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極端な私のすることといえば

昔から極端な性格だ。

例えば昔、とても仲の良かった友人が子を授かった。初めての妊娠に戸惑う友人。つわりも酷く、また若かった友人は金もなく、何もかもがエモーショナルな青春の続きのような日々の中もがいていた (ように見えた)

その友人とは学生時代、家も近かったことから本当に毎日一緒にいた。
お菓子作りが得意だった友人。親が離婚した直後で自分の金は自分で稼がなきゃならなかった私は誕生日当日もいそいそとアルバイトをしていた。
そんな彼女が私が誕生日にバイトしていることを知り、バイト先まで特大のホールケーキを作って持ってきてくれたことがあった。
そのボリューム、手間暇、そしてわざわざ彼女の姉に車を出してもらってまでバイト先にきてくれたその漢気に胸がいっぱいになった。
彼女は箱に入ったケーキを私に渡すとわざわざ車に戻って窓を開け大きな声で「おめでとう〜〜!!!」と姉と一緒に叫び、風のように去って行った。

またある日。彼女が交際していた年下の男の子と別れることになった。
彼女から別れを切り出したにも関わらず余りに傷心していたものだから2人で夜空を見に行くことにした。
夏の夜、アスファルトの上に座り込んでまっさらに晴れた濃紺の空を見上げ「この空は彼の元まで繋がっているよね、この綺麗な月を彼もきっと眺めているよね」などと言いながら何故か2人で泣いた。

そんな彼女が妊娠した。
私は彼女のことを応援したかった。
今まで彼女が私にしてくれたことが走馬灯のように駆け巡る。私の中は彼女からもらった愛でいっぱいだった。何かしたい。そして思いついた。

「私は、彼女の子が無事産まれるまで同じ痛みを共有する」

その日から私は到底無理な距離を自転車通勤することに決めた。
当時の私は電車を乗り継ぎ45分ほどかかる場所まで通勤をしていた。距離で言うと片道約15km程。
この距離を毎日自転車(ママチャリ)で通勤することにしたのだ。
当時はまだスマホなどなく明確な距離も分からない。なんで15kmって分かったかって言うと、今調べたからだ。

幸い、職場までは大きな幹線道路が走っており、なんと家からは一度の左折だけで済む。
方向音痴の私にとって道を曲がる回数が少ないということがこの困難な挑戦を簡単なものにした。これは確実に行ける。だってただひたすらにまっすぐ走れば良いんだから。

このただひたすらに真っ直ぐ走れば良い、ということも、彼女がただひたすらに初めての子のことだけを思い毎日を必死に過ごすさまにリンクした。彼女と同じ思いや苦悩を共有出来る。そう確信した。

そうと決めたら即実行するのが私の良いところ。翌日から早速任務を遂行した。
時間に余裕を持って2時間も前に家を出る。
自宅から坂を下り、幹線道路に出るために一度左折。そこからはもうひたすらに真っ直ぐに進む。
万が一の遅刻のスリルも相まって、初日の私は全速力でチャリを漕いだ。
するとどうだろう。なんと電車で通っていた時とほとんど変わらぬタイムで職場まで辿り着いてしまった。は?なんで?なにこれ?

そこからはもう全く目的が変わってしまった。
あの苦痛でしょうがなかった電車通勤が。毎朝軽吐き気(カルハキケ)を感じながらしていた電車通勤が。なるべく人が少ない路線を選んでいたため足が出ていた電車代が。音速のママチャリと共に遥か彼方へ。

時期も良かった。夏生まれの私は夏にめっぽう強い。暑ければ暑いほど気力がむちむち湧いてくる。夏の私は最強だ。体力が無尽蔵。
そして幸運にも季節は夏だった。
毎朝毎晩往復30km弱の距離をチャリで走りまくった私は若かったこともありメキメキと体力をつけていった。
当時、1日9時間ほどの立ち仕事をしていたのだが冷え冷えの百貨店の中で私は代謝が良くなりすぎて一日中汗をかいていた。
今より美白への執着も少なかったため日に日にこんがりと焼けていき、ラグジュアリーなお店の中で私だけ1人ムキムキ色黒、それでいてギャルでもない異質な存在になっていった。

そうこうしているうちに季節は過ぎ、桜の咲く頃に友人は無事、子を産んだ。
私も理由は忘れたがその職場は辞めていた。
しかも私は、その挑戦のことを友人には言っていなかった。別にいう必要もなかった。私は私でただ彼女を応援したいだけだった。
あの音速の自転車通勤が彼女に何の利益ももたらさないことは分かっていた。
ただ私は彼女と同じだけ強くなりたかっただけだった。

時は過ぎ、昨日から私はデジタルデトックスと称した挑戦に挑むことにした。なぜなら頭が常にいっぱいで、吐き出したい言葉が後から後から溢れ、一日中なにをTwitterにポストしようか、ということしか考えられなくなっていた。
それにはまず息をする様にポストを繰り返していたX(旧Twitter)をログアウトするのが1番簡単だと思った。
思い至った私は即実行に移した。そこが私の良いところ。

そうこうして早、24時間が経過。
あの夏、彼女を想い音速でチャリを走らせ、一夏でムッキムキになった私。
そんなとっくに忘れていた事実を鮮明に思い出せるくらい私の頭はクリアになった。たった1日で。TwitterというSNSを1つ、ログアウトしただけで。

そこにゴミ箱があればゴミを投げ入れてしまうみたいに。
そこに収納ボックスがあれば綺麗に詰め込んでしまうみたいに。
人間はそこに箱があれば入れてしまう。
なきゃないで入れないのに。
箱さえなければ、投げ込んだり詰め込む算段すら考えずにいられるのに。

そんな事を思うデジタルデトックス2日目の朝。






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