島(きじま)さんよ。来島 義彦(きじまよしひこ)。」
 と、葵は名前が知りたいからそんな身を乗り出すのだと気付いて私は言った。……全く……タクシーじゃないんだから。
「来島さんかぁ……。僕、葵です、宜しくお願いします!」
 と、葵は馬鹿みたいな敬礼をする。私は笑いながら、
「いちいち宜しくせんで宜しい。……それじゃあ、その辺の警備員じゃない。何習ってきたのよ……。警察はぁ……。」
 と、葵の敬礼の肘の高さと掌の角度を直してやる。葵はスッと直ぐに出来ずに不服そうな顔をした。
「……葵様……自然に、それが出来る頃には皆さん立派な刑事になられておりますよ。」
 と、来島は言って微笑む。
「紫先輩も初めは僕みたいでした?」
 と、葵は来島に聞いた。
「ええ、それはもう旦那様を迎える頃から可愛らしい敬礼でした。」
 と、来島は笑って答える。
「来島さんっ!……余計な事は答えないっ!」
 と、私はワインを飲み干して注意した。

「あれ?……荷物……。」
 葵が不思議そうに頭を傾げて部屋に入るなり言った。
「何よ、こっちの部屋の方が不満?」
 と、私は聞いた。
「いやいや……おかしいでしょ。さっき置いてきた荷物が何でもう運ばれているんですか?」
 と、葵はそれに驚いたようだ。
「来島、遠回りしていたのよ。先に荷物が届いてないと不便だから。気付かなかった?」
 と、私は笑ってソファーに座る。
「あんな部屋でも色々あったわね……。」
 私は今さっきの事をずっと昔に過ぎた事の様に言った。
「まだ……事件、終わってないですからね。……それにしても、急にキッチン広くて慣れない……。」
 そう言いながらも葵はキッチン用品の場所を確認したりしている。
「ねぇ……葵……。」
「……何ですかぁー?」
 やっと、料理を作り出そうとした葵に私は声を掛けた。
「……こんな日は……きっと月に飛び込みたくなるわね……。……何から逃げたくて……飛んだのかしら……。その先にあったものは救い?……。」
 広い窓から見える月を見上げ、私はぼんやり考えていた。
「……えっ?あの……月の話ですか?……事件?……それとも救い?」
 と、私が振り返ると葵は後ろにいて、何故か慌ててそう聞く。
「どうしたの?……まさか、包丁もって我儘上司を成敗しに来たんじゃないでしょうね?」
 と、私は笑った。葵は両手を見せて、
「そんな事しないし、思ってもいませんよ。」
 と、苦笑いをする。
「じゃあ何よ。」
 と、私は聞いたのだが、
「何でもありませーん。」
 と、またそそくさとキッチンへ戻ってしまった。
「……へんな子。」
 私は笑いながらフラフラと、あの彼が使わなくなったテーブルセットの椅子に腰掛け、手酌でワインを注いでは飲んだ。今日はもう……珈琲なんて飲む気にはなれないもの。

 食事を終えると、私はクローゼットの奥に押しやれた、忘れかけの毛糸があったのを思い出して、入れ物の籠ごと取り出した。
「あれ?意外ですね……編み物なんかするんですか?」
 と、葵は聞いてくる。
「そんな訳無いでしょう。刑事に編み物なんか必要だと思う?」
 と、私は真新しい毛糸玉をくるくると解いては指先3本に巻いて丸い毛糸玉に直して行く。
「その割には手順は慣れているじゃないですか?」
 と、食洗機から出した食器に残った水を拭きながら、葵は私の手先を見て言った。
「見よう見真似よ。母が編み物好きだったから。」
 と、私が言うと……葵の手が止まる。
「良いわよ、随分前だから……気にしないで。」
 と、私は言った。
「すみません……。」
 葵は気不味そうに謝る。
「アンタ、寺の息子でしょう?いちいち、檀家さんが来る度に謝るの?……刑事が何年経っても解決しても遺族に謝るの?……そんな事はしないわ。だから、謝らなくていいの。」
 と、私は気にされたくなくて言った。
「ねえ……申し訳ないと思うなら、少し手伝ってよ。ほら、手……貸して。」
 と、私は葵に手を出させて糸を回して行く。
「なんか、ほら……赤い糸で結ばれている感じしません?」
 と、葵は冗談なんだか笑って言っている。
「ばっかじゃない。何喜んでんのよ!さっさと、検証実験するんだから!」
 と、私は色気も素っ気も無い言葉で、話を逸らす。
「検証実験……毛糸玉で?」
 と、葵は少し馬鹿にして言っているのが私にも分かる。
「大体の放物線なんて私にもわかるし、今はAI予測でほぼ、ばっちり立体映像で確認出来るわよ。……私が見たいのはそんな物じゃないのよ。……見えていない物があるから自殺になってしまった。在ったものが無くなったのよ。だから、それをイメージして推測するの。どっちが当てるか勝負よ!間違えたら、一杯飲む……どう?」
 と、私は不謹慎だと思いながらも、葵を酔い潰してやろうと、そんな事を言ってみる。
 実は……私、まだ飲みで誰にも負けた事がないの。たまには酔ったフリでもして、しおらしい女を演じてみたいと思った事もあるけれど、ぜーんぜん。ほろ酔いにもなりゃしない。
「良いですよぉー。僕、強いですからね。」
 と葵が意気込んで言った。……ふんっ、どいつも最初はそう言うのよ。私は心の中でほくそ笑んだ。
「はい、毛糸玉が飛び降りた二人よ。いーい、私ならそう、三階の彼は彼女のように冷静に手紙で原稿の返却を求めた。しかし、五階の住人柳田 弘は返してくれない。だから、きっと頻繁にパソコンを借りていた柳田 弘の顔は三階の彼も覚えて、ふとしたすれ違いの挨拶かゴミ出しの時にでも、裁判沙汰にしたくはないから、素直に返して貰えないか話し掛けた。柳田はその時、原稿が既に最終選考に残っている事を知っていた。しかも、自分の筆名で。今更返すわけにいかなった柳田は「今、返しますから」なんて言って、三階の彼と五、階廊下側に行く。たったこれだけで、簡単に三階の彼は五階へ誘導された。包丁か何かで追いかけられて殺され掛かった時……同じ時に作れた、同じ作りの隣のマンションのバルコニー見える。2m80㎝先。飛ぶにはその先に安全な何かがなくては流石に勇気がいる距離。彼が見た物は……私が一つの仮説を立てるならば、かれは脳の病気を持っていた。付随して幾つかの病を弊発するのは日常茶飯だったのではないか……。ならば、彼は目眩や倒れた時にてんかん薬をしようした可能性は高い。そしてあれだけ、毎日集中して書くのなら頭痛があっても彼女に言う程ではないと思ってしまう。彼は落ちた日、不運にもある、ある病を弊発していたばかりだったのよ。遠くの物が近くに見えたり、距離感がつかめなくなったりなる。主な原因は、片頭痛(偏頭痛)、感染、てんかん。もっと詳しく言えば脳幹性前兆を伴う片頭痛、EBウイルス感染症、側頭葉てんかん。頭痛薬で治療可能。ルイスキャロルが頭痛持ちだった事からこの病名だけれど、彼ねー……ほら、亡くなる前、遠近両用のルーペを買っているのよ。物語を描くのに遠近両用は要らない。遺品リスト、葵も見て考えて良いわよ。後は病院でてんかん症状を確認出来れば完璧♪……彼は追われて見間違え近くにバルコニーがあると勘違いして飛んだのだわ。だから手摺に上り、態々近くに少しでも寄り、飛んだ。」
 と、私はある仮説を出した。しかし、今は未だ証明出来ない。通院していた病院にその可能性、つまり彼が偏頭痛やてんかん薬を飲んでいたか確認するまでは、この仮説は保留となる。私は壁に毛糸玉を投げる。
「……ほら、柳田 弘の時だって簡単よ。見て、綺麗な放物線……これを崩すものが、あったのよ。五階の部屋の調書……見てご覧なさい。」
 私はちゃんと調書を確認するように、言った。
「これは……たったこれだけの事で?!」
 葵は調書にあった現場写真を見た。
「それだけの事が、人を咄嗟の判断の時、誘導してしまうのよ。」
 と、私は経験上、咄嗟の時……人は著しく生命維持を優先する危機管理能力が働く為、視野がゆっくり見えたり、耳が聞こえなくなったりはするが、代わりに周囲の情報が著しく遮断される事を知っている。この判断力が鈍った時に、この行動は案外、何人か取るだろう。これはごく自然なもので、誰にでも起こりうる事である。
「植木鉢……だけで……。」
 葵はそう言って驚いている。
「そう、たったバルコニーの柵と同じ高さぐらいの植木鉢が、そこにあった。犯人はそれを知っていた。下からでも見る事は可能だわ。柳田 弘は自分で育てていたのだから、犯人に殺されそうになった時、命からがらでそれを踏み台にバルコニー側からその先のまた向かいあった、マンションのバルコニーに飛んだのよ。鉢に足を掛けて手摺に上がる……足元の限界状態で狭まった小さな視界にはその鉢植えが救いに見えた筈……。後は犯人が証拠を消すだけ。部屋にあった箒で鉢の中の土を均し、鉢植えを使って飛んだとバレないように……そう、自殺に見せる為に、その鉢植えもズラして、バルコニー全体の土を箒で均して、逃げた。どうかしら?」
 と、私は考えた結果出てきた答えを話してみた。
「じゃあ……やっぱり彼女さんが……。」
 と、葵は言った。
「ええ。そうね。柳田 弘に、大事な元原稿と彼の作品を返して欲しかった。柳田は大事な彼を死に追いやったとも言える。きっと……だからこそ、彼女の手元に、彼の二月公募以降の元原稿があるのに隠している。」
 私は毛糸玉をまたポーンと壁に投げてキャッチする。
「家宅捜査……ですかね。」
 葵が聞いた。
「出来れば、彼女さんに素直に出して貰いたいわ。」
 と、私は毛糸玉で遊びながら言う。
「……あの、可能性として、五階から四階に落ちるって風には考えなかったんですかね?滑り込めばギリギリ行けたかも知れない。」
 と、葵はそんな事を言う。
「あら……その手もあったわ。……でも踏み込んで下の階へ?だったら、手摺の上ではなく、横を蹴ったり、もっとギリギリの前で踏み切ると言うより、押す様に足に力を入れるじゃない?残っていた指紋とゲソ痕と違うわ。……さぁ、何も出ないなら、パワハラ上司の言う事を素直に聞いて、一杯付き合いなさい。」
 と、私は笑って、前に座った葵のグラスにワインをとくとくと注いだ。
「嫌だ……葵ってザルじゃない。」
 と、暫くして私はほろ酔いでぼやいた。
「弱いだなんて言ってませんよ。紫先輩も此処に到着前まで飲んでいたから、なかなか強いですけど。……それじゃあ、殆どの刑事でも潰れますね。」
 と、葵は笑った。
「……殆どじゃないわよ。まだ勝てた男はいません。だから、いっつも気が付いたら一人。愚痴を聞いてくれる相手もいないんだから。」
 と、私は言っていた。
「ねぇ、紫先輩?……今のは愚痴って言うんじゃないですか?」
 と、葵はにこにこ笑った。
「アンタ、本当に変わっているわね。人の愚痴を酔いもしないで聞いて楽しいの?」
 と、私が聞くと、蒼はこんな風に答えた。
「僕だけが聞けるから、嬉しいんですよ。」
 と、微笑んだ。
「……馬鹿ね。愚痴なんか……誰も聞いても楽しくないものよ。ほらっ!何時まで私に手酌させるつもり!」
「……はいはい、今……お代わり入れますよ。」

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。