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【目印を見つけるノート】1001. すべて、あるべきところへ

今日と明日で2022年も締めくくりですね。
今月初めにいただいたお花、わずかですがまだ咲いています。

ありがとう✨
きのうの夕空も素敵でした😊

まあ、変わらずあれやこれやとしているのですが、片付けなどをしているときに思い浮かべるのは、アンデルセンの童話のタイトル。
もうお話は忘れているのですけれど、『すべて、あるべきところに』というお話です。
片付けをしていると、「元の位置に戻して」という単語を自分や子どもに連呼しますが、ときどき、「元の位置とはあるべき場所なのだろうか」と思ったりします。そのようなことを考えているから、片付けが進まないという説もあります😅

忘れていた箱を開けるとおもちゃとか、ざくざく出てきます。それはもう使わないので、忘れられた箱が「あるべき場所」なのかもしれません。
フリマアプリやセカンドハンズでもいいのかもしれませんが、状態は今一つ。捨てるには大きかったりもしますので、粗大ゴミか🤔

ということで、あえて片付けを止めるようなことをしているわけですが(苦笑)、本やおもちゃなどだけではなく、自分のあるべき場所はどこだろうと思ったりします。

バグダッド・カフェでしょうか。
光に浮かぶ福山城でしょうか。
モンパルナスのアパルトマンでしょうか。
瓦礫になった劇場の脇でしょうか。
移動し続ける長距離鉄道の真っ暗な貨物車輌の中でしょうか。

もし神さまがいるとして、
「あなたのあるべきところへ」
といわれたのなら、
私はどこに行くのでしょう。
アンデルセンさんはそのようなことも考えて書かれたのだと思います。

そう思うと、
使わないおもちゃとか、読まなくなった本とか、そのようなものが行くべき場所もたまには考えてあげたいし、そもそも大切にできると決めてから迎えてあげたいなと思うのでした。

読みたいな、あの本📖
と思って合間に書店をのぞいてみたのですが、見事になかった😅
定番だと思っていたのですが時期が悪かったか🤔
シリーズものの児童文庫がズラーッとたくさんありますが、アンデルセンって当世風ではないようです。
そうなんだ🤔

そのまたついでに、近隣の神社に年末参りしてきました。やっぱり、「ありがとうございます」しかないです。パンパンとして手を合わせてきました。

運動不足ですので「石段きついかな」と思ったのですが、体感で「あと15段はあるな」というところでお社に着きました。
不思議(・・?

ご神木の椎ノ木
源義家(八幡太郎)ゆかりの松の一部、鎧を掛けたらしいです
蜜柑のぼんぼり
こっちもいいけど
このアングルがいいな

今日の1曲にしましょう。
Ian Dury and The Brockheads『What a waste』

Bluesっぽくはないですね、この曲は。ちょっと、「このジャンル」といい切れないところがいいと思います。
歌詞のなかで、
次々といろいろな「可能性」を繰り出していくところが、私の上記の発問と通じるように思いました。

あるべき場所、というのも必ず固定したままではありません。

イアン・デューリーさんは34歳のデビューで「スロースターター」と言われていましたが、私はそんな風には思いませんでした。遅いのですか😐という感じ。
けれど、世間的にはそうなのでしょうか。
そういえば、ある方に自分の年齢をお知らせしたら、はっきりそれと分かるぐらい、ガッカリされていました。大きな子どももいるとご存じなはずなのですが……何か悪いことをしたような気分になったことを覚えています。
今度聞かれたら、800歳とお答えしよう(八百比丘尼)。

まあ、私は年齢だけで人に幻滅したりはしませんが。

この曲のwasteは「もったいない」というニュアンスだそうですが、「捨てられる、放棄される、無駄にする、浪費される」という趣旨のことばと受け取っています。
自分をそのようにされたくはないんじゃないかなあ。

それでは、お読み下さってありがとうございます。

尾方佐羽

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