「史上最強の哲学入門」は役に立つのか
哲学界のスター選手を簡単にまとめている本はめちゃくちゃある。好きだけども空虚さも感じる。
わたしはいつもタバコを吸ってるという理由でハンナ・アーレントが好き。
何が正しいか「自分でよく考えなさいね。」といっているのも好き。
何もよく考えない自分にはいつもアレントを心に置いておかなきゃいけない。逆をいうとコレくらいしか哲学者から得られたと実感できることがない。ただ、このアレントのコトバも分かった気になって、一言でまとめる仕草がわれながら陳腐っている。
悪の凡庸さを問い直されたときはどうしようかと思ったもんだし、広く一般的に理解されている悪の凡庸さだって【エルサレムのアイヒマン】の最後を読んで、一般的な誤解されている、凡庸さですら辿り着ける人なんて一握りじゃないかと思ってしまう。
史上最強の哲学入門
この本には、アレントは出てこないが(ハイデガーは出てきた)、哲学と冠のつく著名人がわんさか登場する、◯◯はこう言ったが、◯◯はこう言った!!という哲学者同士が持論を被せあう、対立構造がおもしろポイントだった。
その人は哲学者に分類されるのか?と思う人も出てもいるが、アレントの哲学と政治思想との違いもわたしには分からない。
哲学書を読んでも基本は何を言っているかわからない。ぶたに真珠だ。そもそも原書を読めない、和訳を読んでいる。
だから、こういう本を通して「そっかー」と思うのが常だ。
哲学者の言葉はエキサイティングだけど、存在とは何かと真剣に考えてもお財布を出して米とか、ミカンとか買わないといけないのが気にくわない。米とかミカン誰かくれないかな。
でも日常で存在とは何かを考える瞬間がない訳ではなくて、りんごを隠し味にカレーをつくってみたり、赤から鍋にトッピングされたコラーゲンボール、コラーゲンボールをトッピングする子が作ってくれたチョコを入れたナポリタン。
知覚しないと存在とはいえないのではないかと考えている。知覚できなくてもカレーやナポリタンは美味しいんだけど。