魔法少女の系譜、その70~『タイム・トラベラー』~
前回に書きましたとおり、今回は、実写テレビドラマの『タイム・トラベラー』を取り上げます。
本作は、昭和四十七年(一九七二年)に放映されました。『NHK少年ドラマシリーズ』の、記念すべき第一作です。
このドラマには、原作があります。筒井康隆さんの小説『時をかける少女』が、そうです。
この小説が、最初に世に出たのは、『中三コース』という雑誌の連載としてでした。昭和四十年(一九六五年)のことです。
『中三コース』は、かつて、学研から出ていた「学年誌」と呼ばれる雑誌の一種です。『中一コース』から、『高三コース』までありました。要するに、学校の学年ごとに区切られた読者を持つ雑誌です。インターネットが発達する前には、こういう雑誌が、若者の交流するメディアだったのですよ。
『中三コース』からの読者を引き継ぐ形で、『時をかける少女』の連載は、『高一コース』に続き、そこで連載を終えました。それが、昭和四十一年(一九六六年)です。
小説が、初めて単行本として刊行されたのは、昭和四十二年(一九六七年)でした。
それから、平成二十九年(二〇一七年)の現在に至るまで、繰り返し繰り返し、再版され続けています。単行本になった年から数えれば、ちょうど、今年で五十周年です(*o*)
こんなに「現役」を続ける小説は、極めてまれですね。普段、小説なんか読まない人でも、『時をかける少女』という題名は、必ず、どこかで聞いたことがあるでしょう。日本の文芸界全体を見渡しても、定番中の定番と言える作品の一つです。
連載誌が『中三コース』と『高一コース』だったことからわかるとおり、『時をかける少女』は、中高生を対象とした小説でした。主人公の芳山和子【よしやま かずこ】も、読者に親しみが持てるように、中学三年生という設定です。
『時をかける少女』は、二〇一七年現在であれば、「ライトノベル」に分類される小説でしょう。しかし、昭和四十年代(一九六〇年代後半~一九七〇年代前半)に、ライトノベルなどという言葉は、まだ、生まれていません。「ジュニア小説」という言葉さえ、生まれていなかったと思います。
昭和四十年代当時には、『時をかける少女』は、「少年少女向け小説」と呼ばれていました。
作者の筒井康隆さん自身が、『時をかける少女』に対して、「最初のライトノベル」とおっしゃっています。確かに、のちのライトノベルへとつながる系譜の作品です。
『時をかける少女』と、テレビドラマの『タイム・トラベラー』とでは、ストーリーや設定に違いがあります。基本的なところは、だいたい同じです。
以下に、まず、小説版『時をかける少女』の設定とストーリーとを紹介しますね。
ヒロインは、先述のとおり、中学三年生の芳山和子です。彼女は、ごく普通の少女のはずでしたが、ある時、テレポーテーション(身体移動)と、タイム・リープ(時間跳躍)という、二つの超能力を身に着けてしまいます。
それは、同級生の深町一夫【ふかまち かずお】が作った薬のせいでした。じつは、深町一夫は、和子と同じ世界の人ではなく、西暦二六六〇年―約七百年後!―の世界から来た、未来人でした。
深町一夫の未来人としての本名は、ケン・ソゴルです。彼のいた未来の世界では、テレポーテーションやタイム・リープの技術が、すでに実用化されていました。ケン・ソゴルは、その世界で、テレポーテーションやタイム・リープを研究する研究者でした。
ある時、彼は、誤って、テレポーテーションとタイム・リープとを起こす薬を、自分に使ってしまいます。そして、和子のいる過去の世界へ、飛ばされてきてしまいました。
過去の世界で生きるために、ケン・ソゴルは、そこの人間になり済まします。周囲の人間の記憶を改変し、子供のいない夫婦の世帯に入り込んで、「深町一夫」という中学三年生の子供になります。和子の記憶も改変して、「同級生」になり済ましていました。
もちろん、ケン・ソゴルは、未来の、自分がいた世界へ帰りたいと思います。そのため、中学校の理科室を利用して、テレポーテーションとタイム・リープとを起こす薬を調合します。
そこへ和子が入ってきて、薬の匂いを嗅いでしまいました。つまり、和子は、事故で、テレポーテーションとタイム・リープとの超能力を身に着けてしまったわけです。ケン・ソゴルは、和子を傷つけようとして、そんなことをしたわけではありませんでした。
二〇一七年現在なら、テレポーテーションやタイム・リープという言葉には、ほとんど説明が要らないでしょう。中学生でも、これらの言葉を、どこかで聞いたことがあり、知っている可能性が高いですから。
しかし、これは、今から五十年以上も前に書かれた小説です。当時は、「超能力」という言葉ですら、一般的ではありませんでした。「超能力」という言葉が、人口に膾炙【かいしゃ】するのは、おそらく、一九七〇年代のオカルトブームの頃です。
少年少女向け小説で、テレポーテーションやタイム・リープという言葉を出したのは、『時をかける少女』が、最初期のものでしょう。五十年前には、これらの概念は、どれだけ新鮮に響いたことでしょうか。
SF(サイエンス・フィクション)という道具立てが、新鮮だった頃ですね。人気が出たのも、わかります。
現代のライトノベルと、明確に違うなと感じるのは、超能力を身に着けた和子が、それを恐れることです。二〇一七年現在の中学生が、超能力を身に着けたら、喜んで使いまくるでしょうにね。
五十年前、超能力は、まだほとんどの人が知らないものでした。未知なるものは、恐ろしいものです。和子が恐れるのは、自然な反応でした。彼女は、元の普通の少女に戻りたいと願います。
芳山和子は、日本の娯楽作品の中に、最初期に現われた「超能力少女」です。彼女の超能力は、ケン・ソゴルの薬によって生まれました。人造型の「魔法少女」ですね。
テレビアニメの世界で、『キューティーハニー』が生まれる八年前に、小説の世界で、人造型の魔法少女が誕生していました。
ハニーと違うのは、和子が戦わないことです。和子は、「魔法少女」(の亜種の超能力少女)ではあっても、戦闘少女ではありません。
この時代、「超能力少女」というだけで、充分に斬新です。このうえ、「戦闘少女」の要素など、斬新過ぎて、読者がついてゆけないでしょう。
さて、今度は、テレビドラマ『タイム・トラベラー』の設定とストーリーを、紹介しましょう。
『タイム・トラベラー』でも、ヒロインが中学三年生の芳山和子であるのは、同じです。彼女が、深町一夫=ケン・ソゴルの薬で、タイム・トラベルの能力を身に着けてしまうことも、ほぼ同じです。ケン・ソゴルの正体も、小説と同じ、約七百年後の未来人です。彼は、やはり、誤って、タイム・トラベルの薬を使ってしまい、過去へ飛ばされてきます。
このドラマのほうでは、テレポーテーションという言葉は、出てこなかったと記憶しています。小説では、「タイム・リープ」という言葉だったものが、「タイム・トラベル」に変わっています。
また、ドラマのほうでは、小説にはなかった「テレパシー」が登場します。ケン・ソゴルは、テレパシーで、遠距離から、和子に連絡します。
日本のテレビドラマで、最初にテレパシーが登場したのは、『タイム・トラベラー』ではないでしょうか。
『タイム・トラベラー』は、原作の『時をかける少女』より、少し複雑な話になっています。原作以上に、和子は、何回もタイム・トラベルします。時間と空間が頻繁に入れ替わるので、当時、見ていた人は、ちょっと混乱したかも知れません。
しかし、それも、当時としては、とても新鮮に見えたでしょう。
『タイム・トラベラー』と同じ昭和四十七年(一九七二年)には、『科学忍者隊ガッチャマン』、『海のトリトン』、『魔法使いチャッピー』などのテレビアニメが放映されていました。
『魔法使いチャッピー』のような、保守的な「魔法少女アニメ」の一方で、『タイム・トラベラー』のような、新しい「魔法少女」(の亜種の超能力少女)が現われていました。
『科学忍者隊ガッチャマン』には、『タイム・トラベラー』に近い要素を感じますね。
『ガッチャマン』は、昭和四十七年(一九七二年)当時からは、未来の話です。未来には実現しているであろう超科学を使って、ガッチャマンたちが活躍します。「魔法」ではなく、「未来の科学」を使って、超常的な能力を得るところは、『タイム・トラベラー』と同じです。
今回は、ここまでとします。
次回も、『時をかける少女』と、『タイム・トラベラー』を取り上げる予定です。