cafeプリエールのうさぎ #4夢の約束②
ふっと気づくと、裸足で大きな木の前にいた。
見上げても木の先なんか見えなくて、木の幹だと気づくのに時間がかかった。まるで大きな板のように感じたから。
異世界転生などの小説や、息子がしていたゲームに出てきそうな、立派な木だ。
世界樹、と言われたら納得するような、そんなサイズのとてつもなく大きな木。
天空の城ラピュタが空に飛んでいくとき、こんな木だったようにも思う。それより、もっと大きいけど。
りんごの香りのする風が吹いていて、妙に気持ちがいい。
白いシンプルなワンピースに、手のひらサイズの茶色い鞄。踊りだしたいほどの満たされた気持ちになってきて、思わず口ずさむ。
あの人が好きだった曲。
これは10代のときの。
次はそのあとに逢ったとき、部屋でかかっていた曲。
そして最近のマイブームと言っていた曲。
泣きながら飲んだホットチョコレート。
そのまま甘やかされた日々。
哀しいも楽しいも、全部が混ざって溶け込んでいく。
「それが本来のお嬢なんですね」
振り返ると、大きな木はなくなり、小高い丘の上にかわいい一軒家がある。そして、私のスカートをチョンとつまんで、小さなウサギがこちらをのぞき込んでいた。
サーモンピンクのはかま姿で、耳の中は山吹色。目も、透き通った黄色の宝石のような白いうさぎである。和泉は、この子の血は、きっとはちみつ酒のようにきれいな黄金色なのだろう、と、そんなことを思った。
「本来の?」
「鏡を見たらわかりますよ? ほら、こっち」
黄金ウサギと手をつなぎ、丘を駆け上がる。小さいと思っていた家は、思った以上に大きくて、和泉の身長では扉の取っ手まで届かない。
「入り口はこっちです。お嬢も早く。もう銀様が待っていますよ」
「ねぇ、金ぴかウサギちゃん? ぎんさまって誰?」
「金ぴかウサギ? わたしのことですか?」
「だって、耳も目も、はちみつ酒みたいな琥珀色でキラキラしてるもの」
「申し遅れました。金ぴかウサギちゃんではなくて、わたしはVenus。言いにくいですかね……ヴェニで大丈夫ですよ?」
「はかま姿なのに、ヴェニちゃんなの? なんかハイカラね」
「それは、ありがとうございます……でいいのかな?」
2人でくすくす笑いながら、家の中を進む。
白い壁、水色の天井、木の素朴な床。
暖炉があって、はじにピアノがある。
「そうだ! 銀様に逢う前に、その姿見てみましょう!」
「絶対、怒られるから。銀様が先」
なにやら、しっとりとした声が聞こえてきた。
「メル、いいじゃん。少しくらい」
「駄目よ。銀様なんて、もうコーヒー5杯目よ?」
「それは……まずいね」
「でしょ?」
まさかの水色うさぎだ。
耳の中がスカイブルー。目はサファイアのように青い。宝石に詳しくない和泉でも、サファイアとパールとルビーくらいは知っている。まるで、吸い込まれそうな青。そんなかわいいぬいぐるみみたいなウサギなのに、まっ黒なゴシックロリータのフリフリした服装。ここもハイセンスすぎて、和泉の頭の中はプチパニックだ。
サーモンピンクのはかま姿の金ぴかうさちゃんはヴェニちゃん。
ブラックのゴシックロリータファッションの青うさちゃんがメルちゃん。
そして、なぜか銀様に会わなきゃいけないらしい。
「ねぇ、ヴェニちゃん? 銀様に会うのって明日じゃダメなの?」
「駄目!」「だめ」
ふたり(二羽?二頭?)の声がかぶった。
カチコチとなる大きな柱時計。その周りに、銀の懐中時計が並ぶ。ぐるりと一周、全部で12個。踏みしめている床は、裸足の和泉には、ひんやりとしていて心地よい。いろんなところにかわいいネコの置物がある。
2人に連れられ、長い廊下に出た。どう見ても、次の扉まで200メートルはある。長すぎる。
「あと2歩でつくからね」
前を歩くヴェニちゃんが、振り返って笑った。
「2歩?」
聞き返して1歩。
そのままの勢いでもう1歩踏み出すと、そこはきれいな池のある芝生だった。いつの間に外に出たのだろう。桜の香りの残るあたたかな風が、和泉の髪をゆらした。
「やっときましたね」
池のほとりにある木製テーブル。まるでパリのカフェみたい。
そのcafeスペースに、ハンサムな黒うさぎがいたのだ。