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早朝のテロリスト

6月1日 予報は曇りのち雨だったが晴れた。

今日から六月が始まる。
5月31日の夜から6月1日の朝まで徹夜で課題をしていた私は、まだ5月31日に取り残されていた。

提出期限を過ぎた沢山の課題たちを前に、私はやっと重い腰をあげ、課題に取り組み始めた。

課題が半分ほど片付いたところで、時刻は午前2時を過ぎていた。

一休みしようとプレイリストを開き、「smerz」のプレイリストを再生する。
彼らの曲の独特なリズムが部屋中に響き、耳の中で振動する。
程よい緊張感のおかげで集中力がグン、と上がった。
もうすこし頑張ろう。

課題を終え、時間を確認すると3時を過ぎていた。オール確定だ。一限から授業があるので、今から寝ると起きられない可能性がとても高い。

今日の日の出は何時頃だろうか。
オールする日の唯一の楽しみと言えば日の出を見られることだ。スマートフォンで検索をかける。さすがに日の出時刻は体感予想できない。


本日の日の出予想時刻


4:27

あと1時間ほどか。なんだか今日は気分がいい。日の出を見に、すこし外まで出てみようか。

身支度をする間にカメラを充電しておこう。せっかくだから綺麗な景色を記録しておきたい。

携帯の通知音が鳴り、僅かに振動した。
こんな時間に誰だろう。
確認すると、この前一緒に喫茶店に行った友人からの返信だった。こんな時間に起きている人が私以外にいるとは。
日の出を見に行くことを伝えると、同行してくれる事になった。

充電が満タンになったカメラを首から下げ、音を立てないようにそっと家を出る。ぬるりとドアを出ていく感覚が新鮮だ。

通りに出ると、私しかいなかった。
誰もいない世界に迷い込んだみたいだ。
いつもと違った景色に胸が踊る。ぼんやりとした暗さに、いつもは聞くことの出来ない鳥たちの鳴き声。ひんやりと気持ち良い空気が肌を撫で、混じり気のない空気の香りに深く息を吸う。
マスクを外すとその香りはさらに強く私を包んだ。

ブロロロ…という音ともにバイクが走ってきて、新聞配達のお兄さんとすれ違う。
いつもならこの音を自分の部屋から聞いているのに。


なんだかワクワク。

今なら何をしても許されるような気がする。
スキップしたり、昔習っていたバレエのステップを踊ってみたりと、普段なら出来ないようなことをしてみる。思いっきり手を広げても誰にもぶつからない。車道を歩こうが歩道を歩こうが、危険などないのだ。誰の迷惑にもならない。
今、この時間。この場を占拠しているのは私だ。

まるでテロリストだ。

ちょっとカッコつけすぎたかな、と思いながら小さく苦笑い。この瞬間の私なんか誰も見ちゃいない。

鳥の声がかき消されない程度にショパンの「ノクターン op9-2」を流す。ノクターンと聞いて多くの人が思い浮かべるフレーズのところだ。


ノクターン。夜想曲。


夜を想って、ということで真夜中をイメージに作られた曲なのだと思っていたのだが、どうやら最近では明け方と言う説が有力らしい、と誰かに聞いた。

世が更けて、ダンスパーティーもお開きとなる頃に流れる曲をイメージしているのだろうか。だとしたら今のこの状況にピッタリだ。

うっすらと明るくなってきた空。ピンク色と水色のグラデーションが空に広がり、原宿なんかで飲むジュースみたいだ。

この曲にめいいっぱい酔いしれながら自由に踊るのが好きなのだ。誰もいないから私のステップに指摘をする人もいない。まさに自由。

明け方の街を占拠したテロリストはくるくると周りながら、スカートをひらひらと舞わせ、進んでいく。

気がつくと目的の公園まで到着していた。
その頃にはプレイリストから流れる曲は、ショパンではなく「haruka nakamura」になっていた。ちょうど「新しい朝」が流れている。たしかに。今日はそう呼ぶのにふさわしい朝だ。
初めての朝。新しい朝だ。
友人が到着するまで、ブランコに座って待つことにした。目をつぶると、朝の香りと鳥の鳴き声だけが聴こえてくる。それ以外は無だ。
いつもは鳥の鳴き声なんて聞こえないし、朝の香りは排気ガスの香りにかき消されてしまう。道にしたって、いそいそとした人達が行き交うので、ゆったりとした気分になんて浸れない。
でも今日はそんなものが一切感じられない。

時刻は4:25

あと2分ほどで日が昇る。

ふっ、と街灯の灯りが消え、日の出のカウントダウンを始めた。
街灯が消えるのを見たのは初めてだし、日の出のカウントダウンなんてお正月にしかしない。
改めて感じる非日常感に、胸が高鳴る。

静かな公園にざっ、ざっ、と足音が響き、友人と合流する。
待ち合わせを公園にしたは良いものの、木の多いここからは日の出があまりよく見えない。大慌てで開けた道へと向かう。
ひんやりとした風が頬を掠めていく。まるで朝の光から逃げていく影のようだ。
タイムリミットは刻々と迫ってくる。

あぁ、街が目を覚ますまでもう少し。

友人のnoteより

noteを初めた友人はこの日のことをこう表現していたっけ。
(一番下に彼のnoteのリンクを貼っておこう)

人だけじゃなく太陽さえもが私たちを見ていない。この「お天道様が目を瞑ってくれている」時間を惜しむ気持ちが彼の文から伝わってきた。

街を駆け回ってやっと少し開けたところに出て空を見上げる。街はもう、夜のベールを脱ぎ始めていた。
もっと高いところで見たい。
友人がちょうど目の前にあったビルを指す。ビルの隣には螺旋階段があり、それを昇ればかなり高いところまで行けそうだ。

「あそこからなら見れるんじゃない?」

でも…、と躊躇する。勝手に入っていいのだろうか。もちろんこの時間に人はいないだろうし、あそこから見た景色はさぞかし美しいだろう。それに、"この時間だからできること"をもっとしておきたい。
ちょっとしたスリルを求め、階段を登った。
カンカン、と鉄の音が響く。
鉄の音に合わせて自分の気分間でもが上昇していくのを感じた。
運動不足のせいか、1番上に着く頃には息が荒くなっていた。
顔を上げるとそこにはベールを脱いだ街。
静かにじっ、とこちらを見つめている。
朝日の差す街はとても美しかった。ビルの窓に反射した光がキラキラと光り、日の出を祝福している。
あまりの美しさに
「わぁ。」
と声が漏れた。
それ以上の感想はあるけれど、どんな言葉を用いてもこの美しさは表せないだろう。言葉にすればこの美しさは霞んでしまうだろう。

シャッターチャンスを逃していることに気付き、慌ててカメラを構える。
パシャリパシャリ、というカメラ独特の心地よい音が朝日に触れる。いつもより柔らかい。
しん、とした空気も、朝日に溶かされて少しずつ温もりを帯び始めた。まるで春の訪れだ。
彼の方も、先程コンビニで買ったコーヒー片手に朝日に目を細めている。どこか懐かしい物を見る様な目。朝日を前に何を思っているのだろうか。

「いいね」
「いいよね」

簡単な言葉しか出なくなっている私たち。どうやら太陽は朝と引き換えに語彙力を、私たちから奪ってしまうようだった。
暫く朝日を浴びていると体がポカポカと温まってきた。
足元の道路を車が1台通り、街の目覚めを再度伝える。
本格的な朝が始まろうとしている。
朝の始まりと共に、私たちはまた公園に戻ることにした。


公園に戻ると、人が10人ほど集まっていた。こんな朝早くにどうしたのだろうか。
皆ご年配の方たちばかりで、彼らと50歳以上離れている私たちは一際目立つ存在だった。
このちぐはぐな空間に、つい笑ってしまう。彼もおなじようで、おどけた様子だ。
ベンチに座りボーッと彼らを眺めているとさらに人数が増えてきた。
2人して

「なんだなんだ?」

と慌てる。こんな早朝に人が集まる行事ってなんだろうか。

「早起きした人限定のビンゴ大会かもしれない」
「まさか…!当てたい…!!」

なんて茶番劇を始める私たち。
そして集まった人はぞろぞろと公園の中心へと向かっていく。

「まさか…!」
「ミサでも始まるのか…!?」

1人の男性ーーこの中ではまだ若い方だろうか。60代後半くらいに見えるーーが、大型の音楽プレイヤー(名前は覚えていないけれど、運動会などで使う楕円形のやつである。)を持って現れた。
彼がプレイヤーのスイッチを押すと、耳によく慣れた声の懐かしいセリフが流れた。

「ラジオ体操第1番!!」

そう、始まったのはラジオ体操だった。
集まった人々は真剣に声の指示に従って体をほぐし始めた。

「まさかラジオ体操だとは思わなかった。」
「新たな世界に触れてしまった…!」

予想もしなかった展開に面食らっていた私たちだが、彼らの真剣な面持ちに感化されて重い腰を上げた。ラジオ体操なんていつぶりだろうか。

「こんな朝早くに自分がラジオ体操をするとは…」
「健康優良児極まりない。」
「徹夜ですがね。」

初めは冗談を言っていた私たちだが、体を動かしているうちに真面目な表情になっていた。

久しぶりのラジオ体操はなかなかに楽しかった。というより、この空間でするからこそ、面白みがあるのかもしれない。
高齢者に混ざって真剣にラジオ体操をする2人の20代を客観的に想像すると笑えてくる。なかなか目にすることのない光景だ。
この時間がもう少し続けばいいのに。と願う。
そう願ってしまうほど、普段あまり交わらない彼らとラジオ体操を通して心を通わせる感覚は心地がよかった。ワクワク、と心がまた弾んだ。


久しぶりのラジオ体操は存外体を使うもので、大変なものだった。これを毎日のようにこなしていた私は相当凄かったに違いない。

「明日は筋肉痛だ。」
「ラジオ体操後の学生のセリフとは思えない。」

一息つこうと再度ベンチに腰を下ろす。
朝っぱらから運動なんてしたもんだから、もうヘトヘトだ。

「ラジオ体操第6番!!」

先程同様に勢いの良い男性の声が、公園内に響き渡る。

「6番!?」
「6番ってなに、聞いたことないよ。」
「やったことない…」

慌てふためく私たちとは裏腹に、周りはそのまま体を動かし続ける。
先程あれだけ真剣にやったのだから、6番はやらない、となると決まりが悪い。見様見真似でなんとかそれらしく動く。
6番は想像を超える難しさだった。1番と同じ動きかと思えばそれに少しアレンジを加えたものだったり。やったことも無いような動き。
ついて行くのもやっとでカチコチお動く私たちは、傍から見たら1番の高齢者に見えたのではないだろうか。
それにしてもなぜ2番ではなく6番なのか。1番と6番では飛ばしすぎてはないのか。きっとこの謎は一生解けない。

「夏休みのラジオ体操みたいにスタンプカードとかあるのかな?欲しい。」
「あったら楽しいね。毎日来ちゃう。」
「それ、絶対来ないやつが言うセリフ。」

ワクワクと心躍らせる私たちの期待を裏切るように、音楽が止まると人々はまたぞろぞろと帰ってしまった。
ポツンと公園に残された私たちはガックリと肩を落としながらも、まぁこれはこれで良さがある、だなんて言い合う。

早朝のこの時間に集まる、お互い名前も知らぬ人達。彼らを繋ぐのはラジオ体操のみで、それ以上の関係性はない。

そんな不思議な空間に足を踏み入れてしまった私たち。
今日"だけ" 朝"だけ" 若者は私たち"だけ" という特別感がこの徹夜の対価を払ってくれたように感じた。

「また来たいね。」
「起きれるの?」
「起きれないけど。またオールした時に。」
「オール前提の話かよ」

そう言って、私たちも公園を後にする。
バラバラに散っていった彼らのように、次の約束もせずに別れた。
予め約束していては面白くない。今日のように偶然に特別が重なるからこそ楽しく、面白いのだ。
でもこんな日は人生に今日これっきりだろう。

6月1日。

雨予報が外れて晴れた日。

朝から大冒険した日。

朝から特別な体験をした日。

気持ち良く朝を始められた日。


徹夜で体はボロボロだけれど、どこからか力がみなぎってくる。今日は太陽までもが私の味方だ。この朝日と共に6月のスタートを切れた気がする。梅雨の始まりは憂鬱と言うけれど、少なくとも今日は憂鬱からの始まりではなかった。

6月が始まる。
6月がやってきた。
6月も良い月になりますように!!


▼友人のnote

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