見たくない自分と借り物の自己概念
キャリアカウンセラーのおかちんです。
今日はどんな一日でしたか?
本日、JCDA長野地区会において会長をお招きしての講演会&経験代謝ピアトレーニングを開催しました。
3月にアポイントを取ってから約半年、会長のご意向も伺いながらイベントを練ってきました。
今週に入り参加者が20名超という状況で、より多くの方の学びになる方法はないかと模索し、「会長のカウンセリングを全員で見る場を作ってみよう!」とほぼ思い付きの状態で投げかけてみました。
すると会長も快諾してくださり、逆に予定よりも長い時間のカウンセリングをご提案くださったんです。
せっかくならクライエント役をやらせもらおうと地区長特権を発動(笑)
貴重な時間を味わわせていただきました。
今日はその感想から、「見たくない自分」と「借り物の自己概念」の関係について書いてみます。
詳細な相談内容は伏せますが、私の相談はある人と相対することが「怖い」と感じているというものです。一度激しく𠮟られるようなことがあり、それ以来近づき難いと感じていたんです。
わたしの中にあるのは「どんな時も叱ることで人は良い方向には変わらない。人に恐怖を与えるような態度は間違っている」という怒りのようなものと、「わたしは叱るのではなく、ほめることで人を変える。わたしのよしとするモノの見方・考え方はきっと人のためになる」という自己肯定の気持ちでした。いまのわたしの「自己概念」が強く表れているのだと思います。
その後、会長とのカウンセリングはいくつかのやり取りを経て、やがて話は以前の経験へとつながっていきました。
そして、あることを思い出しました。
わたしは以前、学生に対して強く叱ることで指導をしていたんです。いまは感情的な叱責としか思えませんが、その当時のわたしはそれが必ず相手に通じるはずと思っていたんでしょう。しかしながら通じるわけもなく・・・学生たちにはただ嫌な思いをさせ、わたしも嫌われ怖いと思われる存在になってしまいました。
この当時のことを思い出した瞬間、わたしは「見たくない自分」をありありと感じてしまったんですね。この当時のことは、いまでも反省していますし、謝っても許されないとも思っています。
いつしかこのことは「見たくない自分」として記憶からも消されて、ともすれば反省材料として美化しかけていたのかもしれません。
そして、いまわたしが「怖いと感じているある方」と「見たくない自分」とが重なって見えてしまったんです。
それに気づいた瞬間、わたしは涙を流していました。
つまり、いま自分がよしとする自己概念は「見たくない自分」を意識の外に追いやるために作り出された「借り物の自己概念」だということに気づいてしまったんです。
正直ショックでした。
わたしの軸ともいえるモノの見方・考え方・あり方が、経験を見つめ直すことで一瞬で崩れていくのですから。
まるで鏡にひびが入って割れるかの如く、一瞬で崩れていきました。
でも・・・
その当時の「見たくない自分」をきちんと昇華させてあげない限り、「借り物の自己概念」を引きずり続けることになります。
これからも、「怖い」「近づきたくない」「向き合いたくない」と思って接するのは、わたしにとっては『一生逃げ続けるのと同じ』と思えたんです。
幸い、いまはポジティブモードです(笑)
「見たくない自分」ですら、じっくりと見つめ直すことができます。
いまの自分が「借り物の自己概念」だとしても、それを本当のありたい自分へと変化させていくことに恐れはありません。
そう言い切れるのは、カウンセラーを務めてくださった会長だけでなく、今日の場を一緒に作ってくれた地区の仲間や同期のPFさんたち、参加してくださった方々、そして全国につながるわたしの仲間がいるからです。
当時のわたしは誰かに頼りたくない、一人で何でも解決したいというタイプの人間でした。それが“あの経験”を経て、傾聴に興味を持ち、カウンセラーを目指すことへとつながりました。
いまのわたしは周りを頼りまくり(笑) ずいぶんと変わったと思います。
だから「借り物の自己概念」も自分の中に統合していけると信じています。これからじっくり時間をかけて「見たくない自分」を昇華させていこうと思います。
今日の地区会はみなさんの満足度も高かったことが何よりです。
でも実はわたしの満足度が誰よりも高かったと思います♪
関わったみなさま、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!!
明日も素敵な一日でありますように。