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【続】センチメンタルリーディングダイアリー|孤独への道は愛で敷き詰められている

真唯さんとはバイト先のスーパーで一緒にシフトに入っているうちに自然と会話を交わすようになって、もっと仲良くなりたいなと思い始めた私だったが、女の人をどうやって誘えばいいのかいくつになってもよく分からず、悩んだ末に今度ご飯食べに行きましょうよと声をかけたものの、当然のことながらいつまで待っても彼女の方から都合のいい日程が提示される気配はなく、このままだとこの話はなかったことになると焦った私はある日、シフト終りに店の外で待ち伏せして「あの、ご飯行くって話なんだけど」と性急に話しかけた。

え、ちょっといきなりなに笑と笑いながら、真唯さんは「そんなにわたしとご飯行きたいの?笑」と可笑しそうにそう言って、しょうがないなというような表情で「じゃあ、いつにしよっか?」と私の顔を覗き込んだ。

真唯さんがシフト中に何人かの客から連絡先が書かれたメモを渡されていることを私は知っていたから、さすがこの人は自分に向けられた好意のあしらい方が上手だなと感心した。

だから、実際にご飯を食べに行った帰りに、「なんでわたしをご飯に誘ったの?」と問われた私が「いや、樫本さんと仲良くなりたいなって思って」と答えたのに対して「いやー、弱いな。もう一押し笑」と返してきて、「いや、えっと、樫本さんが好きだからです」とやっとの思いで言うと「もちろん、わたしも好きです」と真唯さんが急に真顔になって答えたことには驚いた。

同時に、こんな自分はどうせいつか彼女に嫌われて別れるだろうという未来も見えていて、後日「僕はあなたが思っているような人間じゃないから、いつかあなたは僕に嫌気が差して別れる日が来るのだと思うけど、それでも構わないからあなたと付き合いたい」みたいなメールを送って、「これから付き合おうという時になに言ってんの」と怒られた。

大学時代、密かに好意を寄せていた後輩に「先輩、あまり喋んないほうがいいですよ」と言われたことを私はずっと気にしていた。

いつも穏やかで優しそうとか、付き合う人を大事にしてくれそうとか、部屋はキレイにしてそうとか、勝手にそんなイメージを抱かれて、最終的に「こんな人だとは思わなかった」と詰られることに、もうそろそろ慣れなくてはと思いつつ、実際に付き合い始めると、来ると分かっている別れにいつも私は怯えていた。

ある日、真唯さんから「ひらのくんと結婚する人、大変そうだなあ」とまるで他人事のように言われて、その数カ月後、私がフラれる形でふたりは別れた。

店に入り、注文し、運ばれてきたビールを飲みながら、無難に趣味や休日の過ごし方についての会話をしている際、私は本当のことを正直に話した。趣味は読書と映画鑑賞で、特に好きなのは太宰治の『人間失格』とドストエフスキーの『地下室の手記』。最近観た映画で面白かったのは『レクイエム・フォー・ドリーム』。救いのないラストが良かった。ハッピーエンドよりバッドエンドが好き。現実はいつもそうだから。休みの日は近所の図書館で本を読むか、公園で蟻を眺めている。蟻が、自分より大きな餌を一生懸命運んでいる様を見ると泣きそうな気持ちになり、自分も頑張って生きようと思う。それなのに蟻は、そんな私の思いなどつゆ知らず、たまに露出した足首を噛んでくるから悲しい、というような話をしているうちに、彼女の顔からみるみる笑顔が消えていった。

『孤独への道は愛で敷き詰められている』P25

西村亨さんの『孤独への道は愛で敷き詰められている』を読んだ。

主人公の柳田は自分の第一印象と内面とのギャップが相手に落胆や苛立ちを与えてきた過去から、付き合う前から「自分のすべて」を見せようとして、姉から紹介されて初めて会ったばかりの女性から「最初に全部見せちゃうからダメなんですよ。少しずつ小出しにしていけば、相手だって受け入れざるを得なくなるんだから。そういうの、誠実じゃなくて怠惰って言うんですよ」と言われてしまうような男だ。

小出しどころかなるべく隠したままでいたいと思っていた私と違って最初から「全部乗せ」でいってしまう柳田の心情が、しかし私には痛いほどよく分かる。

私もあの頃、真唯さんになるべく自分のコアな部分は見せないようにしていたにもかかわらず、つい彼女との間にでき始めた親密さに油断して自分の大切な曲を聞かせてしまい、「え、全然わかんない。というか、この歌詞をいいと思うひらのくんがわかんない」と言われてしまった。

傷ついた一方で、まあそうだよな、油断した俺が悪いよなと自分を諌めた。

休日に水族館でオオサンショウウオをじっと見つめながら過ごすのが好きだという話は誰にもしたことがない。

私と柳田は同じものを、私は隠蔽し続けようとしてそれが発覚するのに怯えていて、柳田はそれを未然に防ごうと全部最初に公開しようとして、結局ふたりとも同じような結末だった、というわけだ。

この手の小説を読んであまり「愛おしい」と思うことはないけど、本書は毎日抱きしめて眠りたい。そのくらい愛おしい一冊だ。

本書を読み終わって前作『自分以外全員他人』をパラパラと読み返していたら、夕子さんやらビーガンやら母とのやり取りやら、めちゃくちゃ繋がりが見つかって、これはこれからもシリーズとして繋がっていくのだろうかとニヤニヤしている。


●「書評にかこつけた自分語り」をまとめた本を出版中です(本稿は未収録)。


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