多摩川のカラオケで拳を突き上げた
「お、アジカン好きなんだ!ソラニン聴いた?めっちゃ良くなかった?」
「あー。聴いたと思うけど、印象に残ってないってことはあんまり良くなかったんだと思う」
「おー、まじか。今度また聴いてみて。オレ漫画のソラニンが好きなんだよね」
ソラニンが劇場上映された2010年。
大学に入学して軽音楽サークルに入り、人生ではじめて組んだコピーバンドのメンバーと、東急の多摩川駅でお昼過ぎに待ち合わせをして、スタジオに向かう道すがらの会話だ。
アジカン好きを公言していて、リライトを演奏したいとゴリ押ししていたギターボーカルは、ソラニンにハマっていなかった、というか恐らく一度も聴いた事が無さそうな感じだった。
バンドサークルに入ったものの、サークルの人たちは音楽というよりかはお酒が好きなようだった。
先輩のライブで演奏されていたのは、流行りのJ-POPが多く、それをやるのもお酒の肴になるから、みたいな理由だった。
それで大騒ぎするのも最初は楽しかったものの、高校時代に教室でソラニンを読んで「やっぱり大学入ったらバンドやろう」と思ってサークルに入った身としては、なんだか物足りなかった。
夏にはサークルの先輩とフジロック行くんだろうなあ、とか妄想していたものの、先輩たちはロッキンにギリギリ行くか行かないか。
後になってサークルのチョイスがミスっていたことを知るが、その時は「ソラニンって、サブカル好きの幻想なのかな」とまで思っていた。
そんなときに、冒頭の会話である。
アジカンを希望の光に心の友だちになるかもしれない候補を見つけたと思ったが、アテが外れたようだった。
僕は少しトボトボした様子で歩きながら、スタジオの入り口を潜ったはずだ。
スタジオでは、新入生歓迎ライブで演奏する予定の、アジカンのリライト、モンパチの小さな恋のうたを練習した。
自分の演奏をアンプに繋いで音を鳴らした時の、そしてみんなで一回合わせてみようと演奏した時の感動は、この日に味わった。
うまく弾けなかったけれど、うまく弾けたところもあって、僕は1人でめちゃくちゃ興奮していた(他のメンバーは、みんなバンド経験者だったから淡々としていた)
スタジオを出てから、カラオケ行こうぜという流れになった。
入ったカラオケでメンバーが入れて歌い出す曲は、やはりJ-POPばかりだった。
「ひょっとして、バンドサークルに入ったら今までカラオケで歌えなかった曲まで歌えるようになるかも?」なんて妄想は、妄想のまま終わってしまった。
マイクが僕に回ってくる。
ソラニンすら知らないけど、アジカンの売れた曲なら大丈夫やろ。そう思って、僕はループ&ループを入れた。
すると、前奏が流れるとバンドメンバーが立ち上がった。そして拳を突き上げてオイオイ言い始めた。
なるほど、ループ&ループがOKなラインなのか。結局サビではみんなで肩を組んで歌い、曲が終わってからもなんだか盛り上がってきて、お酒をどんどん頼んでどんちゃん騒ぎになった。
カラオケを出る時には、街はすっかり暗くなっていた。
みんなでバンドで演奏する予定の曲やカラオケで歌った曲をメドレーみたいに歌いながら、上機嫌で駅に向かった。
会社に出社するために東急に乗って都内に向かう途中、多摩川の景色を見て、そんな10年以上前のことをふと思い出した。
ループ&ループ / ASIAN KUNG-FU GENERATION