時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第14話「不吉な予感」
御陵衛士の屯所がある高台寺月真院に戻った伊藤甲子太郎は、すぐさま残っている隊士に状況を伝えた。
土佐藩の置かれている立場、薩摩藩の考えていることなど、包み隠さず話をした。
そして、一段落したら高台寺隊を解散し、新選組本隊に戻れるように近藤勇に話をつけると約束した。
早速、毛内有之介が河原町の菊屋で監視をしている隊士に、それらを伝える役に選ばれた。毛内は伊東が江戸から新選組に加わる時に、一緒に連れてきた隊士である。武骨な隊士が多い中、彼は家柄が良く育ちの良さがにじみ出ている上品な男であった。実際に江戸では、江戸勤めの藩士の子弟を集めて私塾を開いていた。伊東とは馬が合う。伊東の考えを一番理解できるのがこの毛内である。御陵衛士の中で、伊東の参謀役を担っていた。
その毛内が早足で、菊屋に向かった。菊屋を訪れると齊藤一は不動堂村の新選組の屯所に向かった後だった。藤堂平助と服部武雄には状況を伝えるが、肝心の新選組とのつなぎ役の斎藤がいない。
障子がわずかに開かれて寒風が差し込む中で、藤堂と服部の視線の先には、新選組の大石隊がいた。
毛内は、この大石鍬次郎が苦手であった。木陰から獲物を狙う爬虫類のような感じが嫌いである。人斬りを重ねると、独特な低温動物のような雰囲気がにじみ出てくる。その感じが合わないのである。現に菊屋の二階からわずかに、大石の姿を臨むだけで、背筋に悪寒が走り、足の先が冷たくなる。
早くこの場を去りたい。早く齊藤が帰って来てくれないものか。座り込んで、火鉢に暖を取っても近くに、大石の存在があるだけで、寒気が走る。
待てども、斎藤が帰ってこない。ついに日が暮れて、夜になってしまった。暗闇の中で、大石が潜んでいるのを想像するだけで、恐怖心が高まる。自分を狙っている訳でもないのに、狙われている気がする。
毛内は、勘の鋭い男である。
自分が、三日後にこの男に滅多切りされるのをすでに予見していたのかもしれない。