なぜ読書感想文を書くのかという問い
子どもの頃は、本を読むということをほとんどしたことがなかった人間だった。
何かの本を最後まで通しで読んだ記憶は、ほとんどない。
長い文章を読むということが苦痛でしかなかった。
小中学校のとき夏休みの宿題の中に読書感想文の宿題があったが、これは選択制だったので、できる限り回避するようにしていた。
ふつうの作文と読書感想文の選択肢があったら、読書感想文は選択しなかった。
それがなぜか今は3日に1回読書感想文を書いている(笑)
本を読んでその感想を読書感想文の形にして文章化までする効用とはなんなのだろう。
青少年読書感想文コンクールのHPには、次のような記載がある。
読書感想文をなぜ書くのかという問いに対して、ほぼ完璧な回答ではないかと思う。
ここからあえて2点あげるとしたら
① 思考の世界に導かれる
② 自分自身の記録
ということ。
この「思考の世界に導かれる」という発想自体が、正直大学生くらいまで皆無だった。
学校の勉強は、問いに対して、正解を探す作業だった。基本的には考えるというより暗記することで乗り切っていた。
現代文の問題で文章読解があったがこれも基本的には書いてある文章の中のどこに正解が書いてあるかを探すという発想でやっていた。
大事そうなところに線を引いて、書いてあることを解答欄に書く以上のことをしていなかったと思う。
「思考を辿る」という発想が皆無であった。
それでもまあ及第点くらいで乗り切れたので、「思考を辿る」という発想を持ち合わせることなく、大人になってしまった。
いま思うとだいぶ損をしていたと思う。
今は、自分の中で「思考を辿る」ということをしようとしたとき、読んだ本の内容を使うというのはとても便利だというふうに思っている。
思考は、例えば「A→B→C」という形で流れる。
この流れを意識する、あるいはちょっとでも分析しておくと、同じような思考の流れが全然違う場面で使えることがある。
思考の流れは、丸暗記をするのはきつい。
ただ一度辿っておくと、一回通った道をなんとなく覚えているくらいの感覚でなんとなく残っている。
そうすると、なんかそういうのあったなと引っかかるくらいにはなる気がしている。
たとえば、この前読んだ「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆著)でノイズという概念がでてきた。
現代人は、忙しすぎて余裕がない、あるいは、コスパ重視で良い役に立つ情報を手に入れようとして、余計な他人の歴史や社会の文脈が入ったノイズを避ける傾向がある。
これは、「意味があると思っている内側」と「意味がないと思っている外側」があるとしたら、意味がない外側はコスパが悪いから排除するという発想である(著者は、そんな社会は嫌だという)。
この発想は、あとで別の場面で使えることがある。
例えば、『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩著)では、「衝動」という概念が出てくる。
これは、外から幽霊的なものがとりつくメタファーに導かれて、「なんでそこまでやるの」という偏愛的な衝動が自分を突き動かすという内容である。
つまり、「意味がないと思っていた外側」が幽霊的な衝動となって自分を突き動かす、場合によっては人生のレールを外れるレベルのパワーになるということもできる。
そうすると、「意味がないと思っていた外側=ノイズ」は、意味がないからと排除することがあまりにもったいない、とつながってくる。
ノイズがない社会は嫌だというよりはむしろ、ノイズがない社会というのはもしかしたら危ないのではないかという発想に至る。
このように「意味がないと思っている外側VS意味があると思っている内側」の発想は、他の場面でもしょっちゅう出てくる気がする。
例えば、逆に、仕事をしていてこの仕事に集中しなきゃ!と思ったら、その間意味がないと思っている外側は頭からいったん排除して、意味があると思っている内側に集中したほうがいいということもある(たとえば、前読んだ先延ばしと挫折をなくす計画術や30分仕事術)。
思考とか発想とかは丸暗記するのはきついが、一回辿っておいて記録をしておけば、あとで役に立つと思う。
この「思考を辿る」という行為をして、それを文章化してあとで読み返せるように残しておくのが読書感想文ではないかと思っている。
(実際、さっきの「ノイズ」とか「衝動」は、noteに残していたから、すぐ引っ張り出せた、残していなかったら私にはムリ…)。
こういうのは、ストックとしていろいろためておきたくなってくる(そういえば、昨日はストックとフローのことを書いたなぁなどとまた思い出す。際限ないからやめておきます笑)。
あとは、個人的には小説が苦手なので、物語の感想文もかけるようになりたいなぁ。
まあ、そんなわけで、読書感想文の効用は、とても大きいと最近思っています。思考の世界に導かれ、自分自身の記録に残して、自分の中の<内なる図書館>を充実させて、今日一日を最高の一日にしよう、そんな感じです。
ということで、「今日一日を最高の一日に」
起床 5:17
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