「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うのに〜 🎩第一章 嫌だって云うのに
――第一章 嫌だって云うのに――
何時もの平和な風柳邸、兼夢探偵事務所を繋ぐ作戦会議室こと普段リビングでは、珍しく会話の無い静かな昼食を迎えている。
此の静寂を切ったのは珈琲を飲み、カップを置いた黒影だった。
「絶対に嫌ですからねっ!僕は認めてませんからっ!」
と、怒りにテーブルに乗せた拳が小刻みに揺れている。
「……然しなぁ。もう、先方には話を付けてあるんだよ」
と、風柳が困った顔で言う。
「嫌なものは、嫌なんですっ!」
此の会話……実は三日前から平行線を辿っている。
「お前の為にもなるんだ。ほら、行く時間だぞ」
と、風柳は時計を見上げる。
一聞するに、仕事の話にも聞こえるが実はそうでは無い。白雪とサダノブはクスクス笑っている。
「行きません!」
とうとう黒影が本気で風柳相手に怒って睨んだ。
風柳はやばいと思って最終手段に出る。
「サダノブ、こうなったら力付くで行くぞ!黒影のコートと帽子持って来てくれ!」
そう言うなり、怒る黒影を椅子からお姫様抱っこで抱え上げ、肩に担ぐと車まで全速力で走る。
「ちょっ……巫山戯んな、糞風柳ーっ!」
と、黒影はあの怪力風柳相手にも、見境無く暴言を吐いて担がれた儘暴れ、殴るは蹴るはの抵抗をしている。……が、風柳にはやはり効かないので、風柳は其の儘黒影を車の後部座席に放り投げ、サダノブに声を掛ける。
「今のうちだっ!出発するまで抑えておいてくれ!」
と、頼むと、運転席に慌てて入る。サダノブは、
「先輩、すみません!」
と、言い乍らも暴れる黒影を押さえ付けた。
「サダノブ……お前、後で絶対に後悔させてやるからなっ!行かないと言ってるだろうがっ!」
と、言うなり、運転席のヘッドに蹴りを入れる始末だ。
そんな慌ただしい三人が出て行くのを見送った白雪は、
「……まるで、誘拐事件ね」
と、楽しそうに笑い乍ら、手を振って風柳邸に戻って行った。
――――――――――
「先輩、何がそんなに嫌なんですか?」
やっと諦めて落ち着いて来た黒影に、サダノブは呆れ乍ら聞いた。
「汗を掻くし、無駄な労力だから」
と、黒影は答えた。
「えっ?そんな理由なんですか」
と、サダノブは衝撃を受ける。
「いいか、体力と言う物はいざ必要な時の為にあれば其れで良いんだ。なのに、無駄な時間を裂いてまで必要以上に余力を持つ事に価値を見出せないな。無駄に汗臭くなって、無駄に筋力を付けるなんて唯のエゴイストの押し売りだよ」
と、散々な屁理屈を言い始める。
「……そう言うお前は、何時もいざと言う時にすら体力が足りていない様に見えるが?」
と、風柳は黒影に言った。
「風柳さんがいるから必要ないんです!其れに助けてくれなんて今迄一度だって言った覚えもありません!」
と、不機嫌そうに黒影は答える。風柳は笑い乍ら、
「確かに一度だって無いな。然し、何時でもほいほい間に合うとは限らんからな。折角のスポーツの秋ぐらい、良いじゃ無いか」
と、言った。
「僕は月見で一杯で十分ですよ」
と、黒影は言うと窓の外の景色を眺めた。
……たかが、スポーツジムに行くだけなのに……サダノブは、黒影の大暴れを抑えるだけで、ぐったりした。
――――――――
風柳が昔、世話になったと言うジムでは今、秋のスポーツキャンペーンをしているらしい。折角なのでと、其のキャンペーン中は知り合いだからと無料会員チケットを風柳は2枚貰って、頭に浮かんだのがサダノブと相変わらずひょろ長い黒影だったそうだ。
黒影とサダノブはビルの三階にあるスポーツジムを見上げた。
「結構、人気ありそうじゃないですか?」
と、サダノブはちらほら運動している人を見掛けて言った。
「キャンペーン中だからだろう」
と、黒影は相変わらず無表情だ。
ジムに入って会員チケットを見せると、基礎体力や測定があるからと、トレーニングウェアとシューズを選ぶよう、併設されたスポーツ用品店に案内される。
「なんだ、結局買わされるオチ?」
と、サダノブは言ったが黒影は、
「確かにそうだが、案外良心的らしいぞ」
と、会員チケットにトレーニングウェア、シューズ一式キャンペーン中は半額の文字を見せた。
「あっ、本当だ。なんかめっちゃ得した気分……俄然、やる気出てきたー!」
と、サダノブは腕捲りしてウェア売り場に走って言った。
……ポチは単純で羨ましい限りだ……
と、思い乍ら黒影も渋々探しに行く。勿論、黒影は黒にしか興味が無い。サダノブは明るい色を探している様だ。
――――――――――
「えっ……嘘でしょう?」
更衣室を出て、黒影の待っている姿を見付けたサダノブがそう言うなり固まった。
「何だ、似合わないと言いたいんだろう?笑いたきゃ笑え……行ってさっさと終わらせるぞ」
と、黒影は眉間に皺を寄せて言う。
「……否否否否、ちょっと待って下さいよ」
と、黒影の腕をサダノブは引っ張る。
「何だよ、腕はやらんと言っただろうがっ!」
と、黒影は全く自分の事が分かっていない様で、苛立ってばかりいる。
「えっ?何で似合うの?……其れでサッカーしてたら絶対キャーとか、黄色い悲鳴が聞こえて来るやつですよね?学生の時に言われませんでした?」
と、サダノブが聞くと、
「文化部にしか入った覚えは無い」
と、黒影は答える。
……宝の持ち腐れー!青春の無駄遣いー!……
と、サダノブはショックに頭を抱えた。
戻ると先程案内してくれた人が、
「あら、見違えました。……準備も出来たみたいですし、軽いカウンセリングもあるので計測と一緒に済ましてしまいましょうか」
と、じっと黒影を見詰め、やたら髪を耳に掛けて照れ臭そうに言う。
「先輩……色々事件が起きそうな気しかしない」
と、サダノブは案内した女性の後ろを見乍ら言った。
「は?何だ、其れは?」
黒影はそう聞いたがサダノブは、
「べっつにぃー」
と、詰まらなそうにするだけだった。
――――――――――――
「筋力は平均よりは少しあるんですね」
カウンセリングでデータを観て聞いている。
「ああ……見た目で言われるよりかはあると思いますよ」
と、ひょろ長く見えた黒影は風柳の隣にいるから余計にか細く見えるだけで、確かに痩せ気味だがサダノブを引き上げる程の筋力はある。
「どのくらいが理想ですか?」
と、ある程度誇張された色んなモデルの簡単な図柄を出されたが黒影は、
「今のままじゃないと困る。ゴリゴリだけは嫌だな。落ちてきている箇所だけ戻せれば其れで良い」
と、何れも指定せずにそう言った。
……あっ、そうだ。あのコートのサイズが変わると大変だったんだ。と、サダノブは監視カメラ無効化装置内蔵のコートの事を思い出した。
「で、ではどのくらいの期間を目標にしましょうか」
と、あまり目標の無い黒影に苦笑し乍らもカウンセラーは聞いた。
「一週間。其れ以上は必要無い」
と、黒影は何を思ってか断言する。
「えっ?えーと、最初は負荷を掛け過ぎずにゆっくり慣らしてから焦らず徐々に付けた方が良いので、最低でも三週間と考えた方が良いと思いますよ」
と、カウンセラーはアドバイスするのだが、
「否、一週間で良い。其れ以上は時間が取れないので」
と、黒影は言った。
「そうですか……お時間が無いなら仕方ありませんね。一週間でも出来る事はあります。もし気に入って頂ければまたお時間の空いた時にいらして下さい」
と、カウンセラーは言う。
「ええ、勿論。其の時は是非」
そう黒影は言うと、此処ぞとばかりの営業スマイルで返す。
……予定空いてるのに……
サダノブは時々此の営業スマイルが恐ろしいとさえ思う。
サダノブは二の腕やら腹筋やらを気にして、黒影の次にカウンセラーの頭を悩ませている様だ。
黒影はぼーっと無心になって指立てをしている。
軽くストレッチが、汗が落ちても気にならない程無心でやっている。二の腕を強化するマシンを使っては、また無心でビルからの夜景を見乍らぼーっとしている。
……そう、サダノブには流石に分かるのだ。黒影が興味ゼロなだけで、ストイックにやっていると見せかけて、実はぼーっと脳を休ませているだけって事が!
なのに、遠目で見ればストイックで格好良く見えるのが羨まし過ぎる……汗が、眩し過ぎるっ!サダノブは落胆して黒影に、
「先輩……女子が皆んな見てますよ」
と、話しかけた。
「ん?……ああ、ぼーっとしていた。場違いだから目立つんだろうな」
そう言ってる間も腕を止めない。
「一週間って本気ですか?」
と、サダノブが聞くと、
「当然だ。そもそも運動をしているところを見られるのが嫌なんだ」
と、黒影は答えた。サダノブが其の言葉の意味を知るのは此処を出た後となる。
――――――――
ジムから帰り夕飯を済ますと、黒影は一人で散歩に行くと出掛けて言った。何故か、トレーニングウェアで。
その後白雪が、
「サダノブ、黒影の散歩……気になるでしょう?」
と、悪戯っ子の様に聞いてきた。
「そりゃあ……まあ」
と、サダノブは答える。
「ちゃんと睡眠は取る様に伝えておいてくれないか」
と、風柳はリビングから自室に向かう途中、二人に言った。
「はーい!」
と、白雪は手を上げて、浮き足立って玄関を出る。
白雪は自転車を指差して、
「サダノブ、運転手ね。私が案内役」
と、にっこり笑って言う。
「えっ、自転車なんか久しぶりですよ」
と、サダノブが言ったが、
「自転車ぐらいが丁度良いの」
と、白雪は無邪気に笑った。
「んー……此の辺だと思ったんだけどなぁ。次行こう、次ーっ!」
近所の道を白雪は案内し、サダノブは言われるままに廻ってみる。
「あーっ!黒影、みっけー!」
白雪が小さな神社の階段を指差した。サダノブは自転車を止めて降りると、黒影の近くに白雪と行く。
「一週間って……本気だったんですね」
階段をウサギ跳びしていた黒影にサダノブは声を掛けた。
「何だ、笑いに来たのか?」
と、黒影はちらりとサダノブと白雪を見ると、また階段の上を見て上がり始める。
「違うもん、応援しに来たんだもん」
白雪が頬を膨らませて言った。
「気が散る」
黒影はそう言ったが、白雪は如何せそう言うだろうと気にはしなかった。
「うさぎさんは、後何匹跳ねるの?」
白雪は黒影の少し前の階段に上がり聞いた。
「280匹」
と、黒影は答える。
「じゃあ、サダノブと何か水分買ってくるね」
白雪はそう伝えて、近くのコンビニに行く事にした。
「何時の間にあんな運動していたんだか……」
サダノブは不思議になって聞いた。
「早朝か夜よ。風柳さんだって、気付いていたから手を出してやりたくなっただけよ、きっと。結構怪我が多かったから……このところ体力が落ちると気にしていたみたい。でも、自分のやり方があるんじゃないかな、多分。何時も同じコースの何時もの繰り返し、慣れたら回数を増やすだけ……そうやってキープしてきたみたい」
と、白雪は話した。
「ああ、だからあんなにジムは嫌がるんですか……」
サダノブは異常なまでのジム嫌いは分からないものの、少しだけ納得出来た気がする。
「黒影って……ああ見えて瞬発力とジャンプ力はあるのよ。だからあんまり筋肉付けて重くなるのが嫌なんですって。其れは風柳さんだけで十分だって、人任せなんだから」
白雪はそう言って小さく笑った。
「……そうだ、確かに俺の村の崖が崩れた時、異常に素早かった気がする。……先輩に瞬発力が無かったら、俺とっくに何処かに落ちて生きてませんよ」
サダノブはそう言って苦笑いすると頭を掻いた。
「俺も見習わないとなっ」
そう言って、神社に戻るとサダノブも黒影と一緒にウサギ跳びを始める。
「二匹のウサギがぺったん ぺったん
餅つき 尻つきぺったん ぺったん」
白雪はそう言って楽しそうに月を見上げ未だか未だかと、止めたままの自転車に乗り足をパタパタ揺らして待っていた。
――――――――
「よしっ、走って帰るぞ!」
と、終わるなり数回屈伸をして膝を慣らすと、黒影は走り出す。
「え?!休まないんですかぁー?」
と、ヘトヘトのサダノブは息を切らし黒影を追う。
「……白雪、水分くれ」
黒影は手を伸ばし、自転車の白雪が絶妙なタイミングで飲み物を渡した。 白雪は、
「サダノブにも上げるー」
と、スピードを落として後方のサダノブにも渡した。
「あれの何処が体力落ちたんですか……」
サダノブは息も絶え絶えに言った。
「んー……未だ未だよ」
白雪は少し黒影を見て答える。何の事かと、サダノブが思っていると、黒影の走るスピードが加速し始める。
「まさか……此処迄が準備運動?!」
白雪はサダノブの言葉に、自転車のベルを軽く慣らすと、
「あったりー!」
と、笑った。余りに風柳の力がある所為で忘れていた……何故か黒影の周りには強靭が多過ぎて目立たないだけで、そうだ……黒影も其の中にいたんだとサダノブは思い出す。俺、事務員で良かったのかも……と思い乍ら、暫く付き合った後、大人しく自転車の運転手に戻った。
途中、真っ赤なスポーツカーが通り掛かりクラクションを鳴らす。
「黒影の旦那ーっ!今夜も頑張ってるって聞いたから高みの見物に来たよー」
涼子がウィンドウを開け乍ら、黒影に話し掛ける。
「また見物客が増えた……」
黒影は苦虫を噛んだ様な顔して言ったが、見向きもせずに颯爽と走って行く。
「やっぱり、良い目だねぇ。……ほら、お姫様達にもお土産。じゃあねぇ」
そう言って自転車の籠に、スポーツドリンクやらプロテインを投げ込むと手を振って去って行く。
「何なのよ、あの魔女!何処でも黒影の匂い嗅ぎ付けたらほいほい来るんだからっ!」
白雪は相変わらず涼子に毒付いてはいたが、サダノブは前籠に投げ込まれた袋を覗き混んで、
「あっ……でも、本当に白雪さんへの手土産も入ってますよ。……多分、此のケーキ」
と、サダノブが言う。
「今度は甘い物で私を釣って、黒影にちょっかい出そうったって、そうはさせないんだからっ!」
と、白雪が言うので、其れを聞いたサダノブは、
「え?じゃあ食べないんですか?」
と、聞く。白雪は、
「甘い物には罪は無いもの」
と、結局は食べるらしいのでサダノブは案外仲が悪い訳じゃないんだと、小さく笑う。
「ちょっとぉ!何が可笑しいのよっ!」
「……いえ、別に」
サダノブは笑いを堪え乍ら黒影の後ろに慌てて追い付く。
……全く、五月蝿くて集中出来ん。だからトレーニングなんて嫌なんだ。……そう思い乍ら、黙々と走る黒影だった。
――――――――
あれからジムに毎日通い、彼此四日後の事だ。
「あれ……何か、人増えましたね」
サダノブがジムに入るなり見渡して言った。
「今晩は。お陰様で此の時間帯に人が集まってくれて助かります」
と、何時もの受け付けの人が、言う。
「……お陰様?」
黒影は何も気付いていないので、サダノブは気を遣って、
「さあ、先輩!今日も頑張りましょう!」
と、張り切って黒影を押して行く。サダノブは気付いていた。明らかに女性会員が増えている。……運動目的じゃない目の保養目当てだと。でも、当の黒影が其れに気付いたらさっさと辞めてしまうので、其れは其れで風柳さんにお目付役を言い渡されていたので厄介なのだ。
黒影がトレーニングをまた無心でぼーっとしているだけなのに、ビルの三階とは言え、下から見上げるとストイックなイケメンがいりゃあ、此れ程良い宣伝は他に無いだろう。其れだけなら未だしも秋のキャンペーン中だ。
イケメンのキャンペーン中じゃないんだけどなぁ……
と、思わず黒影の後ろで甘い溜め息を吐く女性会員らを見て呆れている。
……如何せ俺なんてさぁ……と、心が折れ掛けた時だ。
「サダノブさぁーん!」
と、穂が手を振って女性会員らを掻き分けて入って来た。
「あっ!穂さんっ」
サダノブの心は折れる寸前で持ち直した。
「見学にって言って、応援しに来ちゃいました」
穂は少し照れ乍ら笑って言った。
「あっ、今晩は。今日は早かったんですね」
黒影が振り返り笑顔になると、また後ろの女性会員らの甘い溜め息が聞こえる。
黒影が再びトレーニングを続け始めた時だった。
「何なのよ……此れ」
と、水筒がカランカランと落ちる音がした。……サダノブは其の声を聞いて、ゾッとする。
……そうだ、風柳さんよりも恐ろしいお目付け役がいたんだった。
白雪さんが、穂さんと一緒に来ていたなんて……。此の状況、黙っていた事は贖罪出来る自信がない。
「せっ、先輩?」
サダノブは蒼褪め乍ら黒影を呼ぶ。
「ん?何だ、そんな悲壮な顔をして」
と、サダノブの様子が可怪しいので黒影はトレーニングマシンを止めて聞いた。
「白雪さんも来ていますよ」
何も状況を知らない黒影は其れを聞いて、
「白雪も来てくれたんだな。ほら……水筒落としたぞ」
と、水筒をひょいと持ち上げ白雪の手に戻して、頭を撫でた。
……何なの、あの子……まさか、ねぇ……
女性会員らが白雪の登場で騒めき始めた。
白雪は黙っているが、影が……影が……怒りに満ちて行くのがサダノブには分かる。
「先輩、やばい……やばいんですよっ!」
サダノブは黒影を引っ張る。
「何だ、落ち着きが無いな」
と、黒影は言ってふと見た窓の景色に驚いた。
「……あれか?確かにやばそうだ……行くぞ、サダノブ!白雪と穂さんも協力してくれないかっ!」
そう言って黒影は大事なコートと帽子だけをロッカーから慌てて出して手に持つと走り出した。
「えっ!何?」
サダノブは黒影が何を見て走り出したか分からず狼狽えていると、穂が窓の外を指差して、
「火事だわっ!私達も行きましょう!」
と、言った。
白雪は穂のバイクに乗り、サダノブは自分のバイクで黒影が現場を見上げ乍ら走る姿を見るなり、
「先輩、乗って!」
そう言ってヘルメットを投げて、黒影はキャッチするとバイクに飛び乗り被った。
「此の儘真っ直ぐだ。火の周りが早い。裏通りはもう通れない」
黒影はサダノブに聞こえる様、大声で言った。
「りょーかい!」
サダノブはそう言ってスピードを上げる。穂はバイクに搭載されている「たすかーる」専用無線を使い涼子に連絡する。先に話したのは涼子の方だった。
「何かあったね?」
と。穂は、……ああ、涼子さんったらジムの監視カメラ拝借して見てたんだわ……と、気付き、
「ジムから11時の方向で火事発生。此の儘現場に行きます」
と、伝える。
「あい、分かった。詳しい場所は此方から追跡する。消防車呼んどくよ。後、風柳の旦那にも連絡しとくから、安心して救助しな。安否確認が済んだらまた連絡しておくれ」
と、言うなり涼子は無線を切った。
到着すると2階から火が燃え上がり、ビルの3階迄上がっている。2階はスナックで3階はビリヤードとダーツのバーの様だ。
「中に人は!?
黒影は化粧の少し濃いめのミニスカートのスーツを着た、おそらくスナックの従業員に聞いた。
「未だ、ママが。先にお客さんと私達だけ逃がしてなかなか来ないんです」
と、其の女性は言う。
「サダノブと僕は2階へ。白雪と穂さんは火の手が未だ浅い3階に人がいないか確認をお願いします。くれぐれも煙に気を付けて、無理せず早めに撤退する様に」
黒影はそう言うとサダノブと階段を駆け上がる。白雪と穂は途中で黒影達と別れ3階を目指した。
サダノブが扉を開け様とした時、黒影が其の腕を引っ張る様に強く止める。
「下を見ろ!バックファイアーだ」
と、黒影は言った。ドアの下の隙間に内側に逆流し吸い込む様に火が入り込んでいる。
「ドアの横に付け、爆風にやられるぞ」
黒影は、扉の横にサダノブと身を潜めドアを開けた。一気に火を纏った爆風が舞い上がり消える。
「入ろう」
黒影はそう言うと、サダノブは頷く。
ドアの中を見ると火が天井まで登っていた。
「外廊下のホースを使おう」
黒影は辺りを見て其れに気付き、走って水を自分に掛けた。サダノブも同じ様にする。
「生きて戻るぞ」
そう言って黒影は火の中に飛び込んで行った。サダノブも見失わない様に後ろに着く。
「いたっ!いました!カウンター裏です」
サダノブは口に手を当てて黒影を呼ぶ。
黒影にもサダノブの合図と声が届いた様だ。黒影は走ってカウンター裏のスナックのママを背負うと、其の儘走るスピードを変えずに出て来た。
……やっぱり、早い……サダノブはそう思い乍ら、ドアに飛び込んで出る。
「サダノブ、下まで運んで来る。白雪と穂さんが心配だ」
と、黒影は言って階段を降りて行く。
「確認してきます!」
サダノブは3階へ駆け上がる。
「白雪さん!穂さん!」
直ぐに店内に入ると二人を見付けた。
「サダノブさん、此の二人亡くなっています」
と、足元に横たわる男性2名を見て穂が言った。
「他には?」
と、サダノブが言うと白雪は首を横に振った。
「そうだ、外廊下に引き摺り出そう。亡骸が燃えてしまうよりは良いだろう。外廊下は未だ火が回っていないから、其処迄出せばゆっくり下まで降ろせる」
そう言うなりサダノブは、一人の背中を起こして後ろから脇に手を入れ前で組むと引き摺り始めた。
白雪と穂も一生懸命にもう一人を運んで何とか外廊下に出せた。丁度黒影も3階に上がって来たのでサダノブが一人を、黒影がもう一人を運び出す。
外に出ると人集りが出来て、漸く消防車と救急車が到着した。穂は慌ててバイクに戻り涼子に報告を済ます。
「此処のスナックのママだそうです。煙を少し吸っていますが、生きています。後三階の2名は残念ながら亡くなっていました。他に逃げ遅れはいない筈です」
黒影は消防隊員と救命に言った。其々、消火活動と、緊急搬送される。黒影は火を見上げ乍ら、呆然と反対側の少し高さが上がっている歩道に座り足を放り投げると、膝に肘をだらんと垂らし項垂れた。
「よっ、トレーニングの甲斐が少しはあったみたいだな」
風柳が黒影の頭を髪型が崩れるぐらいにガシガシ撫でて言った。
「……」
黒影は何も話さない。
風柳は燃え上がる炎を見上げた。
「……辛かったな」
風柳は静かに言った。きっとあの日の事を嫌がおうでも思い出しているに違いない。悪夢の始まりを。黒影のだらりと伸ばした腕が小さく震えている。
「良くやった。お前は良くやった」
そう言って風柳は消防と話をしに行った。
サダノブがふと、黒影に気付いてハッとする。
……そうだ、トラウマだったのに……と。
何を言えば楽になるかなんて分からなかった。ただ、黒影の横にゆっくり座って、火が少しずつ消えて行く景色を眺めていた。
「黒影ー!探したのよっ」
白雪が走って来るなり黒影の頭を抱き締めて優しく揺らしている。
「もう、大丈夫」
白雪はそう言った。
「うん」
黒影はとても小さかったが、やっと返事をする。
「火は消えたわ」
「うん」
「ほら、皆んな待ってるわよ」
そんな会話をすると黒影はゆっくり立ち上がる。
「現場、見て来る」
黒影はそう言った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。」
黒影はまた歩き始める。
事件のあるところへ。
サダノブは白雪に、
「俺、何にも言えなくて。やっぱ白雪さんは凄いっすね」
と、笑って言う。
「私がいなくても、事件があれば進むしかないのよ、黒影は。……其れにポチ!あんなジムに黒影を放り投げといて、良くも黙ってたわねぇ」
と、ジーッと白雪にサダノブは睨まれる。
「すみませんっ!……先輩気付いてないから、通ってもらう為に黙ってたんです!」
と、サダノブはぺこぺこし乍ら白状した。
「罰として、黒影の着替えと荷物取りに走って行ってらっしゃい!」
と、白雪はビシッと指差し言う。
「えー!バイクじゃないのぉー?」
「当たり前よ!」
結局、体力作りをするサダノブなのであった。
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。