【#53】ウルトラ―ダッシュモーターは使用禁止です
1997年(平成9年)4月9日【水】
半蔵 10歳 小学校(5年生)
先生が前宙を披露すると、教室は爆発音のような拍手で満たされた。
「このように、先生は運動が得意です。1年間よろしくお願いします!」
(うおぉぉぉぉぉ!)
新しくやってきた先生。
それだけでワクワクするのに、この先生は男である。
しかも、運動が得意だなんて・・・・・・!
「先生は何歳ですか?」
「25歳だよ」
やったぜ。
若い男の先生なんて、可児小学校には今までいなかった。
最高の一年間になりそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先生の自己紹介のあと、5年生最初の学活が始まった。
隣の子は、えらく背筋をピンと伸ばして座っている。
疲れないのだろうか?
「仮のグループと仮の班長さんは、黒板に貼ってある紙のとおりです」
おっ、隣のこの子が班長か。
班長といえば優菜ちゃんを思い出す――。
今回のクラス替えでも、別のクラスになってしまった。
最近、また普通に話せるようになっていただけに残念だ。
廊下ですれ違ったとき、『リアルバウト餓狼伝説スペシャルで、ブレイクスパイラルを出せるようになったよ』と言っていたから元気なのだろう。
「今からグループ隊形にして、自己紹介をしてください。班長さんから時計周りに話しましょう」
僕らは4つの机をくっつける。
全員、初めて同じクラスになる子だった。
「愛川美緒です。好きなことは、ピアノを弾くことです」
隣の子は、愛川さんというらしい。
初めて同じクラスになる子だ。
「美緒ちゃん、今年もピアノ伴奏よろしくね!!」
「愛川さんが同じ班でよかった~。また勉強教えてよ」
この3人は顔見知りのようだ。
こうして、新しいクラスでの生活が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、えんぴつ削ってない・・・・・・」
「私のを貸してあげますよ」
「消しゴム、忘れちゃった」
「ふふっ、よかったらこれを使ってください」
なんて優しい子なんだ。
愛川さんは、僕が困ったときに、笑顔で手を差し伸べてくれる。
そう思っていると、後ろの席から声をかけられた。
「服部くん、幸せよ。美緒ちゃんのとなりになると、勉強が得意になるの」
「美緒ちゃんが教えてくれるからね。前の先生が、『愛川さんは学校でいちばん頭がいい』って言ってたよ」
へぇ、そうなのか。
どうやら僕はラッキーなようだ。
「や、やめてください。でも、困ったことがあったら何でも聞いてほしいです」
愛川さんとなら、仲良くやっていけそうである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さようなら!」
「「「さようなら!!!」
今日は新学期なので、早帰りの日だ。
時刻はまだ11時30分である。
録画しておいた『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』をゆっくり観ることができそうだ。
僕は教室を飛び出す。
(しめた、まだ誰もいないぞ)
全速力でダッシュをし、トップスピードに乗ろうとしたとき――
「待ちなさい!!」
背中にどなり声が刺さる。
首だけ振り返ると、愛川美緒さんが仁王立ちしていた。
「なんで廊下走ってんの?」
「え・・・・・・」
眉毛の吊り上がった愛川さんが、大股で近づいてくる。
「走り出した場所からやり直しなさい」
なんかさっきまでと喋り方が違う・・・・・・。
「ごめん、急いでるからっ」
反転し、再び走り出そうとすると、右腕を思い切り掴まれた。
「私ね、ルールを破る男子が許せないの」
「なにぃ!?」
僕が前のめりになった瞬間。
僕と愛川さんの前に、誰かが割って入った。
「廊下は走ったらダメだもんな。半蔵、オレと一緒にやり直そう」
イイケンだ。
「な?戻ろ戻ろ」
イイケンに背中を押され、教室まで戻る。
僕が歩いて下駄箱に着くまで、愛川さんは腕組したまま“監視”していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食を食べながら、僕は愛川さんのことをお母さんに話した。
「っていうことがあったんだよ」
「ふぅん」
「イイケンから聞いたけど、ふざける男子が嫌いなんだって。敵に回すと、面倒なんだって」
「見てごらん、この子は相変わらず可愛いわねぇ」
お母さんはテレビのCMに映っている女の子に見とれている。
最近、CMやドラマで見かけるようになった子だ。
「お母さん!聞いてるの!?」
「聞いてる聞いてる。でも、それはアンタが悪いんじゃないの?廊下を走ったんだから」
たしかに、走った僕が悪い。
「でもあんな言い方はないよ」
お母さんはニュースが気になるらしく、テレビ画面を見たまま曖昧にうなずく。
「またオショクジケンか。えらい人なんだから真面目にやってもらわないと困るわ」
『お食事券』に、いいも悪いもないだろう?
愛川美緒さん・・・・・・。
はたしてあの子と、うまくやっていけるのだろうか?
(つづく)