恥ずかしい黒歴史が教えてくれたこと
人の経験に無駄なことって、実はひとつもないのかもしれない。それが恥ずかしい黒歴史であっても。
パソコンのブックマークを整理していると、2014年〜2016年夏頃までの自分のブログが出てきた。興味本位で読むんじゃなかった。
文章が稚拙すぎる!小学生の絵日記なら可愛いけど、大人がこれを公に発表していたなんて…。穴があったら入りたい。でも入ったら数年出て来られない。
当時はまだ、引き寄せの法則を信じていた真っ只中。130記事の中で繰り返し使っていた言葉は…
感謝
ハッピー
ポジティブ
夢/目標
キラキラ
ワクワク
キラキラ
はぁ〜。頭の中、お花畑やん。たくさんの夢と目標があると書いているけど、何のことか覚えていない。具体的な夢や目標どころか、叶ったかどうかも書かれていない。「楽しい」と「かわいい」を連発してるけど、何がどう楽しくて可愛いのか全く分からない。
文章の最後には絶対、ハワイの画像が貼り付けられている。あんたの住んでるとこ、常夏と真反対の場所やで。
どの記事も「周りの人に感謝。私はハッピーで恵まれている」と締めくくられている。感謝がどういうことかも考えたことない。単に言っておけば良いと思った。「感謝」の乱用だ。
引き寄せの法則で叶ったことも見ると、ツッコミどころ満載。
レストランで記念日をお祝いした
それ、引き寄せちゃうで。旦那さんが私の言ったことを覚えてて、彼が叶えてくれたんやん!英語ができないのは、引き寄せの法則を理解していないから
ん?自分の努力不足じゃなくって?ポジティブな人といると波動が良くなる
ハドウ…とな?大丈夫か、私。執着を宇宙に手放す
どういうこと?そもそも学校で教わる、宇宙すらも何か分かってへんやん。「3日後日記」には、実際に3日後に叶ってほしいことを書く。叶ったことが、旦那さんとの同棲!
これも旦那さんが行動したから叶ったんや。すり替えもええところや。
挙げだすとキリがない。幸せに”見える”文からは、嫌われたくない。私はあの子たちと違うんだから。そんな想いがひしひし伝わってくる。だから自慢して人と自分を比べて、何者かになろうとしていた。
嫌な人のことも書いているけど、「私は大人だから、相手に何も言わない」らしい。違うやん。波風立てたくないからやん。自分にも、人にも、真っ向からぶつかってない。そりゃ誰ともうまく付き合えないよ。
ひとつだけ、本音らしき記事があった。そこは自分を励ましてあげたい。
ちゃんとあるよ。文章を書いてる。それが誰かの役に立ってるのかはわからないけど、少なくとも私自身は書くことで救われてるよ。頭の中がお花畑だった時も、小さい時からも、今も書くことだけは続けている。これは充分、誇っていいこと。
満たされなかった自分も、引き寄せの法則を信じていた自分も浅はかだと思ったけど、今はその経験を後悔していない。それを経て、私がほんまに信じているものって何やろう?本当に私の願いって叶っているんかな?”幸せ”って何よ?と疑問を持ち始められたから。
すがるものがあっても良いと思う。だけど人と自分を不幸にするのは、ただの依存だと覚えておきたい。
本当に自信がある人、幸せな人は宣言しなくても、勝手に外に溢れる。私の旦那さんがまさにそんな人だ。私も好きなことを見つけたい。頑張ったことで胸を張りたい。自分にとっての”幸せ”を見つけたい。
2016年の終わり、引き寄せの法則をやめた。そのブログも更新がそこで途絶えている。すがっていたものを手放すのは怖かったけど、意外に楽になった。
文章を書き始めて、年間100冊の小説を読む目標を達成。ゲームと読書が趣味になった。些細なことで怒るのを止める練習をして、旦那さんとケンカすることがなくなった。黒歴史ブログでは続かない友情が記録されていたけど、今は信頼できる友人がいる。
自分の存在価値を外側に求めるのをやめたから、楽になったんだと思う。
失敗や黒歴史から学んだり、「私はこう思う」という意見を持ったり、好きなことを一生懸命頑張って、何かを達成したりする。それでしか自分自身は成長できないし、満足できない。
今もいっぱいつまづいて、うまくいかないことも多いし、不甲斐なく思うことも山ほどあるけど、ステップアップの時期。これからは頭ではなく、心の中をお花畑にしていきたい。
頑張れ、私。