見出し画像

「黒影紳士 ZERO 03:00」ー八重幕ー第三章 漆黒の影


第三章 漆黒の影

 創世神が此の世界を訪れてからのセナさんと二人の行動はこれで把握出来た。
 此の世界について、もう少し調べなくては解決の糸口は見付けられそうも無い。
「黒影さんっ!」
 そう思っていると、横に歩いていた筈のセナの姿が、一歩強く引いた様に思い、其の声に咄嗟に振り向いた。

「……朱雀炎翼臨!(すざくえんよくりん)」
 僕はセナさんの髪を引っ張ったり、肩に伸ばされた複数の黒い手を見て、即座に朱雀の翼を呼ぶ略経を唱えた。
 ただでさえ、鳳凰や朱雀の略経の力を借りれば、体力は消耗する。
 鳳凰と朱雀は同じ物で在るとも謂れるが、朱雀は巨大な翼で地に影すら落とすとされている。
 無論、大きく威力の強い朱雀の炎を操るには、朱雀の威力よりも何倍かのエネルギーを奪われる。
 此の世界では、鳥さえも翼にエネルギー供給システムが反映し、吸収されるのは承知の上。
 護りに強い鳳凰では出来ない、たった一つの事が在る。
 そもそも神獣とは、護る為に在り攻撃的では無い。
 鳳凰は平和と平等。朱雀は方角其の物を護っている。
 影を使う事も可能ではあるが、現時点では先住人のセナが此の世界が求める「正しい生物」であるのか、将又此の黒い得体の知れない生物こそが「新生の此の世界が求める生物」であるかは定かでは無い。
 何方かを消し、何方かを生かす……僕は、神では無い。
 単なる探偵だ。
 鳳凰と魂を偶然共にした、探偵である。
 僕は真に此の世界が求めるものを、しかと真実として此の目に収められたのならば、其れで構わないのだ。
 事件解決とは、常に勝敗が在る物だけとは限らない。
 そんなものは、刑事の風柳さんがやる仕事だ。
 そうもいかない面倒事こそ、民間探偵パワーの見せ所じゃあないか。
 間ってものはね……物事には必要なものさ。
 倒せないのならば……敵か味方も分からないのならば!
 第三の選択肢へ突っ込むだけだ。
「……セナさん!屈んでっ!」
 僕は真っ赤な炎渦巻く剣を手に、セナさんに叫んだ。
 セナさんは必死で片手を離さなかったので気付いたが、此の黒い影は腕だけでも相当な引っ張る力があると分かる。
 こんなのと一々戦っていたら……あの人が一日も保つ訳が無いんだ。
 書いてばかりで万年運動不足の不健康がねぇ。
 セナさんが屈んだ瞬間は、片手が下に引っ張られた瞬間で、見ずとも分かる。
「ぞろぞろ湧いてくりゃあ良いって物では無いよ!……邪魔だ、散れ!」
 黒影はそう言い放ち、セナの手を一度振り払うと、両手で朱雀剣を構えて後方へと其の腕を引き、
「破ーーーっ!!」
 と叫んで、大きく野球のバットを振る様に、炎の渦毎斜め上空へと漆黒の影共を打ち上げたではないか。
「ホ〜〜〜ムラ〜〜ン♪」
 そう満足そうに、影が吹き飛んで散って消えた姿を見届け、笑った。
「えっ、ええ?!」
 セナは何があったかも理解出来ず、引っ張られる感覚が無くなると、キョロキョロと辺りを見渡し、最後に黒影の顔を見上げる。
 下から見上げた黒影は、未だ影が飛ばされた先を凝視していた。
 其の翼は真っ赤に燃え上がり煌めく。
 翼にはあの……血管の様に見慣れた、青と赤の光が絶え間なく細い線となり、蠢いているのだ。
 其れでも、何かを探そうとする瞳だけは、そんな世界でルビーの様に輝き、遠くを見据えている。
「……行きましょうか」
 決して顔は合わせなかったが、またあの安心出来る手が優しく差し伸ばされていた。

 ……諦めない……此の世界を。
 ……もっと早く……此の手に出逢い、そう思えたら良かったのに……。

 ――――――
『在った!』
 創世神は抱いた二匹の狛犬を、そっと其の大地に降ろした。
『すまない……』
 そう一言だけ付け加え、愛しむかの様に。
 二匹は黒影同様に、創世神にも良く懐く。
 見慣れない地に好奇心の目を向け、創世神の思った通り……二匹で戯れ合い、遊び出してしまう。
 何の敵意も無い人間だと思って……安心してそうしている姿に、創世神は心を痛め、睫毛を下ろした。
 其の仕草に気付き……二匹は駆け寄り、創世神を見上げて座る。
『御免な……。此処は未だ安全な地では無い。此れから、安全な地にするんだよ。だから、サダノブに変わってくれないか……』
 二匹の頭を交互に撫で乍ら、創世神は言った。
 此の地の事を、未だサダノブには話していない。
 きっと……分かってくれるだろうと、信じる事しか出来ない。
 あの時……夢から覚める前に書かなければ……こんなに愛する者達を巻き込む事は無かっただろう。
 二匹は仲良く一度吠えると、くるんと空中で回り、打つかると同時に強い光を放ちサダノブに姿を戻した。
「……寒っ、天空!」
 と、戻って一発目にサダノブが言ったのは、相変わらずの寒がりの台詞だった。
「うおっ!?……何だ此れ?」
 ……馬鹿だからか、足元が光る事に気付き、何度も踏んで確かめ始めるではないか。
『ぁはは……サダノブは黒影と真逆で、警戒心の欠片も無いな。……余り余計に踏むな。生命力が早く吸われてしまうよ』
 僕は今日は牡丹の花のコサージュのボーラーハットを、何時もの癖で下に下げ様と、手を添えて笑った。
 何を隠すでも無かった……。
 だから、黒影はサダノブを選んだのだと思い出す。
「……うっそ!そう言う大事な事は、普通〜先に言っておきません?」
 サダノブは分かり易く硬直して、言う。
『先に言ったら如何だと言うんだ?……何も変わらない。黒影が瀕死になれば、サダノブは自然に呼ばれて此処へ辿り着いた。其れが早くなっただけであろう?』
 創世神の言葉にサダノブはムムッと押し黙るのだが……
「そうやって、先輩みたいに難しく言えば済むと思っているでしょう?詰まりは、先に此処に来た先輩はピンチなんですよね?せめて、策でも考えてから来るとか……在りましたよねぇ?」
 流石と言うか……黒影の忠犬だけはあって、黒影がピンチだと分かると創世神にまで吠えてくる。
 ……の、だが……
『だから、お前が必要なんだろう?』
 と、創世神は一々其れが如何したと言わんばかりに、目をきょとんとさせ、サダノブに言った。
「あー、其の目!そう言うところは先輩とそっくりなんですから!今、思いっきり馬鹿にしましたよね!分かるんですから」
 サダノブは見覚えの在る目にそう言った。
『さぁ〜てな……愛してはいるが、本気の馬鹿にするとは違うだろう?其れも馬鹿で分からんのか?』
 と、創世神は片足を投げ、腕組みをしてそう答える。
「えっとお〜……前半は馬鹿にしてなくて、後半は馬鹿にしている感じ?」
 サダノブは馬鹿重ねで、本気で頭が馬鹿になって来た様だ。
 此れは拙いと、創世神は趣旨貫徹にこう述べた。
『良いか、サダノブ。サダノブが此の世界で生存するのに必要なんだ。何でも良いから、さっさと床に氷を張らんか!』
 痺れを切らした創世神はそんな言い方をしたが、黒影に何時もコキ使われている、可哀想〜なサダノブには普通に聞こえるらしく、
「ああ、そっか。地面の上にバリア的な……」
 と、氷を放つ姿勢になり、拳を振り上げた。
『そうそう……そう言う事だ。因みに此の世界の大気圏にも其れは及ぶ。元はそう言った機械構造の世界でしかない。出来る限り……ぶっ壊して進むぞ!』
 創世神はそう言うと、ニヤリと唇の片方の口角だけ上げ、声も無く笑った。
「其れって……吸われ無くても、俺だけ体力を消耗するって事っすよねぇ?無いわ〜無いんですけどぉ〜。2025年、ペットを大事にしましょう、強化月間……勝手に開催中!うぉおおりゃぁああーーーー!!」
 サダノブが勢い良く、此れでもかと言う程真っ直ぐに、ボウリングの球を投げ込む様な見事な手のスライドで、氷の道を築き上げた。
 其の氷の道の両端はシステムがショートしたのか、小さな雷の様に時折バチン!と音を立てては火花を散らす。
『行くぞ、ポチ!』
 創世神はそう言って笑うと、走り出す。
「嗚呼!其れ、先輩の台詞〜〜!」
 サダノブはそう言いつつも、黒影に何時も付いて行く様に、足早な創世神の姿を追った。

 何時も誰かを追っている。
 突然、其の追っている者が何者か分からなくなったら、きっと不安になったんだと思う。
 其れでも俺は……其の不確かな者を追いたくなってしまう。
 唯一分かるのは……其の追い掛けている者の先には、知らない世界が待っていると言う事だけだ。
 同じ好奇心を持つのに……前も後ろも関係無い。
 俺は何時も……そう思って、気が付けば無我夢中になっているんだ。

 ――――
「そろそろ……行きましょうか」
 黒影は大きな傘の様な廃墟を包む屋根の下にある、幹の様な中央部を見上げ立ち止まった。
 身体中が重く感じ始めている……。
 一歩進む事ですら、躊躇したくもなる。
 然し、此の世界で引き戻ると言う選択肢は既に無い。

 丁度良い……そう思った。
 引き返す事も、たった一歩退がる事さえ安易では無い世界だからこそ、僕は真実と言う光だけに、惑う事無く突き進む事が出来る。
 僕には……既に分かっている事がある。
 僕は尽きるかも知れないが、寸前にサダノブが飛ばされて来るのが分かっているのだから、其れ迄に此の世界の理を、あの人に伝えて貰えば良い。
 僕一人の人間からしたら、こんな冷め切った世界でも、世界は偉大だ。
 例えただのメッセンジャーで終わっても、僕は大きな世界の一部に成る此の世界で、真実を此の目に出来るだけで本望だ。
 最後の……大事な余力さえあれば、辿り着ける!
 最短ルートで駆け抜けるしか無い!

「……えっ、何処へ?」
 急にセナの手を引いたまま、黒影は走り出す。
「……真実を見に行くんですよ!」
 走り乍ら、黒影は確かにそう言った。
 生命力をかなり消耗したのか、肩で息をしているのが分かる。
 一体……何が真実だと言うのだろうか……。
 黒い影に一々捕まっていては、確かに体力は早く奪われるが、走っても同じ事。
 何故、忘れられた筈の……今は誰も必要ともしない、中央都市を目指しているのかさえも、セナには理解し難かった。
 此の黒影と言う男とも、明日には別れが来る。
 信じて此の手を引かれてやる覚えも無いのに、何故か振り解こうとしても、望んではいないからか、吹き切る事等出来なかった。
 一日ぐらい……そう、たった一瞬の出逢いと別れならば、信じてみても良いのかも知れない。
 流れ行く、久々に見る懐かしい街並み……。
 何故か一つ一つに思い出が在った様に思える程、どれも懐かしい……。
 何処かに未だ同じ世界の人はいないのかと、黒影に手を引かれ乍ら探した。
 辺りを見渡し、時々前を向く。
 黒影が私の代わりに前を向いて走っているので、余所見をしても気にはならなかった。

 ……誰も……いない……。

 中央都市部が近く頃、私は一人も此の世界の者に会えなかった事に、孤独を感じていた。
 ずっと……慣れて来た筈のに……。
 今頃……感じるなんて……。

「セナさん……。此の世界で吸収された生命力を束ねているのが、此の中央都市部だ。未だ……何か思い出せませんか?」

 中央都市部へ辿り着いた私は、後退りした。
 知らない……こんな……景色……。

 広がる景色は辺り一面を覆い尽くす黒。
 床がまるで蠢く黒い影の人々の様に波打ち、吐き気すら感じた。
 黒影が言う「ゴースト」が犇き合い、薄いが強い白濁した膜の様な床を押し上げ様としている。
「ひいっ……」
 私は恐怖に短い悲鳴を上げ、黒影の腕に獅み付いた。
 黒影は其れでも、背中を軽く優しく押し、真横に来る様に引き戻すと、こう言った。
「此処から……動けるだけの生命力を奪った者だけが、ゴーストの中でも、セナさんや同胞達を死に追いやった。此れ程の数が……本当に外界から来て、此の世界で亡くなった方だけに見えますか?」
 黒影は、片手を広げ聞いて来た。
「でも……そう聞いたわ……」
 私は黒影の質問に、戸惑っていた。
「其の話してくれた人物像について、もっと詳しくお伺いできませんか。僕には……もう、分かっているのですがねぇ。見て下さい……確かに、セナさんが僕に話した様に、此の影の人々は明らかに僕では無く、セナさんに手を伸ばしている。先程の腕から先だけ生命力を受けた者も然り。此の時点で、ある一つの仮説……では無い。単純な事実としてお話しましょう。僕は此の世界で、はっきり言わせて貰えば、セナさんに関わらずに、ずっと一歩も動かない……若しくは、ある程度生命力を奪われる前に、此の世界の大気圏を飛び突破する事で、生存可能だった訳です。
 ……最初……僕に此の世界のシステムを話さずに、助けだけを求めて来た。……本当は……何の助けが必要だ、っ、た、のですか?」
 黒影はあえて「だった」と言う過去形の言葉を強調して言った。
 巻き込んだ私に、迷惑だと言いたいのだろうか……。
 そう思うのに、怒りの様な表情は一切見せず、帽子の影を覗き込んでも、至って平然とした……すましたポーカーフェイスのままだ。

 ……そうだ。本当に其の通りよ……。
 私がずっと隠れて、外界の人に気付いても助けを求めなければ、何人も無駄に消える事等無かった……。
 私は……一体、何を諦めたのだろう。
 目の前に本当の救いが見えているのに、私は……私の事が分からない。
「そもそも、外見的には多少の違いはあるが、何故……セナさんは、カラフルに見える僕を外界の人だと判断したのですか?生き残りの同類では無く。走って救いを求めて来た時、僕が此の世界の大地を踏むのを見ていた素振りは有りませんでしたが……。僕……難しい事を聞いていますか?」
 と、黒影は不思議そうに言った。
 そうだ。先ずは……私に話し掛けた、同類の此の世界の人の事から答えなきゃ……。
「……一つずつ……」
 其処迄言って、私は止まった。
 身体が止まった訳では無い。軽い眩暈の様な感覚がして、くっきりと思い出せない。
 其のくっきりと思い出せない同類の姿は、随分前で記憶が曖昧になってきているのか、何だか……薄暗くぼやけて……特徴が見えて来ない。
「特徴……と、言っても……。同じぐらいの背丈に体格だから……声も、そんなに老けてはいなかったし、同じ歳ぐらいと思ったんです。……特徴が薄い人なのかしら?……何故かぼやけて、良く思い出せません」
 と、私は其の儘に答えた。
 眩暈は、思い出そうとすればする程、酷くなる様な気がして、其れ以上は思い出せない。
「其の後、確か行動を別にしたのですから、ゴーストの襲撃があったり、其の人が目の前で亡くなられたら、ショックで其れ以上思い出せないのも無理は有りません。答えられる範囲が其処迄であるならば、僕は此れ以上詮索はしない。外界からの人間だとする判断基準の方は如何ですか?此れならば簡単な筈だ」
 と、黒影は気にせず、簡単な方へと質問を切り替えてくれた。
 そうね……其のくらいなら……其のくらいの事じゃない……。
「…………えっ」
 私は眩暈を抑える様に、顳顬に手を軽く当て考え込んでしまう。
 ……そうよ。此の「黒影」と言う男を、何故私は外界人だと判断し、頼ったの?黒影だけじゃないわ。名前も知らない色んな……今迄の数え切れない犠牲は……何?
 眩暈に悪寒の様な恐怖が重なって行く。
「……黒影さん……私……」
 見えない記憶に、とうとう身体が言う事を効かなくなって来た。

 セナはふわりとふらつき、黒影に倒れこんだ。
 黒影は慌てて何処にも打つからない様に、コートでバサリと包んだのだが、其の儘……黒影迄、床に落ちて行く。
 音も無く、消える事も無い。
 黒影はぼんやりと此の中央都市部を包む、大きな傘の屋根を見上げた。
 ……もう、動けない……。

 出来る事は……最後の砦を創る事のみ!
「十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)解陣!……全鳳凰陣炎柱(ぜんほうおうじんえんちゅう)……解放!」
 と、二つの略経をこんな時に唱えたのだ。
 其れが如何に残り僅かな体力でさえも奪って行くのかは分かっていた。
 其れでも……必要だったのだ。
 展開した鳳凰の護りの陣の、中央の鳳凰図……そして広がる内枠、外枠へと十方位一斉に炎が勢い良く立ち上る。
 真っ赤に燃える炎の円柱は、あの傘の屋根迄届きそうな勢いだ。
 中央の鳳凰図の上にいる、セナと黒影は燃える事は無い。
「セナさん……貴方は……亡くなっている…………」
 黒影は息をするのもやっとで、其の言葉を最後に、静かに長い睫毛を下ろし瞼を閉じた。
 鳳凰の翼から黒影の状態が深刻である事を告げる様に、羽根がはらはらと落ちては、周りの円陣から噴き上げる上昇気流に乗り、赤と金にキラキラと輝いて、上へ上へと流れて行く。

 ……此れで……良かったんだ。
 ……此れで。
 思い出せる筈なんか無いんだよ、セナさん。
 僕は創世神が居たとされる場所の、防犯用の針金の入った曇り硝子を見た時から気付いていた。
 劣化ならば、周りからヒビが入る。
 だが、不自然に真ん中に何かが衝突した跡が見えた。
 其れを追うと、其の周り付近の壁にも同様、何かが擦れた跡が在った。
 そして……下の壁から床に滑り落ちた何かの跡……直ぐに何度も叩き付けられた、人間の背中ぐらいだと気付いた。
 壁にも跡が残る程の強い力でだ。
 其の背中は……丁度、セナさんの体格程。
 創世神が消えたと知っていたセナさんは、創世神に助けを求めようと、何度か訪れた筈。
 もう、助ける事が出来ない……そう思った創世神は、最後の力で此の世界で……助けられなかったセナさんへの悲痛な叫びを、僕に託した。
 僕の役割は……此の世界の解明と、セナさんを助ける事だと気付いたんだ。
 ところが、やはり創世神が消えた直後……セナさんはゴーストからの攻撃を受け、何度も何度も……身体を壁や硝子に叩き付けられ……亡くなった。既にコンテニューは切れていたんだ。
 だが、其れにセナさん自身が気付いていなかったんだよ。
 逃げる事等無かったんだ。
 昨日の敵は……今日の味方……。
 ゴースト達が、攻撃で吹き飛ばしたりするのでは無く、引っ張ろうとしていたのは……

 ……同類よ……こっちへおいで……と、でも言いたかったのだろう。

 此の世界に生きている生存者……ZERO。

 未だ色が残っており、ゴーストの黒い影に成り切れていない者は、セナ……たった一人。
 最後の力で鳳凰陣を展開させ、何者も寄せ付けられなくした。僕の仲間と認識する者のみが出入り出来る。
 此れで……息絶えても、セナさんを助けたかった、創世神の気持ちを確かに受け取った事だけは伝わるだろう。

 セナだけがゴーストと同じ姿にならない理由は…………

 ――――――――
『サダノブ、彼方だ!あの木みたいな屋根の中枢部を見ろ!』
 突然、創世神がサダノブに叫ぶ様に言った。
 創世神が指差す先を、サダノブはバッと見る。
「あれはっ!」
 見覚えのある真っ赤な光に、金の火の粉にも似た羽根が揺らめく火柱が在った。
「先輩っ!」
 サダノブは其れが直ぐに、黒影の物だと気付き、氷の道を其方へ向けて真っ直ぐに投げる。
 障害物が有ろうともバリバリを音を立て、氷で容赦なく破壊して行くではないか。
『黒影の事……否、鳳凰の事となると、無茶苦茶だなぁ。鳳凰付きの狛犬ってのは』
 そう呆れつつも、創世神はサダノブの作った道を二人で駆け抜ける。

 ――――――八重幕合流

 観察力と洞察力……
 探偵、黒影にとって必要な物とは、
 多角的に物事を見る事である。
 一方向からでは見えなかった細い道も
 自らが動き、違う方向から見れば
 其れが真実へ繋がる道かも知れない。
 道は必ずしも一つとは限らない。
 複雑な物が人間関係であり、事件でもある。

 必ずしも、犯人がいたり、敵、味方が在る事だけが事件だとは限らない。
 我々が今回目指す物は、「世界構築」と言う解決法……ただ一本と此の時点で成ったのだ。

 ――――――
 創世神とサダノブは飛び込む様に、黒影が展開した鳳凰陣の炎の柱へと入って行く。

『黒影!……黒影っ!』
 創世神は倒れた黒影を呼び、心臓を見て、腕を取り脈を計る。
『サダノブは其方の子を……』
 そう言う頃には、サダノブは既にセナの意識確認に入っていた。
『何とか息はしている』
 創世神が、黒影の腕をそっと下ろし、俯いて言う。
「こっちは……」
 サダノブが珍しく言葉を濁すので、創世神はサダノブを見る。
 サダノブは首を横にゆっくり振った。
『……良いんだ。僕が彼女を殺してしまった様な物だ。力尽きそうだった僕は、彼女の助けに応えてやる事が出来なかった。屋内から、外で酷い攻撃音がしたにも関わらず、殆ど動く事すら出来なかった。けれど……黒影が知っている。彼女と此処迄移動して来たならば、心臓が止まっても彼女が動けた訳を……。サダノブ、此処の床にも氷を貼ってくれないか。彼女の方は僕が担いだ方が気が楽だろう?』
 創世神はそう言う。
「確かに其れは有難いですけど……。こんなに弱っている時に、氷の上に寝かせるなんて、体温が下がってしまう。本当にやばいですよっ」
 と、サダノブは黒影の息が何時止まってしまうのではないかと、気が気ではない様だ。
『何を馬鹿な事を言っているんだ。世界を愛する此の僕が、世界に住まう黒影をみすみす死なせる訳が無いだろう?信じろ……黒影も、僕を信じて彼女を此処へ連れて来てくれたんだ。僕が出来なかった未練を、果たす為にね』
 創世神はそう言って、視線を少し落とした。
 黒影が自分の事を想い、やってくれた事だ。其れが分かっていても、心苦しかったのは確かであろう。
「分かりましたよ。信じますからね!」
 サダノブは打切棒にそう答えると、セナを担ぎ上げ、もう片方の手で鳳凰陣中央の鳳凰図に触れ、氷を床に這わせ広げて行く。
 床だけなので、上は相変わらず火柱が上がっている。
 創世神はコートと脱ぐと、バサリと鳳凰図の上に広げた。
「寒くないんですか?」
 サダノブは驚いて聞いた。上空何メートルであろうか……。
 真冬の天空の風は強く冷たい。
『ん?寒けりゃ鳳凰陣の火が吹き出している方に移動すれば良いだけだ。其れよりも今は人命救助が先だ』
 と、創世神は言うのだ。
 サダノブは創世神の「人命救助が先だ」と言った言葉があまりにも自然だったので、キョトンとした。
 まるで黒影の様だと。
 実のところ、此の言葉は創世神の口癖である。
 どんな時も、どんな人にでも、命在ってこその「世界」。
「世界」在ってこその人だと考えられがちだが、ならば逆も然りと言う事だ。
 此の世界の様に、人を選ぶ世界も在るが、
 世界を少しずつ変え、形成して行くのも人である

 創世神はサダノブの背から、助けに来てくれた黒影を労う様に、大切そうに広がったケープコートの上に移動させ乗せた。
『聞こえるか、黒影?来たぞ……。もう安心して良い。サダノブもいる……。鳳凰陣はもう大丈夫だ。意識が在るのならば、封陣だけしなさい。此れ以上、体力を使うな。……生きてこそ、真実は見えた時、輝きを増す……』
 そう創世神は黒影の耳元で、ゆっくりと一つ一つの言葉を意識が途切れてしまわぬ様に言い聞かせる。
「……ふっ……封……陣」
 黒影は目は開けない物の、やはり耳は最後迄聞こえるとだけあって、途切れ乍らも封陣させた。

「……あの……ところであのキモいの何ですか?」
 此の儘回復を待つ間に、サダノブは炎が収まり視界が開け見えて来た、地中に蠢く黒い大量の人影を不気味がり、そんな風に聞いた。
『あれが……此の世界の人々だ。まるで閉じ込められた様に一度は亡くなり、留まっているらしい。僕はてっきり、其処の女が普通だと思い込んでいた。黒影が此処に連れて来てくれた意味は、此れを知らせる為だ。変なのは黒影や僕が助け様とした、其の女の方だ。生命力の供給もまともに受けずに生きていた。つい、昨日迄は。亡くなってもなお、他の此の世界の人々とは違い、影の様な姿に成り、生命力の供給を受けていない。だから、其の女だけ他世界の人間を誘拐し、エネルギーを僅かずつでも受けなければ、生きていられなかった筈だ。……全ては……此の女が仕組んだ事……。そう僕は解釈したが……。なぁ、黒影……お前は、そう言えば狸寝入りも得意だったな』
 と、創世神は最後に黒影を見て言ったのだ。
「あーあ、バレちゃいました?幾分か良くなったんですがね、未だ疲れが残っていたので、此の儘狸寝入りをしていたかったのですよ」
 黒影は腹に置いていたシルクハットをスッと手に取り、上半身を上げ帽子は頭に被せた。
『……其方の特別なレディの話しだよ。もう解っているんだろう?』
 創世神はニヒルな笑みを浮かべ聞く。
「そう言う貴方だって、解っているじゃあないですか」
 と、黒影迄ニヒルな笑いで含み笑うではないか。

 ……何だ、此の二人!不気味な笑い迄そっくり!
 サダノブは、流石にドン引きしつつも……
「また俺だけ何も知らないんですかー?」
 と、知りたくて仕方無いので、何時も通りに聞いた。

(黒影)「では……答え合わせと行きましょうか」
(創世神)『其れもそうだな。せーのっ!』

(黒影)「此の世界の創世神」
(創世神)『創造者だ』

「うっそ……」
 サダノブは二人の答えを聞き驚く。
 まさか、創造者が亡くなってしまうなんて。
 まるで世界だけが、本当に浮遊しているみたいだ。
「嘘では無い。だから、助けは必要か?と、聞いてみたのだが、残念な事に記憶が無い。聴き出そうとして思い出させ様とした途端、ふらついて意識を失ってしまったんだよ」
 と、黒影はセナが倒れる迄に至った経緯を話す。

 創世神……記憶喪失。
 生体としては死亡。
 失敗作の世界の人々を大量に、地中に一先ずは閉じ込めたものの……其の恨みで狙われ続けて今に至る。

 何とも如何し様も無い、創世神もいたものだ。
 愛情表現破綻でも、黒影は未だよく知る創世神の方が幾分かマシに思えてきたではないか。
「……創世神って……変な人ばかりだな……」
 と、小声で思わず呟いたなんて事は……読者様も、サダノブも聞かなかった事にしておこう。

ーーー🔶続き第四章は次回更新🆙をお待ち下さい。

次回は読み進みの様子を見て変更となります。
次回、ラストまで、4.5章纏めて更新となります。
今回は、時間の兼ね合いもありましたが、SFの世界観を壊さない様、挿絵は御座いません。
読者様が想像したSF世界でお楽しみ頂ければと思っております。
更新を追加しましたら、此方にリンクを貼りますので、どうぞお楽しみに♪

また続きで会える日を楽しみにしております🎩🌹

この度もご高読頂き、誠に有難う御座います^ ^
著者が元気になるので、感想コメントやスキ🖤を押して応援して下さると、嬉しいです♪

🔶第一章(頁下に目次ありに戻る)🔽

いいなと思ったら応援しよう!

泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。