<2023年9月19日>
アンリ・ミショー『幻想旅行記 グランド・ガラバーニュの旅』(1936年)読了。
本作はフランスの画家であり詩人であったアンリ・ミショーによる「架空の旅行記」である。架空の国で様々な部族を見て歩いた旅行記といった体裁で書いた連作短編小説集。
とはいっても『ガリヴァー旅行記』や『山海経』等の有名な「架空国旅行記」とは違って、登場するのは普通の人間ばかりとなる。
ただ、その部族の風習や法律や宗教が、奇妙だったり異様だったり残酷だったりするわけである。
『ガリヴァー旅行記』というよりかは、ぼくとしては酒見賢一の短編『籤引き』と似たような作風と感じた。
SFが架空の科学を扱った科学的思考実験物語だとすれば、この物語は架空の文化を扱った文化人類学的思考実験といった所だろう。
どういった作風なのかは、実際に読んでもらったほうが雰囲気が伝わるだろう。本書を読んで、ひとつぼくも久々にパステーシュ作品(模倣作/贋作)を作ってみたくなったので、以下に披露してみよう。
本作の特徴の一つは、そういうパステーシュを作りたくなるような面白いアイデアに溢れているのである。
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※以下、オロカメンによる『幻想旅行記 グランド・ガラバーニュの旅』のオリジナル・パステーシュ小説
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◆以上、『幻想旅行記 グランド・ガラバーニュの旅』のスタイルに模してオロカメンが作ったオリジナルのパステーシュ小説でした◆
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特徴はいくつかある。
まず、この小説は「物語」という書かれ方がされていないのである。
どちらかと言えば実際に異国に旅に出た人類学者の旅行記といった体である。
主人公は時々顔を見せるが、あまり主体的に行動をしない。
あくまでこの小説の主人公は、その架空の地域にする種族の人びとであり、彼らの生活や文化や習慣を記録するのがこの文章の目的である、といった形なのだ。
本書の訳者によれば、著者はこの小説を書く前にインド、中国、日本、インドネシアを一年近く旅して『アジアにおける一野蛮人』(1933年)という実際の旅行記として発表しているのだという。
訳者によると『グランド・ガラバーニュの旅』は、この実際の旅行記である『アジアにおける一野蛮人』と文体が似ているらしい。
「この二冊の本を読み合わせると、いずれが現実でいずれが非現実か、その境界が定かでなくなる(本書P.210より)」というほどなのだから、おそらく著者アンリ・ミショーの意図もそこら辺にあったのだろう。
上のパステーシュ作品をお読みになってもお分かりであろう、この小説は、作者の内面がほとんど明かされていない。第三者的な観察者に徹しているのである。この小説に「内面のドラマ」は、存在しないのだ。
そこで驚き、どのような事を感じるのかは、読者が主体的に行う事なのである。
この部族に初めて会う読者が論評を行い、文化人類学的な考察を行う余地を残しているかのように、著者は観察者に徹するのである。
アンリ・ミショーは20代の頃には水夫となって、世界中を旅し、世界中の国々を見て回った。彼には、架空の国を作ってまで、彼の旅行を続けたかったのかもしれない。
その印象、その驚き、異世界へ行く事の高揚感。――彼は、自分が旅したアジアの印象を、また別の国で味わいたかったのか。
実際、この小説を読んでいる読者は、ちょっとした旅行気分を味わう事になるかもしれない。
現代ではすでに、地球の隅々まで探検され尽くされ、もう未発見の部族や文化など残ってはいないだろう。
異文化に出会う驚きというものは、既に前世紀に味わいつくされてしまったのかもしれない。
そこでアンリ・ミショーは未だ発見されていない部族を架空の世界の中に保存し、読者のための探検の余地を残したかったのかもしれない。
この物語を、異文化見聞録の体裁で自国の文化を風刺する風刺劇と捉えるレビューも見かけたが、そういう意図があるにしては、この小説はあまりに想像力豊かで、ミショーが自らのイマジネーションを楽しんでいるかのようにアイデアの投入の仕方がのびのびとしていると感じるのだ。
ミショーは単純に、これを書いていて楽しかったのではないか。
書き方はとても渇いてはいるが、これには「想像する愉しみ」を覚えるのである。だからこそ、その愉しみにあてられて、ぼくも上に挙げたようなパステーシュ作品を捻り出す気になったのだ。
因みに、本作の後半のほぼ3分の2くらいは上に書いたような形式の、掌編のような短い話が続く掌編集のような形式となる。
本作はアイデア豊富でお話のバリエ―ションが豊かではあるものの、同じ形式の旅行記録の様な話が渇いた文体で延々と繰り返されるので、さすがに読んでいるとすぐ飽きる(笑)。
本書は一気に読み通すと、小さな地域をぐるぐるとせわしなく観光して回るような目まぐるしさを感じるのかもしれない。
どうか読者よ、この旅行記で観光をする時はじっくりと腰を落ちつけて、一つ一つの部族の風習を見ては、その日常生活や歴史背景や宗教や政治に、じっくりと思いをはせてもらいたい。――本書の楽しみ方のコツは、ミショーの書いた文章の裏側に、実際の異民族の生活実態を想像してみる「想像の愉しさ」にあると、そう思うのである。