学問の道を進む者の心得とは 【『論語』に学ぶ】
孔子は、知ったかぶりをすることを戒めました。
とかく歳を重ねると、見栄が邪魔をして「知らない」と言いづらいのか、自分が知っている蘊蓄などをたれることで、その場を煙に巻こうとしている人をよく見かけます。
「そんなの当たり前だろ」「そんなの常識だろ」と発言したり、思ったりするようになったら、気をつけた方がよいかもしれません。
新しいことを学ぶ姿勢を無くしてしまったら、もうそれは老化の始まりです。
同様に発言についても、慎重な姿勢を貫きました。
『老子』にもあるように「知る者は言わず。言う者は知らず。」というのが、真に知性と教養のある人の態度と言えるでしょう。
何か疑問点があるのであれば、それを書き留める形で言語化し、内的な思索を重ねていく思考の集中が求められます。
このような手間を惜しみ、時間をかけることを厭うようでは、大人のふるまいとは言えないでしょう。
孔子は、人として徳のある道を追い求めていたため、世の中を混乱させ惑わすような予言やお告げの類いは全く口にしませんでした。
注目すべきは、孔子が生きていた二千年以上前の時代から、世間の注目を集めるために大言壮語する者や派手なパフォーマンスをする扇動家が存在したという事実です。このような人たちは、いつの世でも登場してくるものであるということが興味深いところです。
怪しげな予言やお告げ、世間の流行などに安直に追従するようなこともなく、自律的に物事を考え、善悪を取捨選択し、善なるものだけを採り入れるようにすることが学問の道にいる人の態度と言えます。
孔子が実践していた人の道は、自己を省み、人の愚かさや弱さを常に考えることで磨きがかかっていったのかもしれません。
何か事を為し、口にするのであれば、最低限の前提として、愚かなことをしない、言わないという自制の心が必要となってきます。
そのような時こそ、学問の力が物を言うのです。
孔子が、いかに天の道(=真理)というものを追求していたかがわかる言葉です。純粋に追求していたからこそ、怪しげなものを遠ざけたのでしょう。
「己に克ちて礼に復る」のが「仁」であるという孔子が貫いた自省の姿勢が教えてくれることは多いです。
学問の道の終極は、天の道を人の道として実践することと言えるかもしれません。
孔子は、「七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず。」(為政篇)と言っています。
ここで言う「矩」とは規範やルールという意味ですが、これは天の道や人の道が融合した概念です。
このレベルに達するために、いったいどれほどの思索と修練が必要なのでしょうか。
果たして自分は、七十の齢を超えて、その域に達することができるのか、生涯をかけた挑戦は続きます。