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【目印を見つけるノート】1132. 失われたものの上に立っている

そこらかしこに変化が見られます。

飲食店のパーテーションは外され、神社の手水舎には柄杓が戻ってきました。すでに電車は混んでいて、旅行者の方も変わらず多く、通勤の下車駅で私は学生さんの中に埋もれています(だから私が若くなるということはありません😅)。

どのスピードがベストなのか私に判断できるものではないですが、まだ感染、重症化される方がいることは気に留めていたいと思います。

災厄はとかく、過ぎれば早く忘れようという心理が働くように見受けられます。本来はそれが私たちに与えたもの、学ぶべきことを長く留めていくのが必要なのだとも思います。
マスクはしばらくつけていることになりそうです。

病院の敷地片隅に咲く花

今は非公開にしているエッセイで3年ちょっと前、私はイタリア・ミラノにあるアレッサンドロ・ヴォルテ高校のドメニコ・スキラーチェ校長のメッセージを引用しました。
〈引用元〉

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-00000002-ovo-life(現在は閉じているようですのでアクセスできません。ご注意ください)

「――ヴォルテ高校の皆さんへ

 “保険局が恐れていたことが現実になった。ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。感染はイタリア中に拡大している…”

 これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。この啓発的で素晴らしい文章を、混乱のさなかにある今、ぜひ読んでみることをお勧めします。この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、専門家の軽視、感染者狩り、根拠のない噂話やばかげた治療、必需品を買いあさり、医療危機を招く様子が描かれています。ページをめくれば、ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティなど、この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。

 親愛なる生徒の皆さん。私たちの高校は、私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。私は専門家ではないので、この強制的な休校という当局の判断を評価することはできません。ですからこの判断を尊重し、その指示を子細に観察しようと思います。そして皆さんにはこう伝えたい。

 冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けて下さい。せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。体調に問題がないなら、家に閉じこもる理由はありません。スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。

 世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、われわれの時代の必然的な結果です。ウイルスを食い止める壁の不存在は、今も昔も同じ。ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。それは社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行です。見えない敵に脅かされた時、人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、自分と同じような人々も脅威だと、潜在的な敵だと思い込んでしまう、それこそが危険なのです。

 16世紀や17世紀の時と比べて、私たちには進歩した現代医学があり、それはさらなる進歩を続けており、信頼性もある。合理的な思考で私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを守っていきましょう。それができなければ、本当に ‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。

 では近いうちに、学校でみなさんを待っています。」

これは3年強の期間の最も早い時期に書かれたもので、イタリアの高校の校長先生が休校にあたって生徒に綴った励ましのメッセージです。このときイタリアなどの国がロックダウン、休校などを余儀なくされていた状況だったのを思い起こすと、改めて深く読み返すことができます。

私は生きて今日在ることを喜びますが、失われたものの不在を噛みしめてもいます。
おっかなびっくり、ときには遠慮したり勇み足になりながら、少しずつ日常に戻ってきました。そして、分断というものが思いもよらない形で現れるのも見ています。皆で助け合うのが大切な時期に、いくつ真逆なことが起こったでしょうか。

失われたものの上に立っている。
その感覚は持っていたいと思います。

その期間じゅう、毎日ずっと書いてきましたが、これからも飽きるまで書いていくと思いますが、そうできてよかったかなと思っています。

スキラーチェ先生の本を出された版元さんの世界文化社さんのnoteを引用させていただきます。

さて、今日の1曲です。
Otis Rush『I Can't Quit You Baby』

Led Zeppelinも1stでカヴァーしていましたが、本当にパワフルです。第一声からやられました。内容は「おまえを諦められない」と切々と訴えるものです。まあ、このようにシャウトされたら相手の女性も心が動くかもしれませんね。
このような感情を本人にまんまぶつけてしまうとトラブルになる場合もありますが、音楽(作品)にすればマスターピースになるのですね。内に向かうか(相手との関係の内に)、外に向かうか(不特定多数に表現する)という違いもあるでしょう。何より外に出すのは表現する才能とか技量があるからできるのだろうと思います。

勉強になります。

それでは、お読み下さってありがとうございます。

尾方佐羽

追伸 ありがと✨

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