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大河内健志
2020年7月29日 22:35
武蔵は思い悩んでいたのだった。小次郎に勝てるという自信がなかった。今まで数々の試合をこなしたが、全て勝つことが出来た。己の思うままに体を動かせば、難なく相手を倒すことが出来た。そこには、剣法も理合いも必要としない。己に宿る野生のままに向かえば、容易に相手を倒すことが出来た。体の奥から沸き起こる炎で相手を包み込んでしまえばそれでよかった。戦う前に勝負は、すでに決まっている
2020年7月27日 00:08
武蔵は、小舟に乗り込むと、真ん中の粗末な敷物が敷かれた席に腰を据えた。そして、船頭を見やり、目で出すように促した。船頭はそれには返答せず、おもむろに立ち上がり、櫂(かい:舟をこぐ道具)を手繰り寄せた。船頭は片腕がなかった。右手の肘の二寸ほど先がなかった。粗末な身なり船頭なのだが、明らかに、それは切り合いで、切り落とされた跡と見受けられる。かつては、足軽として、戦に出ていたの
2020年7月19日 08:22
佐々木小次郎は、武蔵が自分の間合いに入る紙一重の時に、頭上に振りかぶっている備前長光を振り下ろした。一拍子といえども、ほんの僅かながら時間がかかる。しかし、武蔵は燕よりも遅い。突進してきている武蔵ほどの速さであれば、切先が武蔵の頭上に達する時には間合いを一寸五分ほど超えており、充分に斬ることが出来る。小次郎は充分に確信を持って斬り下ろした。切先は見事に、下げている武蔵の頭上を捉
2020年7月18日 00:16
全力で砂の上を走る。見る間に小次郎に迫る。小次郎の顔が眼前に立ちはだかる。どうした!小次郎は、微動だにしない。小次郎の太刀は大上段、頭上のまま。動かない。燕返しの前触れである横に払う太刀の動きがない。なぜだ?相手の間合いに入る寸前。そこで躊躇は出来ぬ。勢いのまま、前に出る。目の前が小次郎の顔で一杯になった。ハッ!頭上に、稲妻。斬られる!本
2020年7月12日 22:47
おもむろに、佐々木小次郎は背負っている刀を下から前に回し、鐺で大店の軒先にある燕の巣をはたき落した。白っぽい土煙をたてながら、巣は地面に落ちた。砕けた。砕けた中に、何やら黒く動くものが、五つ六つ混じっていた。それは、よく見ると、子燕であった。まだ飛ぶことも出来ない子燕は、歩くこともやっとのことで、一つに集まって、唯か弱く泣くばかりであった。小次郎は、落とした巣には一瞥もくれ