ある映画館の閉館とさよなら興行(後編)
~心は臆病だから「すべて、うまくいく」と唱えよう~
2024年2月末日、新所沢パルコ 40年の歴史の終わりと併せて、閉館となった3つのスクリーンを持つ映画館「レッツシネパーク」。
その思い出と、ラスト一か月を飾ったさよなら興行(過去の名作を日替わりで上映)で見た二本の映画について書いている。
その一本目が、前回紹介した「グレイテスト・ショーマン」だ。
実は、さよなら興行のタイムテーブルを最初に見た時、10本以上はあったラインナップの中で、唯一、まったく知らない映画があった。
メジャーな映画が並ぶ中、不思議な感じだったが、それが、
「きっと、うまくいく (原題:3ldiots)」(2009)
だ。
さよなら興行に乗るのだから良作ではあるだろうが、ふわっとした題名から内容が想像できず調べてみたところ、予想外の2009年(日本公開は2013年)のインド映画と判明。
インド映画といえば、大ヒットした「ムトゥ 踊るマハラジャ」(1995)と「RRR」(2022)くらいしか名前を挙げられないが、特徴として、歌と踊り、そして尺が長いということくらいは知っていた。
で、少々、クセがあるという印象。
あくまで「印象」なのは、1本も見たことが無かったからだ。
今回の「きっと、うまくいく」というほんわかポシティブなタイトルは、そのイメージを少し外れている感じでもあったし、邦画だったら、見に行くことはないタイトルだ。
しかし! 映画.comで調べると、驚きの星は「4.4」!で、「グレイテスト・ショーマン」の4.1越え。
ざっくり口コミを見ると、三人の仲良し学生の大学寮生活とその5年後を交互に描き、そこで明らかになる謎があり、なおかつ、めっちゃ感動して元気をもらえるらしいのはわかった。
やっぱり漠然としていたが、それ以上調べるのは止めた。
微塵も知らなかった15年前のインド映画を、シネパークに最後に見に行くのも悪くないなと思ったから。
で。
翌週も熱気あふれる満席状態のシネパークにいたわたし。
170分後、最初に出てきた言葉。
「映画っていいな~」
* * * * *
先にも書いたが、この映画は、国内トップの工科大学に入学し、同室で寮生活をしている三人の男子大学生が主人公だ。
三人のうちの一人、探求心に満ちた反骨自由人、ランチョーが卒業から5年、音信不通となっていたが、彼を訪ねる「現在の旅の道中」と、「過去の学生時代の回想」が交互に描かれる。
なぜ音信不通になったのか? 今どうしているのか?
謎が謎呼ぶ展開で、ラストへ向かう。
* * * * *
この映画について、とても面白かったということは簡単だ。
でもその「面白さ」を詳しく言うのが難しい。
一つ言えるのは脚本がすばらしく、それゆえに、端的にストーリーを語りたくないというのがあるのだ。
全てが繋がっていて、すべてがそこへ導く。
そう言いたくなるほど、大小の物事が伏線になり、つながりあい、支え合い、時間の経過、物語を作っている。
その一部を切り取ってエピソードとして語ることは可能だが、それは、この映画について正しい語りかたではないように思う。
一方、ストーリー以外の部分でもこの映画については思うことが多い。
インドが舞台のこの映画、分かりやすいところでは、映画の中の言語は日常会話でも英語とヒンドゥー語がミックスで驚いたし、カースト制度や競争社会を生き抜くための教育制度の問題、女性が持参金必須の婚姻制度や色濃い家父長制などは、インドという国を知る材料になる。
また、社会的エリート=エンジニアという図式も明確だ(インドは世界有数のIT大国だから納得だが)。
映画の中でも、自分の意志より優先される家族や親せきの期待があり、痛々しいほどそれらを背負って工科大学に来ている主人公らの姿が描かれる。
ストーリーに深く関わる学長は、優秀だが、効率や規則を何より重んじる教育を良しとしており、かつての自分のように競争に勝ち抜くことを最重要視。
学生を押さえつけることも厭わないため、ランチョーは反発し、結果、親友二人と共になにかと圧力をかけられ、そこが過去(回想部分)の物語を動かす機動力になっている。
直接的にインドの社会問題について語るくだりもあり、ショッキングな展開もある。
しかしまた、どんな中でもコメディ要素がちりばめられ、振り幅は大きいながらもお互いを引き立てる絶妙のバランスを保っているのだ。
もちろん俳優たちも、緩急効いた演技で、表情豊か。
文句のつけようがない。
主人公ランチョーを演じたのは当時44歳の俳優さんだが、この役がどうしてもやりたいと若く見える身体を作っただけあり、違和感なし。
インド映画らしく、歌と踊りもあるが、ミュージカル映画というほどの数ではなく、しかし、それぞれ違う曲調で、どれも印象に残る。
邦題「きっと、うまくいく」の元になっているのが、主題歌である「Aal Izz Well”(アール・イーズ・ウェル」(英語のall is wellをもじったもの)。
プレッシャーや不安から神頼みをしないではいられない親友ラージューに、ランチョーは、「心は臆病だから、麻痺させる必要がある」と、この言葉を繰り返し、別の場面でもこの言葉がキーとなるのだ。
原題:3ldiotsの意味は「三人のバカたち」らしいが、それはこの映画にあまりにあんまりで、見終わってみれば「きっと、うまくいく」以外の邦題はないと思えた。
うん。
わたしはこの映画が好きだ。
でも、予想通りこのnoteも漠然としたものになってしまった。
でも、これからこの映画を見る人がいたら、このぐらいの情報で見て欲しいと思う。
先入観のない状態で、映画の中の三人と共に、インドの道を走りながら、彼らの過去も旅して欲しい。
人生は、悲劇でも喜劇でもあり、だからこそ、すばらしいと思えるはずだ。
※ちなみに、わたしが知らなかっただけで、映画はインドのアカデミー賞を総なめしているし、日本アカデミー賞の外国映画賞も受賞している。
スピルバーグは「三回も見るほど好きだ!」と言ったとか。
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