見出し画像

本と育つ、本で育つ 夏のお楽しみ

小学校の夏休み。嬉しい!長い休み自体も嬉しいけれど、もう一つ別の理由がある。それは「課題図書」を買ってもらえること。終業式の日のお楽しみは、宿題などと一緒に配られるその夏の「全国課題図書」一覧。他の配布物は脇に置いて、まずはこの一覧をざっと上から下まで眺める。「読んだことのある本はあるかな?」もちろん無いほうが良い。これから読める本が増えるのだから。初めて目にする題の本は、付記してある簡単な紹介文から内容を想像する。買ってもらう本の選別が早速頭の中で始まる。
7月は私にとって年に一度の「本の大収穫月」。私の誕生日は7月。誕生日プレゼントは毎年五千円分の「何か好きなもの」で、私はいつも「本」だった。今は本もだいぶ高くなってしまったけれど、当時は五千円あれば結構な冊数を買うことが出来た(もちろんなるべく文庫本を買う)。しかも課題図書は夏休みの宿題(読書感想文)に必要なので、二冊か三冊別に買ってもらえるのだ。弟が二人いたので、合わせると収穫はずいぶん増える。弟たちとは喧嘩ばかりしていたけれど、この時は三人兄弟で良かった!と心から思えた。彼らの選ぶ本は私の好みでない場合も多かったけれど…とにかく冊数は多いほど良い。誕生日と課題図書三人分。二つが重なって、7月は大好きな本がたくさん手に入る、私にとっては最高の月だった。
休みが始まると早速母を急かして大きな本屋さんへ。最寄り駅には児童書を豊富に扱う店が無く、いつも渋谷の大盛堂書店へ出かけた。スクランブル交差点からすぐの大通りに面した小さなビル。その右脇部に入口があって、まるでビルとビルの隙間に入っていくような感覚だった。「本のデパート」大盛堂、まずはこの狭い入口が「本の世界へ入るぞ」という気分にさせてくれる。二階以上はこれも小さくて息苦しくなるようなエレベーターに乗るか、階段を使った。店内はとにかくどこもかしこも本だらけ、「本が並んでいる」というより「ところ狭しと本が積んである」という印象だ。通路にも本が積んであったような?これは私の記憶違いかもしれないけれど。
古くて天井が低くて圧迫感のある建物、窓も無く(実際にはあったがカーテンで覆われ、その前も本だらけであった気がする)、照明もさして明るく無く、「デパート」というイメージからは程遠い「本のデパート」。しかし、溢れんばかりの本の迫力に押し潰されそうになりながら、小学生の私はそこに明るい未来を感じていた。「世の中にはこんなにたくさん本がある!毎日どれだけ読んでも大丈夫!」
さんざん迷って計算して五千円分の本も決まり、レジに本を積み上げる嬉しさ。ずっしりと重たい紙袋を提げて地下鉄に乗る帰り道、空いた座席に座った私は早速一冊目を取り出す…。
休みのはじめに買ってもらう本を読める夏休み。そして毎日好きなだけ読んでも読み尽くす心配がなく、一生読み続けてゆけそうな楽しい人生。あの頃の私は本さえあれば本当に幸せだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?