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成果を出すための「ビジネスセンス」の磨き方:アイリスオーヤマから学ぶ成功の方程式


1.成果を出す人が身に着けている「ビジネスセンス」

以前公開した以下の投稿にて、ビジネスにおいて仕事の出来る人、成果を出す人というのは独自の「ビジネスセンス」を備えている、という説を提唱した。

筆者もそのような「ビジネスセンス」を身に着けるべく、そのために肝となると考えているアナロジー力(*1)トレーニングを定期的に行っている。

*1:アナロジー力とは、日本語にすると類推という意味で、ある事象から汎用性の高い要素を抽出して、他の事象でもその要素を当てはめる思考法のことである。
回転ずしのシステムはビール工場のベルトコンベヤーのぐるぐる回る仕組みから発想されたというのが、その例である。

アナロジー力トレーニングは、以下の2つのStepからなる。
Step 1.優良なビジネスモデルの成功要因を分析
Step 2.成功要因を抽象化し、他の事例に横展開してみる

今回は、ポーター賞(*2)受賞企業であるアイリスオーヤマを題材としたトレーニングを行ったので、その内容を記していきたい。
(*2:一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻が運営)
筆者のみならず、事業戦略担当者、商品・営業企画担当者など、ビジネスモデルの企画に携わるような方にとっても、

・良質なビジネスモデルをインプットする
・成功要因を抽象化した上で横展開する思考回路を鍛える

ための機会になれば幸いである。

ちなみに本稿は「ビジネスセンス」の磨き方シリーズとしては3つめになるので、過去のものもご覧になりたい方がいれば↓にまとめております。

#1:丸亀製麺

#2:中川政七商店

2.演習3:アイリスオーヤマはなぜ成功したのか?

2-1. 概要

アイリスオーヤマはざっくりと言えば、生活用品メーカーであるが、その事業領域はかなり手広い。
もともとはプラスチック製品の下請製造からはじまり、中身が見える収納ケースをはじめとした自社製品の製造をはじめ、更には事業領域を家電や食品(パックごはんや飲料水など)等にも拡大している。
もともとはプラスチック製品の製造に強みがあったが、プラスチックに拘らず製品を開発提供している。
 
通常のメーカーは技術的な強みを軸に事業を展開するイメージがあるが、アイリスオーヤマは技術的な強みには拘らないという逆をいく戦略にも関わらず、90年には売上高が167億円だったところ、99年に1,000億円を超え、2022年の単体では2,506億円(グループ全体では7,900億円)という巨大企業に成長している。
 
なぜアイリスオーヤマはこのように大躍進を遂げられたのだろうか?

2-2. 成功要因の考察

アイリスオーヤマの成功要因を考察するにあたって、以下のビジネスモデルを構成する4つの要素をベースに検討した。(詳細は出所のリンク先を参照)


出所:ダイアモンドオンライン(グロービス学び放題より引用)

独断と偏見で成功要因を分解した結果、以下の2つの要素が成功要因であると考えている。

成功要因(1):開発製造における技術面での差別化が難しくなった成熟市場に潜む顧客ニーズをターゲットとして、(顧客価値の提供の観点)
成功要因(2):それをスピーディに見つけ、応えていくための仕組を作り上げたから(プロセス、経営資源、利益方程式の観点)
(2)-1:メーカーベンダーモデル
(2)-2:徹底した内製化体制
 
以下それぞれについて詳細を述べる。
ちなみに本稿を執筆するにあたって参考にした書籍は以下である。

成功要因(1):成熟市場の潜在ニーズがターゲット

先述の通り、アイリスオーヤマの主戦場は生活用品、家電、食品と一般的には技術的には成熟傾向で分かりやすい差別化は難しく、価格競争に陥りがちな市場である。
 
そのような一見これ以上発展しようがなさそうに見える市場でも、アイリスオーヤマはまだ満たされていない顧客ニーズを発見しターゲットにしている。
特に「機能はSimple、価格はReasonable、品質はGood」という開発コンセプトにも表れているように、必要な機能を絞る代わりに価格をおさえた「ジェネリック」的な領域や、痒いところに手が届くようなアイデア商品的な領域を得意としている。
(例:ヘッドの裏に毛をかき取るためのエチケットブラシを付けた「超吸引毛取りヘッド」を搭載した掃除機。回転ブラシに絡まる髪の毛やペットの毛などのお手入れが簡単に)
 
一見成熟した市場で参入の糸口が見つけづらそうではあるも、まだ他社が注目していないニーズを新たに発見することで、参入のすき間を作り広げていくというユニークなターゲティングが出来ている点が、成熟市場においても成長を続けられた1つの成功要因であると考える。

成功要因(2)-1:潜在ニーズにスピーディに応えるメーカーベンダーモデル

そのような他社が気づいていないようなニーズをいち早く見つけるために、アイリスオーヤマは製造のみならず、問屋機能も自社内に合わせ持つメーカーベンダーというビジネスモデルをとっている。
 
つまり、通常のメーカーは製品を問屋に卸すところまでしか関与しないが、アイリスオーヤマは自らが問屋となり在庫管理、店舗からの受発注対応、物流、店舗での販売企画、店頭販売といった業務も手がけている。
 
そうすることで、中間マージンを省け、Reasonableな価格の実現に貢献することは勿論、顧客ニーズをタイムリーかつ正確に捉えることが出来る。
 
このために、以下のような通常のメーカーであれば一見非合理と思えるような経営プロセスととっており、それが参入障壁になっている。
 
・通常のメーカーの営業は卸にケース単位で販売するだけだが、アイリスオーヤマの営業はケース単位ではなく個店舗からの製品単位での受発注を管理し店頭販促や接客についても企画・実行する
・通常のメーカーであれば、生産効率のため生産拠点は極力集約するが、アイリスオーヤマは店頭の需要変化にいち早く応えるために主要消費地ごとに生産・物流拠点を設けている
・通常のメーカーであれば、自社の技術を磨きロングセラー製品の開発を目指す傾向にあるが、アイリスオーヤマは顧客ニーズ情報の流入源となる小売での棚を多く持続的に確保するため、多様な製品ラインナップを持ち、かつ製品は敢えて新陳代謝させることを目指している

成功要因(2)-2:安価でスピーディな開発製造を実現する徹底した内製体制

メーカーベンダーモデルで潜在ニーズにいち早く気づけたとしても、それに応える製品を作るまでに時間がかかる、或いはコストがかかりすぎてしまっては意味がない。
アイリスオーヤマは、メーカーベンダーモデルで収集した顧客ニーズにスピーディに応えるために徹底した内製体制を構築している。
 
一見、アイリスオーヤマのように多品種の製品を持ち、且つその新陳代謝も激しいとなると自社で生産設備・人材を抱えるよりも製品ごとに適切な設備・人材を持つ外注先を見つけ依頼する方が合理的そうに見える。
だが、アイリスオーヤマ製造機械レベルから内製化を徹底し、かつ多能工化・自動化により多品種生産に安価・かつスピーディに対応出来る体制を構築している。
 
例えば、製造機械であれば、社内に機械エンジニアが在籍しており、安価な汎用機を購入しそれを製品の要件に応じてカスタマイズしている。製品の新陳代謝により要件が変わってもエンジニアがまたカスタマイズすれば良いので設備投資が抑えられるのである。
また、アイリスオーヤマのように新たな発想の製品を開発しようとなると外注先との調整にも時間がかかりがちだが、内製だとその心配もない。
 
また、自動化エンジニアも多数在籍しており、可能な限り製造を自動化出来るように設計する。そうすることで、日々生まれる様々な仕様の新製品が生まれたとしても、人材投資やそれにかかる工数を最小限に対応することが出来る。

成功要因(1)(2)の整合性

このように、アイリスオーヤマは一般的なメーカーの戦い方である、特定の技術的な強みに長期的な目線で人材・設備に投資し、それを活用したロングセラー商品を生み出すことで投資を回収・利益を創出するという戦い方とは真逆の戦法で成長を実現したのだ。
 
筆者の見解では、このようなアイリスオーヤマモデルはどの市場でも通用するかと言うとそうではないと考えている。
例えば、バリューチェーンの上流である開発、製造といった領域での付加価値創出が重要な業界(例:哺乳器市場では、ニッチだがこの領域に集中して長年研究開発を積み重ねたピジョンが国内シェア70%以上(15年)という独壇場を形成している)では通用しにくいだろう。なぜならば、アイリスオーヤマのような身軽な開発製造体制と、1つの領域に腰を据えた開発製造体制はトレードオフだからだ。
一方で、バリューチェーンの上流での差別化余地はほぼなくなり、強いて言うなら下流の物流・販売・サービス面での付加価値の重要性が相対的に上がっているような業界ではアイリスオーヤマのようなモデルが力を発揮しやすい。
実際に、アイリスオーヤマの主戦場は、生活用品・家電・食品といったように技術的には成熟傾向にあり、逆にアイデアやマーケティング・販促といった川下面での差別化の重要度が相対的に増している業界になっている。
 
このように、アイリスオーヤマのすごさは、(1)成熟市場でありながらも潜在ニーズを見つけ出す着眼点であるし、(2)それを実現するメーカーベンダー等の仕組であるのだが、その個々の要因に加えて、敢えて強調したいのが(1)というターゲット市場だからこそ(2)の仕組がはまるという整合性の部分である。
 
というのも、実際はアイリスオーヤマのように「製販一体モデル」を標ぼうする日本企業は割と存在する。
にも関わらず、アイリスオーヤマ程の功績を残している企業が少ない。
その要因は、ターゲット市場の特性と「製販一体モデル」の整合性について整理されていないからだと考えている。
 
例えば、特定の技術を強みに新市場を切り開いてきたようなメーカーがあったとする。
ただその技術領域もコモディティ化が進み中国メーカーが台頭してきている。
そういった環境の中、卸機能を持つ販売会社との提携により「製販一体モデル」を構築し、技術力・販売力を強化しようとしたとする。
ありがちなのは、販売側は自分達が対面する顧客から共有される顕在化したニーズを開発に共有するも、開発側は過去の成功体験から目先のニーズではなく、長期的なニーズをもとに企画したいので販売側の情報は役に立たないと思ってしまうようなケースだ。販売側からしても開発が耳を貸してくれないので、開発は顧客を向いていないと思ってしまう。結果として、製販一体とは名ばかりで、製と販のそれぞれ独立した機能がぶら下がっているだけの状況になる。
 
この場合、経営陣は「製販一体モデル」の前提として、どのような市場ニーズをターゲットとしていくつもりなのか、その市場ニーズに対して「製販一体モデル」がなぜ適切なのかを明確にしなければならない。
 
例えば、これまで強みとしてきた技術領域に固執していてはもう勝ち目はないが、今までは劣後させてきた細かい顧客ニーズにきめ細やかに応えることで差別化出来る可能性があると予測しているのであれば、そのようなニーズをターゲットとしてアイリスオーヤマのような柔軟な開発生産体制に変えていくという戦略方針を経営陣は発信し実行しなければならない。
逆に、まだこれまで強みとしてきた技術領域を軸とした成長余地があるのであれば、既存の開発生産体制をベースに販売からは吸い上げたニーズ情報をフィルタリングする機能も設計しなければならない。
 
このように単に「製販一体モデル」を掲げるのみならず、どのようなニーズをターゲットにしているから、どういう製販一体モデルを目指すという整合性のある戦略ストーリーを明確に示すことが重要であり、アイリスオーヤマと他の多くの企業を分かつ要素はこの整合性の精緻さにあると考えている。

3. 成功方程式の抽出と横展開

3-1. 成功方程式の抽出

以上のアイリスオーヤマの成功要因に関する考察を踏まえ、他の事業への適用を検討出来るように成功の方程式として抽出してみた結果が以下である。
 
(1) 開発製造での技術力ではなくバリューチェーン下流での付加価値の重要性が相対的に増している成熟傾向にある市場において、まだ尚満たされていない潜在ニーズを見つける
 
(2) その潜在ニーズをスピーディに見つけ対応するために、メーカーベンダーモデルを構築する

3-2. 横展開の思考実験

この成功方程式を使う思考の練習をするために、この方程式が当てはまりそうな事例を考えてみる。
 
まず真っ先に思いついたのは総合商社のコンビニ事業の子会社化である。
三菱商事は17年にTOBでローソンを連結子会社化しており、伊藤忠は18年にユニー・ファミリーマートHDを子会社化、20年に非公開化し実質完全子会社化した。
特に伊藤忠に関しては、伊藤忠の実質完全子会社になって以降、業績改善を続け、4年を経たいま2024年2月期のファミマにおける事業利益は過去最高となった。
出所:BUSINESS INSIDER
 
伊藤忠は国内のコンビニ業界を取り巻く環境の厳しさは認識するものの、川下の消費者ニーズを精緻に捉え、伊藤忠グループの総合力を生かした新しいビジネスモデルを作ることで付加価値の向上を狙う目論見である。
実際に、伊藤忠の原料・食材供給網やファミマの消費者理解・接点などを活かして、卵やバターなど動物性食材を使わずにチョコレートなどを製造するスイーツの新たなブランド展開を企画している。
 
これはまさにアイリスオーヤマのように、開発製造面では大きなイノベーションは見込めない業界において、伊藤忠グループとファミマでメーカーベンダーのようなビジネスモデルを作り、消費者のニーズの細かい変化を早期に察知してバリューチェーンの川下側での付加価値向上によるシェア拡大を狙う動きと言える。
 
次に思い浮かんだのは、以前仕事で関わったことのあるBtoBの某通信機械部品メーカーである。このメーカーはある技術領域においてシェアトップの地位を確立しているのだが、既に技術は成熟しており、中国メーカーの台頭リスクも囁かれていた。
そんな中、そのような主要事業への依存度を下げようと周辺領域への事業拡大を推進していた。しかし、これがなかなか上手くいっていなかったのである。
このメーカーは過去の成功体験に由来する「技術に投資しそれを強くして回収する」という考えを持っているため、周辺領域でも技術が強そうな領域を買収などで取り込んでいたのだが、結局その技術が思った程売れないというようなことを繰り返していた。
そんな中で、競合企業はより川下のサービスレイヤーの事業(ソフトウェアで機械を制御する類のサービス)の拡充を進めていた。
こうすることで、通信という利用シーンも拡大し通信量など求められるスペックも高度化している(顧客ニーズが絶妙に変化している)業界において、いち早く顧客ニーズを察知しプロダクト開発に活かす体制を整えようとしているのである。
 
通常のメーカーであれば、某通信機械部品メーカーのように新たに良い技術を開発し育てたくなると思うが、技術そのものでの差別化が難しくなっているような業界で、且つ川下での顧客の細かなニーズを拾う余地がありそうであれば、技術での差別化ではなく、アイリスオーヤマや競合のように川下まで一気通貫して手がけるビジネスモデルでの差別化を志向するのも一考の余地がありそうである。

4.さいごに

以上、アイリスオーヤマの成功要因分析を通じたアナロジー思考のトレーニングを行ったわけであるが、行ってみた感想としては以下の通りである。
 
・これからも業務を通じて様々な業界の戦略に向き合うにあたって、技術的に成熟しているからといって付加価値向上の余地がないと諦めるのは時期尚早。アイリスオーヤマ的な思想での勝ち筋が描けないかという観点も一考の余地がある
 
・とは言え、アイリスオーヤマはターゲットのニーズとビジネスモデルが綺麗に整合しているから強いのであって、実際にアイリス的モデルが適用出来そうなターゲットニーズを嗅ぎつける嗅覚や、(アイリスのモデルをまるパクリするのではなく)そのニーズの特性に沿ってビジネスモデルの設計もカスタマイズするセンスが必要だと感じる
 
ということで、机上では整理してみたものの、実際に現場で活かすとなるとまた別のハードルがあるなぁと感じており、筆者のビジネスセンスはまだまだ向上の余地がありそうである。

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