cafeプリエールのうさぎ #2 出逢い
「今日からお世話になります! よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
Caféプリエールは、和泉の再就職先だ。
再就職と言っても、週に2回以上、来れるときに来たらいいという
ふんわりした職場だ。
店主の顔を見て、
一瞬ドキッとしてしまうものの、
年齢に似合わない元気な挨拶をしてしまった後悔が
どうしても頭から離れない。
もともと、和泉は人の顔に興味はない。
人柄とエネルギーというか雰囲気に惚れるタイプだし、
本気で好きになった人はこの世で一人だ。
何人もの人と付き合ったが、
どうしてもあの人以外の前で女の子の自分を見せることができなかった。
40にもなって、後にも先にもあの人だけなのだ。
地元に帰ってきた理由も、あの人だった。
約束のときまでに、
自分で決めた目標まで達成したのだから、
あとはのんびり待とうと決めていた。
そんなとき、この店の求人を目にしたのだ。
知花音も、北海道の方がいいだろう。
あの子の心にも、休息が必要だった。
心機一転、だれも知らない場所に行く必要があった。
なおさら、ここに帰ると決めていたのだ。
いい刺激になるだろう。
人はいつだってやり直せるし、
世間が何と言っても、自分のシアワセは自分で決めるしかないのだから。
「店長、オーナー……シェフ?
あの、何と呼べばいいでしょうか?」
「自己紹介がまだでしたね。
和泉さんのことは履歴書で知っているのでいいとして……。
僕の話ですね。
はじめまして。
オーナー兼バリスタの宇佐と言います。
お客さんにはウサギさんと呼ばれることが多いかな。
好きに呼んでくださって結構ですよ」
和泉は、にっこり笑った彼の、防御に気が付いた。
私……何かしたっけ?
すでにガードされているのは、なぜ?
「あの、質問、いいでしょうか?」
「どうぞ」
ふんわり笑って答えてくれた。
きっと、普通の人なら、このガードには気づかないのだろう。
でも、気づいてしまった。
なんだろう……
人当たりがいいでしょ? という仮面をつけているだけに見えるのだ。
年齢も聞きたいし、いろいろ質問がある。
しかし、これからここで働く上で、
このガードを張った状態で仕事をするなんて耐えられなかった。
離婚を決意してから、
何年、夫婦をしてきたと思っているのだ。
その時の自分と重なってしまう。
釈然としない。
少しだけ、イラっとした。
離婚してまで得た自由なのに、
再就職先でも心の読み合いをする気なんて、さらさらないのだ。
「素直に全部言ってもいいです?
これからここでお世話になる上で、
本音のだまし合いと言いますか、心の読み合いと言いますか……
なんかこう……探り合いしながら仕事したくないんです。
雇ってもらって言うことじゃないんですけど。
私、何かしました?
なんでそんなに頑なにガードされてるんでしょう。
その理由が知りたいです」
「どストレートな人ですね……。よくそのまま生きてこれましたね」
「これでいい、という職場と、友人しかいないので。
心の読み合いなんて、
離婚準備で6年もしたので使い切ったんですよ。
だから、もう、したくないんです」
和泉はカラッと笑いながら言い放った。
この笑顔と物おじしない性格で、どんな局面も乗り切ったのだ。
ダメなら、また考えればいい。
「本当に聞きたいですか?」
宇佐の目が、和泉の目をとらえる。
和泉も負けじと見つめ返す。
明るいテンポのジャズが、一人芝居をしているようだった。
和泉は、宇佐の目の奥に不思議な色の光が灯った気がしたのだ。
「はい、教えてくれる気があるのなら、聞きたいです」
大輪のひまわりのような笑顔のまま、
和泉は宇佐の怪しげな光を受け入れることにした。
「いいでしょう。
では、夜に、夢の中で……今日はここまでみたいですから」
どういうことだろう。
宇佐は台ふきんを和泉に手渡し、カウンターキッチンでお湯を沸かし始めた。
ジャズがしっとりした曲調にかわり、
やわらかい日の光が、窓からそっと申し訳なさそうに室内を照らす。
「ほら、お客様ですよ」
3秒後、カランと音を立て、
ジャケットを着た男の子が1人、入店してきたのだった。