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season7-2 黒影紳士 〜「東洋薔薇の血痕」〜🎩第一章 暖炉



*※本編前に※*
 旧作から新作迄の全ての作品をnote様に上げる事になった為、それに伴いWinter伯爵から授かった大技「一頁五千斬り!」ですが、blog形式に合わせ一頁(一章)を再び一万前後に戻します。
 膨大な記事数になるのを防ぐ処置ですので、今後も程よく休憩を挟みお読み下さい。
 一幕約五万文字です。今後二章後半から三章にて半分ですので、休憩を推奨致します。


1 暖炉


 いないかも知れない
 この永遠に終わりが見える頃
 君と僕は

 だから先を見たく無くなって
 願う事しか出来なかった
 その時大量に降る
 容赦無い雨を想い
 立ち尽くしていた

 何時も不可能を可能にしたよ
 どんな事だって成し遂げてみせたさ
 ずっとそれで良いと思っていたのに
 僕は意思を持ち始めた……影、屍

 ――――――――――――
 プチプレリュード 「ゼロポイント」

 ……永遠を君はくれると言った。
 僕には未だその意味が分からない。
 今分かる事はただ……
 これが現実だって事だけだ。
 其処には未だ、「真実」は見当たらない。


 明治、大正時代で事件を解決した。
 夢でも事件……事件……そう我ながら呆れた頃、ある記憶が押し寄せた。

 否、此処に来たのは初めてではない。
 此れは記憶の錯誤だ。
 正しい時系列は、現代の次に明治大正が割り込んで来た。
 つまり……此れは現実。
 何故、サダノブも白雪も風柳さんも気付かないんだ!

「皆っ!此処は……」
「待て……皆まで言うな」

 その聞き慣れた声と共に明治大正の世界が薄くなり、霧の様に消えて行く。
「わっ!」
 黒影は後退りし、足を竦めた。
 真下には、見知った現代の世界がある。
 だが、落下はしない。
 良く見ると分厚い硝子が足元に永遠と広がっていた。
『黒影……足を引くなと何時も言っているじゃあないか。こっちへ戻っておいで。』(※『』は創世神専用である)
 黒影の下に硝子を挟み、真っ黒な翼を広げた創世神が手を差し伸べ、悲しそうな微笑みを浮かべ言うのだ。
「此処は?貴方の言った大きな硝子とは此れですか?……ならば今、此れを破壊してしまえば」
『だから待てと言っている!』
 創世神は強く制止した。何か理由があるらしい。

『未だ、お前には早い。其処が何処かも、全体も見えぬ黒影には』
「……全体?……」
 僕は辺りを見渡した。果てしない硝子が「僕等」の世界の上空を覆っている。
「此れは……」
 硝子の遠くを見ると水平線の様に湾曲して行っているのが分かる。
 耳を澄ませば小さな一定の何かの音がする。
 硝子の先へ吸い込まれる様に鳳凰の翼を開き、スーッと飛んで行く。
 創世神も、黒影を追って硝子に沿う様に飛んだ。
「此れが?!」
 黒影は初めて見る景色に言った。
 もし、其れに名前が無いのならば、こう書くしか無い。「世界の果て」と。
 その真下には、大きな黒いビルの様に聳え立つ長方形の物体と「12」の数字がある。
『ああ、今ある「黒影紳士」の世界「12」地点のインデント。一周時が回ったのだ。僕が書いてきたゼロポイントとも言える。黒影を再び覚ました(season2-1)地点に戻って来た。此の世は大きな懐中時計の時に支配されている。黒影はあれから成長したが、ある時の歪みが生じてしまった。その歪みの原因こそ、予知夢を本に具現化する黒影の持つ懐中時計「時夢来」の出現だった。』
「でも其れは貴方が必要で書いたのでしょう?要らない力ならば正義崩壊域に有り余る力を封じる事も出来た筈です」
 不思議に思って聞いた僕に、創世神はこう答えた。
『必要なんだよ。……君を永遠にする為に。……正義崩壊域の本当の存在意義を黒影は勘違いしている。問題なのは、正義再生域の方だ。それは時が来たら話そう。……それより、今回の事だが、時夢来の出現後、時空の歪みでゼロポイントを再び通過した際に時代錯誤が生じた。今いる硝子の其方では無い。黒影が生きるべき場所は。此方側だ。黒影だけが時代錯誤が現実だと気付いたのも、時期創世神と任命したからだ。世界は君が知り得る今よりも遥かに広い。知るにも時間は必要だ。……おいで。悪い事は言わない。……鳳凰来義(ほうおうらいぎ)!』
 創世神には僕の技も力もほぼ使えるとは知っていた。創世神なのだから、当然と言えば当然なのかも知れない。己よりも強い力を他人に渡す程、愚者はいないだろう。
 けれど……まさか、鳳凰の最終奥義を呼び出す「鳳凰来義」まで使ってくるとは。
 其の「来義」の意味を変えて。
「待って下さい!未だ……!」
 僕は話の途中だと叫んだが、見慣れた己の鳳凰の眩いばかりの輝かしい光に包まれ目を塞ぐ。
「鳳凰来義」……本来は聖人君主がこの世に現ると言う意味の四字熟語で、僕は鳳凰の本来の力を呼ぶ為に使うが、如何やら創世神は僕と言う鳳凰の魂を持つ者を現実世界へ戻す為に使った様だ。
 僕の使う、景星鳳凰(けいせいほうおう)と言う、「黒影紳士」と他の物語の「世界」を繋ぐ鳳凰奥義にも似ているが、僕はこんな硝子の上の「世界」を見た事も読んだ事も無い。

 見てみたい……もっと広いと言う世界。
 知りたい……正義崩壊域の真実。
 早く……この時が過ぎれば、そんな事も分かる日が、僕にも来るのだろうか……。

 ゼロポイントにて……我を見失い候。


 ――ーーー
 プレリュード 「鎮魂歌(レクイエム)」

 其れは何気ない始まりだった。
『もーう、無理だ!嫌だ、僕は我慢が大嫌いなんだよ!』

 現実と言えば、呆気に取られる暇もなく始まるものだ。
『僕は治るまで眠る!鎮魂歌(レクイエム)…発動!』
「ちょっと!?全治六ヶ月、本気で休むんですか?!」
サダノブが慌てて鎮魂歌の棺が閉じるのを阻止する為、蓋を持ち上げ、氷を隙間を埋め這わせている。

―――――― 
 発狂しそう……

 もう無理……って言っても
 きっともう戻れない

 じゃあ全て消してしまえ
 あの鎮魂歌(レクイエム)にこの身ごと沈めてしまえ

 私にはもう……
 真実を見る事は
 叶わないの

 なんて残酷な末路なの

 そう嘆いた時
 閉まり行くレクイエムの隙間に
 人影が見えたの

 ――――――

「僕が永遠になる為には、貴方が邪魔なんですよ……」
 黒影がニヒルに悪魔の様にしてやったりと笑う。
『おんのれ、黒影がぁーーーっ!!にへら笑ってんじゃないよ。今、閉める時ヘラッてただろうがっ!如き如き如き如きーー!!たったこんな如きで弱々しい事言っちゃって、と思ってやがるんだ!そう言う捻くれた性格が昔からだなぁ!……』
「手、痛いんでしょう?」
 そう、実は創世神はまたしても書くのが早過ぎ、セーブせずにまんまと腱鞘炎を拗らせたのだ。挙句、薄々は自分でも気付いていたのに、通院が長引くのが嫌だと悪化させるだけさせるといった、物書きにあるまじき自業自得で首から手にまで骨の歪みから痛みを響かせ、全治六か月の療養中である。
 ……が、其の六か月も泣きのお願いで、書き乍らの治療となり、長期なので痛いのが長いのも仕方の無い事。
 黒影に代わりにまた書いてくれないかと申し出るものだから、心底呆れてそうも言われたのも当然の事である。
『だったらなんだ!貴様に同情されたくはないわ!貴様如きに心配される程落ちてはおらん!』
 頼んでおきながら、当然の様に我儘創世神は全くもって態度が何時もと変わらない。……どころか、痛いからか甘え半分で我儘は腱鞘炎よりも群を抜いて悪化している。
「頑固。意地っ張り」
 黒影はそう言うと、もう知りませんよと外方を向いてツンと鼻先を上げた。
『五月蝿いなっ!!』
 負けじと創世神も黒影の反対を向くなり腕を組む。黒影は其の姿をチラッと見遣り溜息を一つ吐き、弱っている時ぐらい仕方あるまいと手を差し伸べ言った。
「そりゃあ五月蝿くもなりますよ。ほら、待っている皆んなが心配する。心残りも其処まで。行きますよ……」
 と。相変わらず素直になり切れなかった創世神は、
『ふんっ……誰が、サダノブじゃあるまいし』
 と憤れて手を取り、結局鎮魂歌(レクイエム)を放り出し、何時もの「黒影紳士」の世界の上空、硝子の間の執筆部屋の亜空間に連行されるのであった。

『待て黒影!』
「はい?」
 さあ、執筆部屋に無事送り届けた事だし、先を急ごうとした黒影を時創世神が呼び、手を軽く引っ張る。心なしか腱鞘炎のお陰で何時もの様にガツンとは引っ張られずに済んだ様だ。

『……珈琲ぐらい……飲ませろよ』

 大切な人の淹れた珈琲一杯。
 闘う筆を取るには欠かせない物なのである。
 無論、この「黒影紳士」を創ると言う意味において、この「黒影紳士」は其の珈琲で出来ていると言っても過言では無い。
「僕もご相伴にあずかりたいな」
 黒影はきっとこれからも変わらぬ景色が見れるのだと、微笑みそう言った。
『図々しい奴め。序だ、サダノブも寄って行け』

 時が永遠で在るかなんか分からない。
 けれど、もし時に限りが無かったとしても、苦しみ泣く日が続いたところで、結局……人は慣れ親しんだ景色に無意識にでも、戻っているものなのかも知れない。

Xでの珈琲Time用イラスト出来上がりました。



 ――――――――

1 暖炉

 そぞろ寒い日が続いていた。
 温かい暖を囲い
 家族が微笑み合う光景
 誰もが望むそれは
 彼だって……望んでしまうのだ。
 そう……黒影も例外では無い。


 ――――――――――
「暖炉だよ、暖炉!」
 黒影はサダノブと、マンションのロビーで一悶着している。
「はぁ?何をまたどでかい物を設置しようとしているんですか!床暖で十分でしょう?!」
 サダノブはまた黒影の気紛れにも程があると呆れている。
「駄目だ!床暖では駄目だ!だ、ん、じ、て、駄目なんだ!……良いか、僕が欲しいのは暖炉その物では無いのだよ。暖炉の周りに語らう家族の団欒。此処のマンションの住人の皆さんのコミュニティと憩いにだなぁ……」
「そんな事は体裁で、鸞に会いたいから〜でしょう?」
 と、黒影の理由云々を気にせず、サダノブは白々しいとジローッと横目で黒影を見る。
 黒影は目を泳がせるとサダノブをとうとう無視して、マンション一階のロビーにぞろぞろと入って来た業者を和かに迎えた。
「あら、大変ねぇ……。サンタさんが来るみたいな外国みたいなお部屋が見たいって言っただけなのに……。何だか御免なさい」
 と、保温ポットに珈琲を沢山作って、ホット用の紙コップ、スティック砂糖とミルクのポーションをお盆に持って来た白雪が黒影に言う。
「……重かっただろう?……普段は忙しくて何も出来ないんだ。このくらいの我儘きけないなら、頑張っている意味も無くなるよ」
 黒影は白雪の持って来た物を持つと、近場のテーブルに置きそう言った。
「はぁ?そんな理由なの?!」
 サダノブが呆れて言うと口を半開きにして止まる。
「そう言う事だ。何時迄も子離れ出来ないと思うな。……ロッキングチェアもこの後届く。薪割りは体力作りだ。……サダノブ、頑張れ」
 と、黒影は言うなり、にやりと笑いサダノブの肩をポンポンと軽く二回叩くのだ。
「嘘でしょう?!……なんで俺だけ寒い思いしなきゃいけないんですか。皆んな中で団欒だか、平和そうにぬくぬくする訳ですよね?……マッチ売りの少女ですって!虐めですって、流石に」
 サダノブはそれは無いと落胆して言うのだ。黒影はその姿が面白くて、笑い乍らこう言った。
「冗談だよ、このご時世にそんな苦労は要らないよ。木製ペレットを使うから問題無い。自動供給可能で含水率も10%と少なく燃料としても燃えやすい。円柱の小さな粒みたいなものだ。然し、運動嫌いにも程がある。せめて、このマンションにあるジムでも使えよ」
 黒影はサダノブの運動不足を注意しつつも、木製ペレットの事を説明する。
「へぇ……。でも薪が燃えてるのを観て落ち着く物じゃ無いんですかねぇ」
 と、サダノブはそんな事を言う。
「そうだな……。安全性や利便性を優先すると、何かが消えてしまう気がするな。自然には何方も悪く無いのだが。……そんなに、火が見たいなら僕が点けてやるよ」
 黒影は少しだけ寂しそうな顔をして、人工的な力がほんの僅か加わった薪の炎を見ていたが、其れすら笑い飛ばす様に掌に鳳凰の火を灯し、サダノブを追い掛けている。

 ――――――

 ここ最近頭から離れないんだ。
 其のほんの僅かな人口の炎に、心が揺らぐ。
 ……正義崩壊域の大気汚染の事が。あれが無ければ、正義崩壊域の人々は滅びの寸前を生きる事も、誘拐してまで種族の存続の為に必死になる事も無かった。
 この「黒影紳士」の世界には、正義崩壊域のモデルになった原点が存在する。
 発展途上の小さな村に起きた、村人と開発側が争った廃墟だ。
 今は自然に侵食され、静かに存在する。

 正義崩壊域には相反する存在の世界。
 正義再生域が存在する。
 その二つはまるで天国と地獄の様な縮図にも思えていた。
 けれど……違うのでは無いのか……?
 洞察力と観察力とは……角度を変えた時に最大に発揮される。
 角度を変えるのは他の誰でもない……己自身しかいない。
 崩壊域はマイナス、再生域がプラスと、この世の能力者のパワーバランスを取っている。
 ……そう理解していたが、其れだけではない気がする。
 破壊と再生。人や自然物に対して人工物や汚染。
 未だ相反する物が如何やらあるらしい。

 ギィ……ギィ……。
 懐かしい様なロッキングチェアの軋む音。
 新しいのに不思議なものだ。

 黒影はそんな事を考え、全てが揃い温もりある冬の装いに変わったロビーで、本を顔に目を閉じのんびり揺れていた。
 さらさらと落ちるロングコートのヒラが、ロッキングチェアの揺れにふわりふわりと水面に揺蕩う漣の様に踊っている。

 ――――――――――
 迷って良いんじゃないかな
 迷わずにいたくても
 迷ってしまう時は
 素直に迷ってさ

 知らない道を行って
 それで新しい物を見付けて
 結果笑えたなら
 それで良いと
 僕は思えるよ

 茨道 獣道 迷い道

 君が迷えないなら
 僕が迷う

 時計を持った兎が逃げ込む
 昼下がりの庭の中

 「迷庭にて」

迷庭にて挿し絵


 ――――――――――

 ……僕は……何処へ……行けば……良いんだ?……

 何があっても迷わない。
 迷ってはならない。己の決断に。
 守る者があり、付いてくる者がある。
 だから迷う事を己に許しはしなかった。

 ……けど、迷いたくなったんだ。
 寄り道したいってやつなのかな。
 どんな世界に出逢っても驚きはしなかった。
 僕は物語の主人公で其れを見る世界も、書いてる創世神の世界も、沢山の世界がある事を知っている。
 其れは恐怖等では無く、僕の冒険心や好奇心を何時も満たしてくれた。
 愛していたんだ……どんな世界とも出逢える此の……「黒影紳士」に生きる日々を。
 己が生きる世界を否定しても、何も始まらない。
 受け入れたとしても、仕方なくで或れば其れは受け入れたとは言えない。
 柔らかな暖かさに……肩の荷をスッと下ろしたくなったのだ。
 そんな僕を誰かは必要としてくれるのだろうかと、突如不安が襲って来る。
 結局……そんな不安が嫌で、走り抜けて来た様にも思える日々。

 創世神が以前ふと言っていた。
 永遠を想っても、誰かは去り、また巡る日も或る。
 ……そんな事……考えもしなかった。
 創世神が歳を重ねた間も、僕らは随分と眠っていた。
 鎮魂歌(レクイエム)の保存媒体の中…。
 其れを知っても、別世界の話しに思えて理解しようとはしなかった。
 其れに……創世神は僕等が永遠でいられるようにすると誓ったが、其の感覚も僕には無い。
 物語の中の登場人物に過ぎないからだろうか?
「ヒト」の定義すら有耶無耶になりそうだ。
 ……人で在れ……か……。
 勝手過ぎるよ。
 僕は未だ……何も知らないのに。
 手掛かりも情報も無い迷宮の様だ。

『迷えば良い。……迷ってからでなくては、見付からない物も在る。此の世に永遠は無いが、「永遠」と言う言葉は存在する。見えない願いを、人は時に形に残そうとする。見えないから無いのか?悪魔の証明でもしてみたいかな?……無いから即ち見えないとは限らない。在るから見えないとも限らない。……では我々は何で判断する?……脳の……認識だと、僕は思っている。人が死んで悲しいか、若しくは穏やかな眠りを祈るだけか、随分と死ぬ迄の差で異なるが、その違いは其れ迄の記憶認識に過ぎない。事実は「死んだ」と言う事だけだ。だから僕は確信した。認識を変える事が出来るもの……其れにとても近いしいものがある。……其れが僕が大事だと言った想像力だ。其れを書き、作り操るのが僕は得意なんだ。……不可能を可能にしてやりたい。だから、永遠を僕は存在させられる。そう、断言したのだ。
 ……例え、僕の命が尽きても、僕は黒影を永遠にすると何度でも断言出来る。……物語の外の人に成り始めたんだよ、黒影自身の成長だ。何も恐れる事等無い。その迷いも、弱さも……人として受け入れられるべき感情だ』

 創世神が見えた。……多分、夢の中であろう。
 何時もの場所で、何時もの様に物書きを静かにしている後ろ姿。その言葉は、発してる気配も無いのに懐かしく響く、昔から変わらない創世神の声だとは判別がついた。
「物語を超えるだって?!また無茶な事を。流石にどんな壁でもジャンルでも蹴散らして突破した貴方でも不可能ですよっ!」
 僕は夢の中とは知りつつも、己の夢は予知夢であったり、不思議な事を起こすと分かっていたので、この際気にせず堂々と言ってやった。
『不可能……その言葉、黒影にそっくり返してやろうか』
 創世神はクスッと肩を竦め、小さく嗤うと振り返る。

 ……僕の……嫌いな言葉……「不可能」だ。

「……誰……何だ?」
 見知った顔、見知った声、見知った仕草。
 なのにこの時、目の前の創世神に猜疑心を抱き、何者かと途轍もない恐怖を感じた。
『黒影にはもう一つ……過去の影が存在する。過去の僕も存在した。その認識は正しいのか?……合っているか?此の「黒影紳士」を読む誰かにも問おう。君達だけが其の存在を知っていると認識しているのではないか?物語を閉じた瞬間に、その認識が有耶無耶な霧となるのに。其れは永遠みたいだな……まるで。掴み所が無い。無から有が出来るとは、そう言う事だ。但し、此れだけははっきり答えられる。何れも存在した。或る場所に。確実にだ。……何処に?……黒影ならばもう答えが分かるな』
 創世神はそう言って微笑むが、僕はどう受け止めれば良いか、正直困惑していた。
「……貴方の……頭脳。思考にだ」
 茫然と立ち尽くし、そう答えるしか出来なかった。
『あえて此れを話したのは、これから先黒影が「あの大きな懐中時計の硝子」を壊すと、僕と約束したからだ。僕の思う現実世界の時と、黒影が感じる現実世界の時……二つの時が存在し、この物語には混在してきた。最終目的は、黒影と僕の現実世界の時を正常に戻す事だ。
 あの硝子を割るには、硝子を挟む両方の世界の時のバランス調和が必要となる。
 其れが大きな世界線の「均衡」と言うものだ。
 言った筈だ……何度も。真実は常に生易しい物とは限らないと。だからもう、慣れているね。……存分探せば良い。探偵とは「真実を追求するもの」だ。其のまま……在るがままに。探そうと欲する物の答えは自ずと必要な時に、答えからやって来る。そうだろう?』
 創世神はそう言って最後に朗らかな薄い笑みを残し、また机と向かった。
 何も変わらず。昔のままに……。
 全ての答えをくれる訳でも無い。然し、其の言葉は何時だって何時か大きな教えとなるのだ。
 普通に見える……如何しようもない人間にも見える……弱々しくもある。
 だが、頼れる時もあり、助言は正確だ。そうでなけりゃあ、こんな何年も旧友だと思えやしなかっただろう。

 優しい香りがする……。
「……影……黒影」
 この声は……。
 目を開けると、白雪が新しくなったこのエントランスに花瓶を持って現れる。
「ああ……眠ってしまっていた。綺麗な薔薇だな」
 黒影はそう言って白雪から、重そうな花瓶を受け取り中央の棚……入って正面に当たる見える所に設置した。
 未だ……夢ってから覚めない、ぼんやりした気分でベルベットローズを見下ろす。
 こんな僅かな生命にでさえ、人は癒されると言うのに……。
 現在の正義崩壊域で起きている事も、全てが未だ呑み込めずにはいたのだ。
 黒影の止まる動きを気にして、白雪が新しくエントランス用に設置した簡易ドリンクバーから珈琲を作り乍ら、
「何か変な夢でも見たの?……夢見が事件なら、もう少し慌てるわね?」
 と、黒影を気遣い言った。
「事件では無いかな。……強いて言えば、未来?」
 黒影は苦笑いし、白雪から珈琲入りのカップを受け取る。
 己が誰かの空想世界の産物だと知った時の恐怖心の様な物からか、僅かに額が汗ばんでいた。
 ……そんな事……知った所で何が変わると言うんだ。
 僕の居る、この白雪が居る……「現在」と僕が認識している
 「今」に、何の影響も無ければ問題も無い。
 そう思い、珈琲を一気に飲み干した。
 乾いた喉に通る感覚がある。
 ……僕は僕の世界で生きている。
 そう実感すると共に、押し寄せた虚しさがあった。
 人工物となったの暖炉の火を見詰め……其処に鳳凰の火を重ね想う。
 ……問題ない……。
 その一言で投げ出して来た、今までの己の人生の沢山の事を。
 何処か、急に創世神を突き放してしまった様な罪悪感にも駆られた。
 怖くて……突き放そうとした己の弱さが火に滲んで揺れる。
 たかが夢だ……たかが……。
 割り切れない……夢もある。

 ――夢は……一体、何者なのだろうか。
 現実でも無い。だが……皆んな見て、知っている。はたまた現実の己すら時々左右する。
 創世神が言っているのは、そう言うものかも知れない。
 現実として分かり易く認識する為に、黒影はそんな風に頭に整理して呑み込んだ。
 気が付けば、白雪が心配そうに顔を覗き込んでいる。
 ……白雪さえ……見失わなければ、僕は大丈夫だ。
「あっ……大丈夫だ。少し、不思議な夢を見ただけ。火に当たり過ぎただけだろう。散歩でもしてくるよ」
 そう、黒影は白雪を安心させようと、優しい笑顔を作る。
「そう?なら良いのだけど。……ねぇ、私も行くわ。何時も家で待つのは飽きちゃった」
 白雪がバッと黒影の片腕を両手で逃さまいと両手で捕まえ笑う。
「びっくりしたよ。……まぁ、久々だし。偶にはいっか」
 少し考え、黒影はそう答え微笑み、立ち上がる。
 ――――

 年は暮れつつ
 旭が昂る

 旭はきっと眩いばかりに
 私の心を突き刺すでしょう
 絶望の光
 どうか黒で隠して消えて あの日の様に 影よ私を連れ去って

 静かな闇に佇んでいる
 貴方が歌う Requiem
  ねぇ、今気付いたの
 貴方の影…
 再会のあの日
 私の腕を切っていたのだね夢見人よ

                                   「影怨」

今回のキー🔑になるseason2の表紙だ。
書いてある言葉と、影の右下に注目だ。
「勲さん?」だったかな。其れとも……言葉を掛けた主か、若しくは……。


重要ポイントになるので切り取り拡大しておいたよ。

 ――――――――――――

 僅か寒さに白い石畳。
 腕を黒影は肩肘を軽く上げ、白雪は慣れたもので両手を其の肘に添えて、漆黒の姿に頭を寄り掛からせ安堵の笑みを浮かべ歩く。
「ねぇ?」
 甘えた声で白雪が言う。
「ん?」
 黒影は低い背の白雪を見下ろした。
「貴方、びっくりしたってさっき言ったけれど、昔から全然顔に出ないわね。」
 白雪がそんな事を言う。
「……そう……かなぁ?色んな事件があるから慣れているのかもな」
 黒影はふと、空を見上げた。
「少しだけ、目が大きく開くの。ほんのちょっとよ。だから私には分かるわ」
 と、白雪は自慢気に言う。
「……そうか。白雪も夢探偵社の一員だもんな。一緒に事件現場に行った時が懐かしい。如何せ行くならば、事件現場ではなく、今日みたいな何時もの穏やかな場所が良い」
 黒影はふと白雪と未だ出逢って間も無い頃を思い出し乍ら言って微笑むが、その時……突然足を止めた。

 思い出した景色は創世神がこの世に再び目覚めた日。(黒影紳士が再開を果たしたseason2-1幕時点の話しである。season2-1幕表紙を良くご覧あれ。)
 またこれから事件を追うのだと理解した日。
 ――あの日……僕は……。
 ある違和感を感じたのだ。
 十数年ぶりに鎮魂歌(レクイエム)の記憶媒体から目覚めた時、創世神は何時もの様に、
「お早う……」
 そう、変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
 黒影は眠っている間、記憶も無く一瞬だったと話し、創世神には気にするなと、微笑み許した筈なのだ。
 なのに……この違和感は何だ?
 さっきも夢で創世神に恐怖心を持った。
 ……何故だ……。
 黒影は此の唯(または徒。ただ)ならない不安感を拭う為、記憶を辿って捜す。
 白雪が何か聞きたそうだったが、思い出せなくなりそうで、そっと組んでいた反対の手を翳し黙らせる。
 白雪も何か大事な事を考えているのだと気付き、止まって見守った。
 ――――――――――
 目覚めた時……僕の近くに何かあった。
 あれは……何だ?
 目覚めた僕の手には、生温かい何かが……
 そうだ。あれは……大量の血液の感触。
 何故、気付かなかったんだ!結局、己が能力者犯罪と対峙する迄、本物の血をそんなに流した事は無かったからか?
 観たり読んだりして知っていた「生温かい滑る感触」とは良く言った物だが、体力だった所為もあり、想像とは違ったのだ。
 其れに鎮魂歌(レクイエム)から出たばかりで、記憶も曖昧だった。
 今頃、まるでトラウマのフラッシュバックの様に、その時の記憶や辺りの景色が脳裏に現る。
 僕と創世神を繋ぐ影にあった物……あれは、切断された手だ。
 ……誰の?
 目覚めた時には在った気もするが、妙な感情を思い出す。
 強い憤りの様な圧迫感……。

 これは……鎮魂歌の中の……僕の記憶か?

 あまりの戸惑いに息が上がる。怒りで、涙が視界を歪めて行く。
 まさか……。そんな……。
 鎮魂歌の中で、棺を引っ掻いていた己の手が見える。
 バリバリと、爪をボロボロにして。
「……僕じゃ……ない」
 思わず、現実の己の両手を見て呟いた。
 真の鎮魂歌(レクイエム)とは、入っている間に記憶を消す物では無かった。そんな生優しいコールドスリープの様なものでは無かった!
 違うんだ……再び棺桶の扉が開かれた瞬間に、記憶を消すのだ。
 詰まり、元からそんな静かな眠りなんて存在しなかった。
 創世神が、最後まで此の鎮魂歌(レクイエム)と言う技を僕に知られたく無かった理由は、不意に中にいた記憶を思い出されたくなかったからだ。再会してから、ずっとその事を気に掛かけ、僕に懺悔する様に生きていた本当の理由に気付いてしまった。だから……手が何度壊れそうになっても、僕の人生である「黒影紳士」を書こうとする……。
 棺にいた間に募らせた、外の世界への恨み辛みで僕は、誰かを手に掛けてしまったのだろうか?
 まさか、創世神の手を影で切ったのか?
 否……もしかしたら、創世神は僕の思っている様な人では無いのかも知れない。閉じ込められた以外に、敵視する理由が在ったのか?
  十数年の間……変わらない人なんて、いるのか?剰え、眠っていた僕と違って創世神は現実世界に生きていたんだ。
 何を隠している?!凡ゆる世界の知識を惜しみなく与えてくれたあの人を信じていたのに……っ。

 急に沢山の真実が、音を立てて軋み出し崩れる気がした。

「黒影?……黒影!?」
 白雪が、両手を見たまま止まった黒影に、しっかりする様に声を掛ける。
 予知夢を見て魘された時も、なかなか目覚められなかった頃は、似た様に声を掛けてくれた。
 真実の絵の意味を知る迄、ずっと。
 その声に、はっと現実に戻れる今は、未だ救いがある。
「すまない。考えても仕方ない事を追う所だった。……そうだ、探偵なら確かめるまでは真実としなければ良いだけだ。最近良く物思いに耽がちだな。推測は良く無い。……今日は忘れよう」
 黒影はそう言って、笑顔を繕う。
「……無理、しなくて良いのよ。今日は二人だけなんだから」
 悲しそうな目で白雪は其れでも黒影に合わせ、唇の口角を軽く上げた。
「……有難う。白雪も、無理して笑わなくて良い」
 黒影は少し申し訳なさそうに、帽子の鍔の先を下げ言った。白雪は結局、心では気を遣って反省会でもするに違いないと、思いっ切り黒影に飛びついてこう言った。
「一々言わなくてももう気にしないわっ、夫婦だもの」
 黒い影がふわりと白い花と揺れる。
 仄か笑顔を帽子の下に隠しながら。


次の↓「黒影紳士」season7-2幕 第ニ章へ↓

(ストック分のお引越しは無事終了しましたが、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中。
この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。