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【#53】ウルトラ―ダッシュモーターは使用禁止です

平成。

それは「ポケットビスケッツ」がミリオンを達成するような時代。
この小説は、当時の事件・流行・ゲームを振り返りながら進む。

主人公・半蔵はんぞうは、7人の女性との出会いを通して成長する。
中学生になった半蔵が大地讃頌を歌うとき、何かが起こる!?

この記事は、連載小説『1986年生まれの僕が大地讃頌を歌うとき』の一編です。

←前の話  第1話  目次


1997年(平成9年)4月9日【水】 
半蔵はんぞう  10歳  小学校(5年生)



先生が前宙を披露すると、教室は爆発音のような拍手で満たされた。

 

「このように、先生は運動が得意です。1年間よろしくお願いします!」

 

(うおぉぉぉぉぉ!)

 

新しくやってきた先生。

それだけでワクワクするのに、この先生は男である。

しかも、運動が得意だなんて・・・・・・!

 

【※】
 思い出していただきたい。小学校の先生は、女性が多かったのでは?
 
 中学・高校と違って小学校の先生は一般的に女性が多い。したがって、男性の先生は人気になる傾向がある。
 教員側としても、力仕事などを任せられるので重宝される。

 

 「先生は何歳ですか?」

「25歳だよ」

 

やったぜ。

若い男の先生なんて、可児小学校には今までいなかった。

最高の一年間になりそうだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  

先生の自己紹介のあと、5年生最初の学活が始まった。

 

隣の子は、えらく背筋をピンと伸ばして座っている。

疲れないのだろうか?

 

 

「仮のグループと仮の班長さんは、黒板に貼ってある紙のとおりです」

 

おっ、隣のこの子が班長か。

班長といえば優菜ちゃんを思い出す――。

 

今回のクラス替えでも、別のクラスになってしまった。
最近、また普通に話せるようになっていただけに残念だ。

廊下ですれ違ったとき、『リアルバウト餓狼伝説スペシャルで、ブレイクスパイラルを出せるようになったよ』と言っていたから元気なのだろう。

 

【※】
『ダック・キング』というキャラの超必殺技。

 コマンドが【←↙↓ ↘→↗↓+BC同時押し】と格闘ゲーム史上屈指の難解さである。(初見では「 押したらジャンプしちゃうじゃん」と誰もが思ったはず。そのうえ、投げ技=近距離でないと出せない)。

 しかし、高威力&演出がカッコイイので、決まった時は爽快感と達成感で多くのゲーマーを魅了した。


「今からグループ隊形にして、自己紹介をしてください。班長さんから時計周りに話しましょう」

 

 

僕らは4つの机をくっつける。

全員、初めて同じクラスになる子だった。

 

愛川美緒です。好きなことは、ピアノを弾くことです」


隣の子は、愛川さんというらしい。
初めて同じクラスになる子だ。



「美緒ちゃん、今年もピアノ伴奏よろしくね!!」

「愛川さんが同じ班でよかった~。また勉強教えてよ」

 

この3人は顔見知りのようだ。

こうして、新しいクラスでの生活が始まった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あっ、えんぴつ削ってない・・・・・・」

「私のを貸してあげますよ」

 

「消しゴム、忘れちゃった」

「ふふっ、よかったらこれを使ってください」

 

 
なんて優しい子なんだ。
愛川さんは、僕が困ったときに、笑顔で手を差し伸べてくれる。



そう思っていると、後ろの席から声をかけられた。


「服部くん、幸せよ。美緒ちゃんのとなりになると、勉強が得意になるの」

「美緒ちゃんが教えてくれるからね。前の先生が、『愛川さんは学校でいちばん頭がいい』って言ってたよ」


へぇ、そうなのか。
どうやら僕はラッキーなようだ。


「や、やめてください。でも、困ったことがあったら何でも聞いてほしいです」

 
 愛川さんとなら、仲良くやっていけそうである。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「さようなら!」

「「「さようなら!!!」

 

今日は新学期なので、早帰りの日だ。

時刻はまだ11時30分である。

録画しておいた爆走兄弟レッツ&ゴー!!をゆっくり観ることができそうだ。


【※】
 1996年から1998年にかけて放映されたアニメ。
 キャラクターの耳が、とにかく大きい。

 この頃はミニ四駆が流行していた。
 『ウルトラダッシュモーター』のように、大会では禁止されるほどの部品も流通していた。


 

僕は教室を飛び出す。

(しめた、まだ誰もいないぞ)


全速力でダッシュをし、トップスピードに乗ろうとしたとき――

 

 

「待ちなさい!!」

 

背中にどなり声が刺さる。

 

首だけ振り返ると、愛川美緒さんが仁王立ちしていた。

 


「なんで廊下走ってんの?」

「え・・・・・・」


 

眉毛の吊り上がった愛川さんが、大股で近づいてくる。

 

「走り出した場所からやり直しなさい」


なんかさっきまでと喋り方が違う・・・・・・。



「ごめん、急いでるからっ」

 

 反転し、再び走り出そうとすると、右腕を思い切り掴まれた。

 

「私ね、ルールを破る男子が許せないの

「なにぃ!?」

 


僕が前のめりになった瞬間。

僕と愛川さんの前に、誰かが割って入った。

 

「廊下は走ったらダメだもんな。半蔵、オレと一緒にやり直そう」

 

イイケンだ。


 

「な?戻ろ戻ろ」

 

イイケンに背中を押され、教室まで戻る。

僕が歩いて下駄箱に着くまで、愛川さんは腕組したまま“監視”していた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

夕食を食べながら、僕は愛川さんのことをお母さんに話した。

 


「っていうことがあったんだよ」

「ふぅん」

「イイケンから聞いたけど、ふざける男子が嫌いなんだって。敵に回すと、面倒なんだって」

「見てごらん、この子は相変わらず可愛いわねぇ」

 

お母さんはテレビのCMに映っている女の子に見とれている。

最近、CMやドラマで見かけるようになった子だ。

 

 

「お母さん!聞いてるの!?」

「聞いてる聞いてる。でも、それはアンタが悪いんじゃないの?廊下を走ったんだから」

 

たしかに、走った僕が悪い。

 

「でもあんな言い方はないよ」

 

お母さんはニュースが気になるらしく、テレビ画面を見たまま曖昧にうなずく。

 

またオショクジケンか。えらい人なんだから真面目にやってもらわないと困るわ」

 


『お食事券』に、いいも悪いもないだろう?


【※】
 『オショクジケン』とは、もちろん『汚職事件』のこと。
 完全に『お食事券』だと思っていたため、何が悪いのか理解できなかった。


愛川美緒さん・・・・・・。
はたしてあの子と、うまくやっていけるのだろうか?


(つづく)

次の話→

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