苦手なものの話。
小説の作り方を勉強していると「キャラクターの設定」という要素によく遭遇する。
『キャラクターには、欠点や苦手なものを設定しましょう! そうすれば読み手が親しみやすいキャラになります!』
まあ僕はこういったマニュアルが嫌いな天邪鬼なので、これはむしろ『やってはいけないこと』にしている。
登場人物の苦手なものなど、わざわざ設定しなくても、書いていればそのうち出てくる。
でも、ふと『自分の嫌いなものはなんだろうな』と考えてみた。
シイタケだ。
僕はシイタケが嫌いだ。
嫌いというか、憎んですらいる。
まず、食感が気に入らない。
弾力があって、噛んでも噛み切れない。
しかも、そんなに口の中に残る食感をしているくせに、出汁がとれるほど、風味の主張をしてくる。
「オレだよ! オレ! シイータケだよ!!」
エリンギやえのきくらい、つつましくできないものか。
そもそも、こんなものを最初に食べようと思った人間の気がしれない。
いや、もしかしたらそいつには、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。例えば、拷問を受けていた、とか。
そいつはきっと僕と同じく、ただの一市民だったのだ。
まわりから愛され、恋人を愛しているだけの善良な男。
しかしいわれのない罪によって、囚われの身になってしまった。
「おい、貴様。いい加減吐いたらどうだ? ん? もう限界だろう? さっさと仲間の潜伏先を教えるんだな」
「な、なかま、なんか、しらない。ボクは、かんけい、ない」
男の肉体には、凄惨な傷跡があった。
痩せほそった体は無数の火傷のあとや、切り傷によって紫に変色している。皮がめくれ、そこから流れ出た血が、固まって膿んでいる部分もある。足や手の指に、すでに爪はない。剥がされたものが、床にちらばっていた。
尋問官は「ほう」と息を漏らし、その男を見る。その視線には、ある種の敬意のようなものが込められていた。
「見上げた男だ。お前のようなやつは、初めてだよ。その根気と気高さに免じて、楽に殺してやりたいが……」
尋問官は、牢の格子扉に顔を向ける。
「おい! アレを持ってこい!」
牢の中に、一人の男が入室する。
その男が抱えたズタ袋からは、異様な香りが立ち込めていた。
「すまんな。私も、家族を養わなければならない身なんだ」
「まさか……」
「なんだ、知っているのか。だが体験するのは、初めてなんじゃないか? これはシイタケと呼ばれるカビの仲間だ。これを食したものは、精神に異常をきたすといわれている。苦しみのあまり、命を断つこと以外考えられなくなるそうだ。『死ぃ、だけ』それが語源らしい。どうだ? 何日も食べていないんだ。そろそろ腹が減っただろう?」
「やめろ……それだけは、やめてくれ!」
「ならばやるべきことは、わかるだろう?」
「せめて、こまかく、みじん切りに……」
「いいや、このままだ。すこし炙って、バター醤油にしてやる」
「やめろおおおおおおおおお!!!」
男は知っていることをすべて話し、彼の仲間のレジスタンスはすべて檻の中にぶちこまれた。
こんな悲劇が、今もこの日本のどこかで繰り返されているのだ。
シイタケの規制を呼びかける政治家がいれば、僕は密かにその人物を応援するだろう。
……僕はこういうキャラです。
どうぞご自由に、親しんでください。