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呪文は覚えられない

初級文法のクラスで授業をしていると、
母語話者の感覚だと意外なところで難しそうにしているときがしばしばある。先日の「~しなければならない」もその一例だ。

国内の日本語教育現場で多用されている有名な初級日本語教科書では、
動詞の否定形を学習した後でこの「~しなければならない」という文型を勉強するという順番になっている。

否定形は「ない形」として導入されていて、
「書きます→書かない」
「食べます→食べない」
「します→しない」
のような変換ルールで作る。

その「ない形」を「~なければならない」に接続することで、この文型を作ったり理解したりできるようになるように設計されている。

先週、ちょうどこの文型を勉強したクラスである人が怪訝そうに尋ねた。
「なぜ"must"という意味なのに、否定形を使うんですか?」

私はこのない形→なければならない、という段取りに慣れてしまっていて気が付かなかったが、もっともな疑問だと思った。

ちなみにこの人はペルー出身で英語が堪能だったので、英語で質問してくれたため、上のように言いたいことが理解できた。
英語を使わなければ、上のような疑問は日本語でまだ表現できなかっただろう。

私はお粗末な英語力でどうにかこうにか説明した。
「~なければ」は英語で言うと"If you don't do (something)"の条件部分にあたり、
「~ならない」は許されない、許容されないといった意味だと伝えると、彼は納得してくれた。

考えてみれば至極真っ当な疑問なのに、これまで聞かれたことはなかった。

彼が言うには、「~なければならない」は意味がわからない言葉の塊にしては長すぎて、呪文に近いらしく、とても覚えにくいらしい。8文字の任意のひらがなの羅列を意味というヒントなしで覚えるのは確かに苦労しそう。

ちなみにこの呪文は「~なくてはならない」「~ないといけない」など「~なければ/なくては/ないと」群と「ならない/いけない/だめ」群の組み合わせによってパターンが増える(組み合わせ規則あり)という、呪文的な性質を本当に持っていることは初級の人たち相手には黙っておくようにしている。

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