渋谷教育学園幕張中学 過去問解説 加島祥造「会話を楽しむ」岩波新書
渋谷教育学園幕張中学(以降、渋谷幕張中)では平成14年、加島祥造氏の「会話を楽しむ」(岩波新書)が出題されました。加島祥造氏はアメリカ文学の翻訳家で、ノーベル賞作家 フォークナーの翻訳書で知られています。「八月の光」「サンクチュアリ」などは新潮文庫で今でも手に入ります。本書では、日本人の会話下手について問題にしています。(同書P26)
「日本人の英会話下手は相変わらずである。呆れるほど下手だと言いたい。そのことがいちばん感じられるのは、わが国のたくさんの英語教師の会話力であろう。もちろん私もふくめてであるが」(1991年時)
そして、「いまはこう考えるー日本人の英会話下手は英語力の不足ではなくて会話力の不足のせいだ、と」(同書P27)
「会話力というのはもちろん日本語での会話能力を指す」と言っています。
「自分たちの会話がいかに平板であり、いかに常套句(きまり文句)の連続であるかに気づかない。いかにユーモア不足か気がつかない。なぜならそれで十分に用が足りるからであり、それ以外の会話を求めようとしないからだ。ひと口に言えば、私たちは会話に対してかなり無意識で無自覚であるのだ(同書p27)
この本は今から30年も前のものなので、今ではだいぶ状況も変わっているでしょう。
しかし、日本人の会話力というものは、母国語での日本語ですら心もとないものであることは今でもあまり変わらないと思います。
私がひとえに言語能力を問題にしているのは、この点にあるのです。会話力も言語能力のひとつだからです。
筆者は日本人の会話力のなさは、非会話意識を日本は長年培ってきたからだ、と言います。特に、人間の対等観と心を開くことの二点の基本認識をもてなかったからだということを指摘しています。(同書P28)
「私たちの会話の根本的態度は礼節とひかえめ、配慮と調和、慎み深さ、自己保護、対面へのこだわりなどの心理的障害にみちている。そのうえ私たちは誇大表現や細かな描写をきらって簡潔に言いたがり、説明するかわりに勘で分かってもらおうとし、果てはただ黙って指さして互いに肯くのをもってよしとしてきた。」(同書P30)
「ぶっちゃけ、どうなの?」とか「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」で成立してしまう会話は、言語能力の貧困さを物語っています。また専門家が専門用語を並べて、説明責任(アカウンタビリティ)を果たしていないのも同様に言語能力の貧困さの証です。
しかし、筆者は日本人の美質も認めています。
「口下手は裏返せば素直な心であり、遠慮という礼節であり、慎み深さであり、そして相手との調和を考える心であり、静かさと平和を愛する心だ」とも言っています。(同書P32)
これからの国際化の時代では、日本人の美徳を保ちつつも、世界に通ずる言語能力・会話力を養成するのが教育の課題と言えるでしょう。