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【続】センチメンタルリーディングダイアリー|パーティーが終わって、中年が始まる
まだ二十代だった頃、オールナイトのクラブイベントを終えて、始発の電車に乗るためにみんなでダラダラ駅まで歩く時間が好きだった。
よく行っていたクラブスヌーザーやクラブKのラストはたいてい、ストーン・ローゼズの「エレファント・ストーン」で、曲が終わった静寂の後に、フロアのライトが灯り始め、非日常から日常へと緩やかに戻っていく時間が好きだった。
パーティーは終わってしまったけど、また来週末には別のパーティーがあって、僕たちはその「パーティーとパーティーの間」を「現実との闘争」と位置づけて、それぞれの闘いの場に散っていくのだと、そんなふうに思っていた。
あれから時が経ち、すっかりおじさんになってしまった今では、オールナイトのクラブイベントに行くことは一切、なくなった。
クラブイベントに行く動機は「大好きな曲でみんなと一緒に踊りたい」「まだ聴いたことがない最高の音楽に出会いたい」、そして「素適な女の子との出会いがあるかもしれない」というものだったように思うけど、今はそのどれもがどうでも良くなってしまった。
そして今年はついにどの夏フェスにも行かなかった。
好きなバンドの新作の発表に胸がときめくことも、フェスのタイムテーブルを眺めながら見る順番を考えてワクワクすることも、面白い小説を読んで興奮のあまりいろんな人に勧めまくることもなくなった。
夜遅くに自宅に帰って息子たちの寝顔を見て「お父さん、君たちの寝顔を見るだけで、また頑張ろうって思えるよ」と熱い想いがこみ上げるみたいなことすら、いつの間にかなくなってしまった。
毎日は平坦な日々の連なりで、もはや自分の日常にドラマチックな出来事なんて起こらない、と思っている。
いや、あなた、去年は本を出したりイベントやったりしてたじゃない、と言う人もいるかもしれないが、だからこそというか、そうであってもなお、「もう自分の人生に特別なことは起こらない」と思ってしまっている自分に「いったい、どうしちゃったんだろう」という気持ちもなくはない。
でも、それはもはや僕ひとりがジタバタしてどうにかなることではなく、ただただ、あー、こうしてこのまま自分の人生は終わっていくんだろうなあという感慨のようなものだ。
特に何かを成し遂げたわけではなし、少し寂しいなという気持ちもゼロではないが、かつてのように手に入れられなかったものや失ってしまったものを嘆いたり、それに執着するようなことはもはやない。
毎週のようにインスタライブをやって、「何かが始まるかもしれない」とワクワクしていたのがつい数年前のことで、「20代の頃からやってることとか考えていることとか変わんないよな~」って思っていたはずが、気がつけば随分と遠いところまで来てしまった気がしている。
最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行ってもそんなに楽しくなくなってしまった。加齢に伴って脳内物質の出る量が減っているのだろうか。今まではずっと、とにかく楽しいことをガンガンやって面白おかしく生きていけばいい、と思ってやってきたけれど、そんな生き方に限界を感じつつある。楽しさをあまり感じなくなってしまったら、何を頼りに生きていけばいいのだろう。正直に言って、パーティーが終わったあとの残りの人生の長さにひるんでいる。下り坂を降りていくだけの人生がこれから何十年も続いていくのだろうか。
phaさんの『パーティーが終わって、中年が始まる』を読んだ。
読んでいて「わかるなあ」と思ったのが、phaさんは加齢による意欲や向上心や探究心の衰えを、まるで飼っているペットの変化のように、半ば他人事のように見つめているところ。
失いつつあるそれらを取戻そうとか、あの頃は良かったとか、そういうことは一切書かずに「パーティーが終わった後の自分の人生」を淡々と見つめて、「そういや、いつの間にか俺、こんな感じになっちゃったよなあ」と不思議がってる様子に、そっか、自分だけじゃないのか、と少しホッとしている僕がいた。
あの頃と違って「パーティーが終わった僕の人生」には、もう「次のパーティー」は現れない。
でも、最近の僕はと言えば、この年で今更「サラリーマンって実は面白いのかもしれない」と思い始めているし、家庭を持ったり会社員を長く続けていると失われると思っていた「文章を書くための感性」は今も形を変えて自分の掌にあることを実感したりしている。
誰かに誇れる人生だなんてさらさら思ってなんかいないけど、もう一回同じ人生を歩むことになったとしてもそれはそれで悪くないな、くらいのことは思っている。
本書にも書かれている通り、「若さ」という魔法が全て解けてしまった今からこそが「人生の本番」であると考えると、なんだか少し気分がアガってくる。
今年で50になる僕の「次の十年」はどんなものになるのだろうか。
パーティーは終わったと認められるようになった今、僕にはあえてもう一度、パーティーを始める資格があるんじゃないのかって、そんなことを考えている。
●「書評にかこつけた自分語り」をまとめた本を出版中です(本稿は未収録)。