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第十一話: 世界で一番、観光客の少ない世界遺産? 前編

世界遺産、皆様は何ヶ所くらい行った事があるでしょうか?

ちなみに日本には現在、25ヶ所の世界遺産があるそうです。私が過去に行った事のある場所を調べてみたら、

(登録が古い順に)

姫路城
古都京都の文化財
原爆ドーム
厳島神社
知床
ル・コルビジェの建築作品(国立西洋美術館)
北海道、北東北の縄文遺跡群

・・・意外にも7ヶ所も行ってました。

最後の北海道、北東北の縄文遺跡群に関しては大学を中退した後に何とか潜り込んだ期間雇用の職場が北海道の埋蔵文化財保存センターだったので、その時に遺跡を観に行ったりした事があったし、北海道と北東北地域に限って、弥生時代が無く続縄文時代と呼ばれているなんて事を知っていると言う程度なのですが。

簡単な解説: 昔の知識なので、現在との認識で間違っている可能性はありますが。
縄文時代と弥生時代を明確に区別するポイントは『稲作が行われていたか』だけなんだそうで。
なので、環境的に稲作が出来ない北海道や北東北地方の遺跡から見た目は弥生式土器が出土しても、その地域の年代として『弥生時代』には該当しないと。なので、その時代を区別する為に『続縄文時代』と言う、北海道特有の呼び名があるんだそうです。

話がとても脱線していますが、意外と世界遺産行ってるんだな、私。

ラオスの話に戻りましょう。

チャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺産群

と言うのが、世界遺産としての正式名称みたいです。

私の住んでいたラオスのパクセーと言う街がそのチャンパサック県の県庁所在地と言うか、かつてチャンパサック王朝があり、そのチャンパサック王が住んでいたと言われる宮殿がある。(現在はホテルになっているんですが、王朝を追われた人達が化けて出てくる幽霊ホテルなんて地元民からは呼ばれていました)

そのパクセーから、メコン川を超えて・・・そうそう、ラオスの中でも珍しい地域なのですが、このパクセーがほぼ唯一、メコン川上に国境が無いのです。更にそこからチョンメックと言う場所に国境があって・・・この話は次回。

2月の後半だったか、ちょうどこのワットプー遺跡で年に一度のお祭りがあると。お祭り期間中はワットプーに行く為のラオス人で大渋滞を起こす程になるらしいのですが、私が行ったのは最終日の昼頃でして、流石にそれほどまでは混んでいませんでした。

まぁ、なんでそんな渋滞になるのかと言うと、パクセーからワットプーに向かう途中に橋がありまして、その橋が車一台分の道幅しか無いので常に交互通行になるからってのと、そもそも道路が片側交互通行の道が一本だけなので、イベントがある時だけ、物凄く混雑するってだけの話。

駐車場に車を止めて、そこからワットプーの参道と言うか、道の脇には縁日の屋台が並んでいて、とある場所は特設のイベントスペースのようになっていて、昨晩はさぞかし踊り狂ったんだろうなと言うようなプラスチックカップと、屋台飯を入れていた紙皿なんかが散乱している姿を見ながら、ようやく遺跡の前に到着。

プラーサート・ワット・プー

と言うのが本来の呼び名。現在の建物は11世紀位に建造された元々はヒンドゥー教の寺院なのですがその後、上座部仏教へと改宗されて現在に至る

現在の形では無いにしろ、4〜6世紀には既に寺院として使われていたらしく、その寺院の方向から真っ直ぐ伸びていく道を辿ると、アンコール・ワットに繋がっていると言う話。

さて、そんなわけでワットプーの真下にある建物も興味深い作りで、中々凄いのですが、それよりも何よりも酷いのが、そこからワット(御神体のあるお寺)に入るための道がまた、とんでもない段差だし、足の向きを階段のヘリと水平に保たないとバランスが取れないような道。

逆にどうしてこんなに危険すぎる道なのに、ラオス人の人達は何事もなかったようにスタスタ登り降り出来るのか。

寺院のある上に登ると、なんというか、気圧の関係なのか、少し気持ちが前向きになる。

寺院からみた光景はとても美しくて綺麗でした。

写真が多めになりそうなので、今回はここまで。

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