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食用油と健康の逆説III:飽和脂肪酸悪玉説と矛盾

前回の記事はこちら

健康的な油になった!?植物油

アメリカでは1945年頃から、大豆油が綿実油に代わって使われるようになりました。


1950年代になると、アンセル・キーズという人物が飽和脂肪酸悪玉説(食事ー心臓病仮説)を発表しました。[1][2][3]

飽和脂肪酸悪玉説の追い風となったのは、1955年にアイゼンハワー大統領が心臓発作で倒れた事件にあります。
この事件によってアメリカ国民が、食事と心臓病との関係に関心を示すようになりました。


その後、天然の脂肪を植物油に置き換えた食事を長期間続けた実験で、植物油によって人のコレステロール値が下がり、心臓病のリスクを低下させるという仮説が示唆されました。[4][5]


アメリカ心臓協会(AHA)はこの仮説を批判しました。これまでに、脂肪を置き換えてコレステロール値が下がったことで、心臓病を予防できるという研究や根拠が無かったからです。(今も変わりません逆にコレステロール低下であらゆる病気になりやすくなる)

この問題は発生している症状(アテローム性動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞)に焦点を当てているわけではなく、血清コレステロール、血清脂質、血清LDLコレステロールに焦点が当てられており、ただの統計的な関連があるだけで、小集団や個人には必ずしも当てはまらない。

したがって、1回の測定に基づくデータは非常に不正確である可能性があり、長期間繰り返し観察することでデータを確保する必要がある。

(中略)

アテローム性動脈硬化の合併症の因子となるのは動脈性高血圧であり、合併症の発生率と血清コレステロール値の間に明かな関連はみられなかった。

[6]Atherosclerosis and the fat content of the diet.
Circulation. Aug 1957;16(2):163-178.

と、結論を出していました。[6]

しかし6年後の1961年、AHAの委員会の3人のメンバーが脱退し、飽和脂肪酸悪玉説を提唱したアンセル・キーズを含む4人がAHAに加入すると、状況は一変しました。


AHAは心臓病の原因は飽和脂肪酸や悪玉コレステロールにあるとし、飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えることを推奨したのです。[7]

その後、多くの研究者が飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換える臨床試験を発表しましたが、そのほとんどが不十分なものでした。


飽和脂肪酸悪玉説を具体的に検証したランダム化比較試験は6件しか発表されておらず、そのどれもが飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えることで死亡率が低下することは示せませんでした。


代わりに、飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えたことによって、数年後にがんと心臓病のリスクを増加させることが示唆されました。


こういった経緯があったにも関わらず、飽和脂肪酸悪玉説が一般的になり、調理には植物油を使うのが一般的になりました。
しかし近年になってようやく、疑問をあげる声が増えてきました。


植物油にまつわる疑惑の数々については、シリーズIVからVIIで紹介します。

植物油にまつわる不都合なグラフ

長年にわたって、植物油は健康的なものと信じられています。
アメリカの例が一番分かりやすいので、中心に解説します。


こちらはアメリカにおける植物油普及のグラフです。(図1)

植物油は1960年ごろから急激に普及しています。[8]
特にオメガ6のリノール酸の普及とエネルギーに占める割合が著しく増加しています。(図2)

2015年に発表されたシステマチック・レビューでは、アメリカにおける1959年〜2008年の間に、身体の脂肪組織に蓄積されたリノール酸は136%増加したことが調査されています。[9]


一方で動物性脂肪であるラードやバターは激減しています。(図3)

キーズが唱えた飽和脂肪酸悪玉説によれば、これだけ植物油が普及し、飽和脂肪酸である動物性脂肪が減少すれば心臓病は減るはずです。
しかし、心臓血管疾患による死亡率推移が、右肩あがりで増加しています。[10](図4)

なお1960年頃は、アメリカでは心臓病の危険因子の一つとされる喫煙率が最も高かった時期になります。近代化も進み大気汚染も進んでいる時代でもあります。


一方で、糖尿病の有病率が1958年の0.93%から1975年には2.29%、1985年には2.62%、1995年には3.30%、2005年には5.61%、そして2015年には7.40%、2,340万人にまで増加しています[11]。(図5)

一般的に糖尿病や肥満の原因とされている炭水化物や砂糖は、2000年くらいをピークに減少しています。(図6)
しかし、糖尿病患者は増え続ける一方です。

obesity:肥満 carb:炭水化物 sugar:砂糖

OECD加盟国の生産年齢人口における肥満率の増加は、世界的に男女とも増加していますが、中でもアメリカの肥満率が群を抜いています。[12](図7)

アメリカでのがんに関しては、罹患率は男女ともに増加傾向で、男性では減少傾向です。男性での1990年代初めの男性の罹患率の急上昇は、前立腺特異抗原(PSA)検査が急速に普及した結果となっています。(図8)

部位別にみると、男性は前立腺、腎臓、皮膚、肝臓、甲状腺のがんが増加していて、女性では乳房、肺と気管支、皮膚、甲状腺、肝臓のがんが増加しています。(図9)

図9のグラフで見えない部分が、20~49歳の罹患率が女性の方が男性より約80%高いのに対し、75歳以上では男性の方が50%近く高い。というものです。[13]


一方でがんの死亡率は低下しています。これはアメリカでも同じだと思いますが、日本の場合はがんに罹患しても肺炎で亡くなれば、死亡理由は肺炎とカウントされます。


心臓病やがんに関してはあくまで統計の結果ですので、グラフだけ見ても因果関係が分かりません。
病気には複数の危険因子や人種差などが絡み合いますし、外科手術も向上しているのでその疾患での死亡率にはばらつきがあります。


ただし脂肪、特にPUFAであるオメガ6の摂取と身体へのオメガ6(リノール酸)の蓄積、肥満と糖尿病が激増しているのは確かです。こちらもあくまで因果関係ではなく相関関係となります。

日本のデータに関しては、こちらをご覧ください。

飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸の違い

悪玉と呼ばれている飽和脂肪酸と、必須脂肪酸と呼ばれている多価不飽和脂肪酸(PUFA)や不飽和脂肪酸との大きな違いは何かというと、

飽和脂肪酸は酸化しない。
不飽和脂肪酸は酸化する。


という特徴で、こちらでも紹介したように炭素の二重結合があるかどうかで変わります。

PUFAの酸化と病気の関連は、過去にたくさん指摘されています。特に2010年以降、多くの文献が発表されています。
特に近年では、PUFAと過剰な鉄との酸化反応で起こるフェロトーシスに多くの注目が集まっています。

後にオメガ3と合わせて、PUFA過剰でどうして病気が起こり得るのか、シリーズVIIIで詳しく解説する予定です。

イスラエルのパラドックス

イスラエルでは、PUFA(特にオメガ6)の摂取量がアメリカよりも8%、ヨーロッパ諸国よりも10〜12%高いと調査によって判明しています。
にもかかわらず、イスラエルでは心血管疾患、高血圧、2型糖尿病、肥満の有病率が高くなっています。


これはイスラエルのパラドックス(逆説)[14]といわれています。

文献内でも、

これらはすべて高インスリン血症(HI)およびインスリン抵抗性(IR)(糖尿病のようにインスリンがあっても細胞にインスリンが入れない状態)と関連している。

研究では、オメガ6系リノール酸の大量摂取は、脂質過酸化や活性酸素の元となることに加え、HIやIRを悪化させる可能性が示唆されている。

したがって、むしろ有益であるよりも、高オメガ6 PUFA食は、高インスリン血症、アテローム性動脈硬化症および腫瘍形成で、いくつかの長期的な副作用がある可能性がある。

[14]Diet and disease--the Israeli paradox: possible dangers of a high omega-6 polyunsaturated fatty acid diet.
Isr J Med Sci . 1996 Nov;32(11):1134-43.

と結論を出しています。

[14]Diet and disease--the Israeli paradox: possible dangers of a high omega-6 polyunsaturated fatty acid diet.
Isr J Med Sci . 1996 Nov;32(11):1134-43.


イスラエルでは少なくとも、植物油を使うと健康になるどころか、病気が増えています。
この結論は最も真っ当なものです。
なぜかについてはシリーズVIIIで解説する予定です。


つづく

【参考文献】

[1]Effects of diet on blood lipids in man.
Clin Chem 1955; 1:34–52.

[2]Studies on serum cholesterol and other characteristics of clinically healthy men in Naples.
Arch Intern Med 1954; 93:328.

[3]Studies on the diet, body fatness and serum cholesterol in Madrid, Spain.
Metabolism 1954; 3:195–212.

[4] Dietary modification of serum cholesterol and phospholipid levels.
J Clin Endocrinol Metab . 1952 Jul;12(7):909-13.

[5] Effect on human serum lipids of substituting plant for animal fat in diet
Proc Soc Exp Biol Med . 1954 Aug-Sep;86(4):872-8.

[6]Atherosclerosis and the fat content of the diet.
Circulation. Aug 1957;16(2):163-178.

[7]The Facts on Fats 50 Years of American Heart Association Dietary Fats Recommendations.
AHA.June.2015.

[8]Changes in consumption of omega-3 and omega-6 fatty acids in the United States during the 20th century.
Am J Clin Nutr. 2011 May; 93(5): 950–962.

[9]Increase in Adipose Tissue Linoleic Acid of US Adults in the Last Half Century.
Adv Nutr . 2015 Nov 13;6(6):660-4.

[10] Heart disease and stroke statistics--2012 update: a report from the American Heart Association.
Circulation . 2012 Jan 3;125(1):e2-e220.

[11]Prevalence and Incidence of Type 2 Diabetes and Prediabetes.
In: Diabetes in America. 3rd edition. Bethesda (MD): National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases (US); 2018 Aug. CHAPTER 3.

[12]Obesity and the Economics of Prevention.
OECD Report23 September 2010.

[13]Cancer statistics, 2023.
CA Cancer J Clin . 2023 Jan;73(1):17-48.

[14]Diet and disease--the Israeli paradox: possible dangers of a high omega-6 polyunsaturated fatty acid diet.
Isr J Med Sci . 1996 Nov;32(11):1134-43.

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