元気が出ないあなたへ 『凍りのくじら』が見せてくれる、孤独な夜の闇と光
「あの時、なんであんなこと言っちゃったんだろう」と後悔したり、恥ずかしくて引きこもりたくなることがしょっちゅうある。人間関係は本当に難しい。
でもそれ以上に、救われることがある。人のためなら、普段じゃ考えられないパワーが出たりする。そしてきっと、自分も誰かの頑張る理由になっている。
私がどんなに後悔しても、やっぱり人と一緒にいたいと思う理由はこれだ。大変だけどそれ以上に、何度も人に救われてきた。
人は人を救える。私はそれを、辻村深月さんの『凍りのくじら』を読んで再確認した。
主人公は高校生の理帆子。要領がよく誰とでも仲良くなれるが、どこにいてもそこが居場所だと思えない。友達や家族、関わる人すべてに独自のルールであだ名をつけ、分析し、一歩引いたところから冷静に見てしまう。小さい頃から本や漫画が好きで、常にフィクションと共に生きてきた理帆子は、現実が怖いのだった。
彼女にとっての現実は、とても孤独だ。父は理帆子が小さい頃に失踪し、母は末期のがん患者。他に親戚もいない理帆子には、ひとりぼっちになる未来が待っている。
一人でいたくないけど、誰ともちゃんと関われない理帆子の孤独は、どんどん深まっていく。
……なんだか暗い話?と思われたかもしれない。確かに暗いエピソードも多いのだが、私は暗い小説だとは思わなかった。これは、人との関わりあいの中で自分を発見し、受け入れ、そして未来を切り開く、力強い光の小説だ。
現実を直視できない理帆子は、自分に向く悪意を舐めすぎてしまう。「しっかりして!」と理帆子の耳元で叫びたくなるようなもどかしい場面も多かった。そして後半には、やはりというべきか、とんでもない事件が起きてしまう。ラストに向かって高まる緊張感と不穏さは、今思い出しても手に汗握る。しかし読み進めた先のとあるシーンで、私は一瞬のうちに光に包まれた。
願いは叶わないかもしれないし、期待は裏切られるかもしれない。本作ではそういう現実の容赦のなさがリアルに描かれている。しかしそういう現実を受け入れた先に、フィクションよりも濃くて生き生きとした世界があると、この物語は見せてくれた。
タイトルの「凍りのくじら」は、作中に出てくるエピソードからきている。北海道の海に浮かぶ流氷にくじらがはまってしまい、日本政府が莫大な資金を投じて助けようとしたが、最終的には助けられなかったという悲しいエピソードだ。
くじらが沈む海は、深く暗い闇だ。その闇は理帆子が直面する現実とも言える。しかしその暗くて深い闇を隅々まで照らし、未来に向かって人生を進める強い光が、この小説にはある。人はくじらを救えなかった。でも、人は人を救える。私はそういうメッセージだと受け取った。
自分だけの世界は、居心地がよくてなかなか抜け出せないかもしれない。無理に抜け出す必要はないけれど、「このままじゃ、ちょっと嫌かも」と思ったら本作を読んでほしい。この本が放つ強くて優しい光は、きっとあなたの目の前を明るく照らしてくれるはずだ。