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【目印を見つけるノート】601. つなぐ、ほどく、結ぶいとなみ
きのう、テレビ(NHK)で、ピーター・スコット・モーガン博士のインタビューを見ていました。ご自身が難病のALSに罹られて、失われていく身体の機能をひとつひとつ先んじて機械に置き換えていらっしゃるのです。
拝見している間じゅう、私の頭には天才プログラマ・真賀田四季さん(と思われる)の台詞がぐるぐるしていました。真賀田さんは森博嗣さんの小説の登場人物です。
台詞はこのような感じです。正確ではないかもしれません。
「身体はいれものです」
モーガン博士と四季さんは通ずるところがありますね。森博嗣さんの読者の方はそう思ったのではないでしょうか。
森博嗣さんのお話はそれこそ、ギリシアの叙事詩のように連綿と紡がれていきますので、一言では説明できないのですが、うーん、「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」というのはずっとあるように個人的に思います。
とてもとても大きなテーマです。
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さて、今日も富士山がよく見えました。
たまたま、鳥や飛行機が写っています。スーパーマンは?😅
アクセサリーの委託販売をしているお店に行って、品物の入れ替えをしてきました。今回は結構大がかりでしたが、クリスマスモードにしてみました。写真は撮らなかったです。つくづく、商売下手ですね(苦笑)。でも、パン屋さんで見たマナラ(でしたか)は撮りました。かわゆす。聖ニコラウスの記念日に合わせて男の子を模して作られる、アルザス地方などのパンですね。
それから、引き上げた品物の仕分けをして、あっという間に夕方です。
パーツを取るためにくずす作業もしています。よく消毒して、また別の品物になるのかもしれません。
こう、紐やらピンやら糸やらワイヤーを日々使っていると、つなげたり、ほどいたり、結んだりすることばかりです。それは小説を書いているときにも思うことで、つなげたり、ほどいたり、結んだりする作業が多いです。クラフトは手を使い、小説は主に頭がするわけですが、同じようなことをしているのはとても興味深いと思います。
もしかすると、脳のシナプスをはじめとして、身体全部が、または心というものがあるならそれも含めて、絶え間なく、つないだり、ほどいたり、結んだりしているのではないでしょうか。
科学の進歩は確かにその作業を多く担ってくれますし、今後はますますそうなるのでしょう。
そのセンターはどこにあって、どこに向かうのかということを捉えていることが大事になるのかな。まだちょっとそこは分かりません。
パンセな気分です、パスカルさま。
あなたならば、どうお答えになるでしょう。
それでは1曲。
Bill Evans Trio『Someday My Prince Will Come』
音楽もまた楽器によっては、手が生み出す美しいものですね。まあピアノ、音がコロコロとよく転がっています。これもね、機械で完璧に再現できるものだと思うのですが、私はこれのできるだけナマに近いものを聴きたいと願います。
贅沢なことですけれど、そう思います。
それでは、お読みくださってありがとうございます。
尾方佐羽
追伸 28日楽しみ😆