日本の『科学教育』を考える 【オーウェルの科学観】
オーウェルは、「科学」という言葉が、少なくとも二つの意味で使われており、両方の意味をその時々で都合のいいように使い分けていることから、『科学教育』の問題全体が不明確なものとなっていることを指摘しています。
オーウェルが定義した
「観察した事実から論理的な推論によって、検証可能な結果を得る思考法」
(a method of thought which obtains verifiable results by reasoning logically from observed fact.)
という意味からすれば、社会科学であろうと人文科学であろうと、「事実」(例:客観的文献)から「論理的推論」(言語的正確性、合理的解釈など)によって「検証可能な結果」(結論としての一定の定義)を得る思考法を実行することができるはずです。
実験室の中だけ得られる実験データだけを客観的な事実とする仮説は、証明できないでしょう。むしろ、実験室の中だけに客観的事実が存在すると考える方が無理があります。
物理学や化学などの「物質科学」は産業化しやすく、莫大な利益を生むものであるため、経済と結びつきやすい特徴があります。
物質科学は日常生活をストレートに豊かにするものですから、社会的ニーズが高くなるのは当然の流れと言えるでしょう。
そのため、政府も経済政策の一環として、膨大な予算を組んで「科学教育」のための対策を進めることになります。
積極的な景気対策につながらない政策は支持率が下がってしまい、次の選挙も安泰なものとはならないからです。
それ故、大衆迎合主義に拍車がかかり、ますます、すぐに役立つ(=すぐに金になる)科学政策ばかりに注目が集まるのです。
「日本では、応用科学に強くても、基礎科学が弱い」と指摘されることがありますが、これはすぐに結果を求めたがる日本人の国民性に原因があるのかもしれません。
すぐに役に立つことばかりを考えていては、やがて学問の貧困を招くことになるでしょう。
哲学や思想、倫理、道徳、宗教といった「人文学」が軽視される傾向にあるのも、このような国民性と無縁ではないでしょう。
よく言われることですが、核兵器を作ったのは、科学者であり理系のエンジニアたちです。巷の八百屋さんや魚屋さんはもちろん、小説家や芸術家が作ったものではないことをしっかり認識する必要があるでしょう。
科学・・・中でも物理学は、直接的に核開発技術と密接に関係があります。
そのことから、物理学者が核兵器を作ったと言われても仕方が無い一面があります。
高名な物理学者であるアインシュタインも、このことを非常に後悔していました。自分がアメリカの核開発にゴーサインを出してしまったのですから、尚更だったでしょう。
彼がそのような決定に至った経緯として、ナチスが核兵器を開発することを怖れていたことが理由の一つとしてあげられています。
ユダヤ人として迫害を受けたことからアメリカに亡命したアインシュタインとしては、これはやむを得ないことだったのかもしれません。
ラッセルが行っていた核実験反対運動にアインシュタインも賛同の意を表明しました。その1週間後に、彼は息を引き取ります。
これが有名な「ラッセル=アインシュタイン宣言」と言われているものです。
アインシュタインの後悔が、死ぬ間際まで続いていたことがわかります。
このアインシュタインの遺言ともいえる宣言が出された後、全ての核兵器および全ての戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議=「パグウォッシュ会議」が創設されます。
日本の湯川秀樹をはじめ、ノーベル賞を授与された世界的な科学者たちが参加していました。
これは、戦争という異常事態であったとは言え、科学者として、間違った判断をしてしまったことに対する「良心の現れ」という側面があったことは間違いないでしょう。
経済成長や景気回復につながる科学振興政策ばかりにご執心な現在の日本政府の様子を見ていると、パグウォッシュ会議に参加していた科学者たちのように、崇高で良心的な立場から「科学」を考え、科学教育を推し進めていこうとしているようには到底思えません。
選挙に勝つことを目的とした「暮らしが豊かになる」ことを強調した人気取り政策ばかりが横行しているように思えるのですが、いかがでしょうか。
教育は「国家百年の計」です。
目前の生活ももちろん大切ですが、そればかりを考えていたのでは未来は、ますます先細りになってしまうでしょう。
未来の国力の担い手は、子供たちです。
彼らが国や社会に役立つしっかりとした人物=「国の宝」に成長するためにも、すぐには役立たないように見える基礎科学にも、予算や人材を投入していくべきでしょう。
少なくとも、日本の教育体制や研究機関の実情に失望して、優秀な人材が海外に流出してしまうことを防ぐことが急務なのではないでしょうか。
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