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cafeプリエールのうさぎ #5主婦 優香②

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週末

予想通り夫は起きてこない。
「パパと遊びたい」と2人に言われるが、連日連夜、遅かったのも知っているもの。
無理させるのも気が引ける。

「うーん、パパもお仕事忙しいから、今日は寝かせてあげよっか」
「えぇー、この前もそう言ってた!」
「なら、午前中におじいちゃんのおうちにいこうか。おじいちゃんと遊ぶのはどう? そしてそのまま回転ずしに行こう!」
「だったら、おじいちゃん家に行く」
「よーし、リュックにおもちゃを詰めておいで」

大喜びで子ども部屋に走っていった。
その間に、お母さんに電話をする。

「ねぇ、おかあさん。わたし、優香。今からそっち行っていい?」
「いいわよー」
「お義父さんも起きてる? 子どもたちがお義父さんと遊びたいって」
「じいちゃんも大活躍ね。伝えとくわ」
「ありがとう。お昼もみんなで回転ずし行こうよ」
「ちょうど昨日のチラシにあったわ、割引券」
「ならそこで。あっ、おいしいお茶菓子もらったから持っていくね」
「気を付けてくるのよ」
「うん、わかった」

夫にもメッセージを送る。
起きたら、きっと見るだろう。

―― 実家に遊びに行ってきます。
   お昼も食べてくるから、
   思う存分寝てね。
   いつもお仕事お疲れさま ――


朝ごはんのおかずにラップをして、子どもたちを連れて出発した。

「ねぇ、あんた疲れてない? 大丈夫?」

実家に着くなり母に言われたのだ。

「えっ、大丈夫だけど……なんで?」
「なんかね、わかんないんだけど、無理している気がして。気のせいかしらねぇ。
 でも無理しているときほど、
 どんどん文句も愚痴も言わなくなる子だったじゃない。
 水泳大会のときだって、本当は熱があるくせに、決勝戦まで行っちゃって……」
「もう、いつの話してるのよ。大丈夫だから」
「そう?」
「ちゃんと寝てるし、食べてるって」

家事は山積みだし、考える時間もないけど、別に体に支障はないのだ。
子どもたちも元気にしているし、夫ともそれなりにうまくやっている。
無理、しているんだろうか?

「あっ、回転ずし屋さんの近くに、よさげな雰囲気の喫茶店見つけたのよ。
 あんた、昼ご飯の間行ってきなさい」
「いいよ、わざわざ。子どもたちだっているのに」
「何言ってんの。
 ちゃんとガス抜きしなきゃ、もたないわよ」
「たまってないって」

しつこい。
いつもに増して、母がしつこい。

「お父さーん、孫たちと私たちだけで回転ずしでもいいわよね?」
「おっ、母さんとデートだなぁ」
「やだぁ……もぅ、そういうとこ好きよ」
「やったー、おじいちゃんたちとおすしだ。ねぇ、ガチャガチャしてもいい?」
「ガチャガチャでも本でも……2人とも入学だもんな。ママがいたらダメダメ言うだろうから、じいちゃんたちと行こう」
「ちょっと……」
失礼すぎる義父にイラっとする。こっちだって、好きでダメと言っているわけではないのだ。我慢だって覚えないと。母の再婚相手だからこそ、私は気をつかってしまう。が、向こうは何ひとつ考えてなさそうなのだ。

「決まりね」

母の勝ち誇った顔に、うんざりする。
誰も味方がいない。きっと道すがら、わたしだけ喫茶店の前に降ろされるのだろう。行くしかないのだ。
でも、喫茶店なんていつぶりだろう。1杯くらいいいかもしれない。ここで反論しても野暮なので、仕方なく優香はその提案を受け入れることにしたのだった。





「今日も、お客様が来そうですねぇ」

函館から、青森まで見えそうなくらいの突き抜けるような晴天。
店の前の掃き掃除をしながら、宇佐の気分も、ポカポカしていた。

新しく雇った和泉の本質が龍と知った時は驚いたが、それも運命である。

人は出会いの数だけ、別れもある。
すれ違った人だって、同じ世界に生きる同士なのだ。この現世ではわからなくとも、あの世界ではある程度の顔見知りだったりするのだから。

和泉は、宇佐の人生に絡むことになり、宇佐が和泉の道しるべとなる。そんな運命なのだろう。
いや、和泉が宇佐の道しるべとなるのか? そこまではっきりわからないが、1人のお客としてではなく、スタッフとして来たのだ。この縁は、きっと太く深い。

ここはCaféプリエール。
いつ開いているのか、閉まっているのか誰も知らない。
勤務している和泉でさえ知らないのだ。
そんなお店で、宇佐は一人、今日ものんびりと開店するのだった。




白とブルーの喫茶店の前で優香は降ろされた。

「じゃぁ、終わったら迎えに来るわ」
「いいよ、帰れるよ」
「本当? じゃぁ、家のカギ預けるわね」
「持ってるから」

いくつだと思っているのだろうか? 母の過保護は私がいくつになっても変わらないらしい。

「あんまり食べ過ぎないのよ? たくさん買ってもらったらだめだからね?」
子どもたちに念押しして、優香は車を降りた。


母が喫茶店と言っていた店は、普通におしゃれなカフェだった。
OPENの看板がかかっているので開いているのだろう。

カラン

恐る恐る扉を開けると、奥から重低音のいい声が聞こえてきた。
「おかえりなさい。お好きな席へどうぞ」

おかえりなさい?
疑問に思いつつ、邪魔にならないよう、一番奥のカウンターの隅に座った。

「今日は暖かいですね」
「本当ですね」

そんな他愛のない会話が、ゆったりした空間に流れる。
見つめられたらどぎまぎしそうなほど、透明感のある美青年なのに、まとっている空気が優しくて、優香には表現する言葉が見つからなかった。

「メニューはないんです。コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
「では、香りの少なめの紅茶で」
「少々お待ちください」

宇佐が奥に消えた後、スマホを探すも見当たらない。車に忘れてしまったようだ。
こんな場所で、ましてや1人でまったりすることなんてないから、何をしたらいいかもわからない。

どうしよう。

スマホがない。本もない。
あるのは心地よいBGMだけで、何もすることがない。
仕方ないので、カバンに入っていた手帳を取り出して、スケジュールだけ確認する。
明後日が入園式で、その次の日が入学式。制服のサイズを確認しなきゃ。

夫は参加よね? 
あれ、2日も有給とれるの? 
確認しないとわからないわ。
私の服もあったかしら? 
母さんに借りてもいいかもしれない。
それも確認っと。

それから……それから……。

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とみいせいこ @おさんぽ日和
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