転生したらマドラーだった件
一番下の子どもがもう2歳になったというのに、人生最初の食事に寄り添ってくれたベビースプーンが捨てられない。
かわいいから?
思い出深いから?
ただのズボラだから?
いや、違う。
便利だからだ。
離乳食時代に活躍し、役目を終えたベビースプーンだが、今はマドラーとしての第二の人生を謳歌している。
夫は日常的に缶ビールを飲むけれど、私は一本飲みきれない。たまにワインや日本酒を開けても、飲み切る前にダメにしてしまう。開封後長く楽しめるという理由で、もっぱら蒸留酒派だ。
蒸留酒も、ロックやストレートではなく、炭酸と合わせたり、自家製シロップや果汁を足したり、ハーブを突っ込んだりする。私のお酒生活には、マドラーが欠かせない。
長年「マドラーを買わねば」という意識を頭の片隅に置いたまま、つい箸で済ませる人生を送ってきた。
箸で代用できる以上、優先度は低い。だからいつまでたっても真のマドラーが買えないのだ。
我が家では大活躍の箸マドラーだが、箸がマドラー界に転生する可能性を考えると、肩身の狭さが想像できて辛い。
箸、あまりにただの棒すぎる。
木こりがうっかり池に落としても「まぁいいか」と見放しかねない存在感である。不憫……。
そう思っていたある日、離乳食が終わったまま捨てるタイミングを失ったベビースプーンを見て、ふと気づいた。
適度な持ち手の長さ……
大きめの氷を下からふわっと持ち上げやすそうな、小さめのスプーン先……
これ、もしかして、銀の斧マドラーじゃない?
女神に差し出されるでもなく、ただそこに居続けていたベビースプーンが、カトラリー収納の引き出しの中で、光り輝いて見えた。
さっそく晩酌時に召喚してみる。
氷と炭酸、ウイスキーを注いだコップにベビースプーンをあてがってみると……思ったとおりだ。
赤ちゃんに「あ〜ん」することを前提にした長い持ち手のおかげで、グラスの奥までしっかり届く。
コップのサイズにもよるだろうけど、私が愛用しているIKEAのゴブレットならば、持ち手を十分に残してくれる。
※ちなみにこのゴブレット、お酒にもパフェにもカフェオレにも使えて、重ねて収納できて、199円(税込)。最高か。
たっぷり飲む日用の、うすはりのハイボールタンブラー(L)では、どうだろう。
うーん、残念ながら、ベビースプーンだと長さが足りない。まだ箸の召喚が必要そうだ。
しかし、たっぷり飲む日がそもそもあまりないので、問題ないだろう。
こうして、ベビースプーンはマドラー界で第二の人生を歩み始めた。箸は本来の役割に落ち着き、カトラリーたちに秩序と活気が訪れたのだ。
正直、ベビースプーンをマドラーとして使うことに、最初は少し抵抗感があった。
ベビースプーンといえば、おかゆやピューレ状態にした野菜など、無垢な状態の食材を乗せるためのスプーンなのだ。
そんなピュア代表を、アルコールに突っ込むとは。ジーザス。転生先として、ちょっと過激すぎるだろう。
しかし、最初の違和感さえ乗り越えれば、そこには新たな世界が待っている。能力があるからこそ、転生するのだ。信じよう、ベビースプーンの底力を。
もちろん、金の斧マドラーへの憧れが消えたわけじゃない。お酒の味を損なわないよう企業努力を重ねたマドラーは、さぞかし使いやすいだろう。
いつの日か金の斧マドラーを手にしたら、ベビースプーンはついに静かに引退するのかもしれない。あるいは、またどこかの世界に召喚され、第三の人生を謳歌するだろうか。
それはまだ、誰も知らない——。