「聞く力」=人から信頼される方法 【J・S・ミル『自由論』】
これを実践するためには、かなり高度な知性と教養が要求されます。
よく目にするのは、少しでも自分の意見に否定的な考えが示されるや否や、感情的に反発するだけで全く話が続かないという場面です。
これでは、あまりにも稚拙な対応と言われてしまうでしょう。
さまざまな意見を採り入れて、更に向上しようという気持ちがある人であれば、自分が向上するための材料として、他者からの批判にも冷静に耳を傾けるはずです。
会社経営をしている人の中には、お客様からのクレームの中に会社発展のヒントが隠されていると言って、積極的に参考にしている人がいます。
このような経営者がいる会社は大いに発展するでしょう。これは、人も同じです。
『論語』で言うところの「改むるに憚ることなかれ」ということです。
J・S・ミルは、「人間は常に誤りをおかすものだ」という前提に立ち、そのような性質のことを「誤謬性(可謬性)」と定義しました。
人が何か意見を言う時に、「事実に基づくものなのか」「何を根拠としてものを言っているのか」ということを考えながら発言しているのであれば、その判断は信憑性が高いと言うことができます。
しかし、実際はそうでない場合がほとんどでしょう。
大半は、事実に基づかない思い込みや偏見、自分にとって受け入れやすい都合のよい考えなどではないでしょうか。
議論の場になれば、当然、「何を根拠にそんなことを言っているのか」と問い質されることになるでしょう。そうなってしまうと、事実に基づかない単なる主観的な意見は、厳然たる事実の前に屈服せざるを得なくなります。
それは事実を無視した一個人の主観的な感想にすぎないからです。
そのような意見を口にしていては、説得力がないのはもちろんのこと、その人自身の判断力まで疑われることになりかねません。
もちろん、人としての信頼性にも大きく影響してくるでしょう。
言葉こそが「人格」だからです。
何の努力もしていないのに、他人から肯定され評価されることはありません。
まず「人の意見を聞くこと」から正しさは生まれます。
言うより前に「聞くことが大切」なのです。