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【目印を見つけるノート】102. 『孤独のメッセージ』にまつわるエトセトラ

雨が降っていますね。
どうかもう止んでほしいです。

⚫MESSAGE IN A BOTTLE

THE POLICEという、今はもうないバンドの『MESSAGE IN A BOTTLE』という曲にまつわるお話にしましょう。フロントマンのSTINGを知っているかたは多いのではないでしょうか。


⚫中学のときの話

当時私が住んでいたエリアには、東大進学率ナンバー1の私立男子校があります。個人的に学歴に対してはフラットに考えていますので、名前はなし。

一度友人たちと、そこの学園祭に行ったことがあります。そうしましたら、『フィーリングカップル5vs5』というのをやっている教室があって、面白そうなので入りました。

同名タイトルのテレビ番組があってそれと同様に、男女各5人ずつの対面型マッチングという内容です。
電飾を配した大きなテーブルに向かい合って座ります。それぞれの席にボタンがあります。自己紹介と質疑応答のようなことをして、気に入った人のボタンを押します。両想いだと、電飾がピピピとつながってカップル成立です。
この学園祭の教室では、そのテーブルの制作をするのが主眼だったでしょう。理系ですね。

私たちの対面にはその男子校の生徒が座りました。

「ギターを練習しています」と自己紹介しました。すると対面にもいました。バンドをやっている人がひとり。その人は高1だったのでふたつ上かな。
「THE POLICEのコピーバンドでギターをしています。聴きに来てください」

選ばれるかどうかということはまったく問題ではなく、ただ「見たい」と思いました。私もTHE POLICEを好きでしたので。

ギターつながりだと思いますが、電飾もつながりました。他にもう一組つながっていましたが、それは本来の趣旨に沿っていたのかと。

その人のライブ、見に行きました。ちゃんと音も含めてアンディ・サマーズのようにギターを弾いていらっしゃいました。うん、うん。その中でも、『MESSAGE IN A BOTTLE』がうまく弾けているのが羨ましかったな。当時はいちばん好きな曲でした。

その後ですか?
ご想像通り? それきりでございます。『Sex & drugs & rock & roll』などとつぶやいてはいても、しょせんウブうぶな中学生なのです。
マッチング的なことをしたのは、あれが最後でした(遠い目)。

イアン・デューリー、いいですね。


⚫STINGのこと

その後、『ロッキン・オン』誌のインタビューをいくつか読んで、STINGがずいぶんユング心理学の本を読みふけっていることを知りました。

あっという間にパンク、レゲエから『ニューウェイブ』というジャンルの寵児になって、アメリカでも売れて、スーパーな存在になったTHE POLICEでした。STINGは特に俳優としても活動し、映画『さらば青春の光』、『DUNEー砂の惑星』にも出ていました。

アルバム『GHOST IN THE MACHINE』は大ヒット、続く『SYNCHRONICITY』(1983)も同様で、『EVERY BREATH YOU TAKE(見つめていたい)』というメガ・ヒット曲も生み出しました。キャリアの絶頂といえるでしょう。

私は文明風刺的な『GHOST IN THE MACHINE』が好きでした。

でも、彼らにとってはそれが限界でした。翌年THE POLICEは活動を休止して、それぞれがソロに移行します。

何が限界だったのでしょう。

メンバーとの軋轢だといわれますけれど、有名になって、プライバシーがなくなって、誰も信じられる人がいない。ひどい、ひどい孤独。それらが大きなプレッシャー、不安をもたらしたというのも大きいように思います。

孤独、ひどい孤独。

それはTHE BEATLESもMICHAEL JACKSONも同じかと思います。

このいきさつを見ていて、
「有名になるのもたいへんだな、幸せではないな」と思いました。
本当に、『GHOST IN THE MACHINE』から『SYNCHRONICITY』の流れはヒリヒリした感じが加速していくように思えました。
メッセージもクオリティも素晴らしいアルバムでしたけれど。

ずっとずっと後年に、『TED』というスピーチ番組(『再び曲を作り始められたわけ』2014年)でSTINGを見ました。

彼はしばらく曲が書けなかったと言いました。何年も。

ニューキャッスル(イギリス)の、造船所がある町で生まれ育って、「ここから出てやる」と思い続けてロックスターになった。夢は叶った。
でも、曲が書けなくなった。
彼はニューキャッスルに戻りました。そして、彼が受け入れてこなかったふるさとの造船所の人たちと交流します。それが彼に深い感銘を与えます。

「自分のことばかり書いて、書くことがなくなったらどうする?」

他の人のことを歌にしてみたら、いくらでも出てきたそうです。ロックスターも船を造る人も王族もみな同じだーーと彼は言いました。

他者にまなざしを向けることが、彼を救ったのでした。

私にとっては、東京ドームで1回見たきりのアーティスト、それが唯一の接点で、あとは音楽を聴いてきたぐらいしかないです。
それでも、人は一瞬ではなく長い時間見ていくほうがいいなと思いました。

彼は朗々と、雄弁に歌っていました。
新しい歌を。


⚫MESSAGE IN A BOTTLE

さて、私が中学生のときに好きだった曲のことに戻ります。


孤独のメッセージ(意訳)

漂流してるんだ
無人島にいる
ずっとひとりぼっち
他に誰もいない
こんな孤独に
耐えられる人はいないよ
絶望する前に助けて

世界にSOSを送ろう
誰かがぼくの
ビンに詰めたメッセージを
拾ってくれますように

それを書いてから1年経った
まずこうすべきだったんだ
希望だけが僕らを
いっしょにしてくれる
愛は人生を癒してくれるし
心を壊しもするけれど

世界にSOSを送ろう
誰かがぼくの
ビンに詰めたメッセージを
拾ってくれますように

けさ浜辺を歩いていたら
見つけたんだ!
信じられない
1000億本のビンが
浜で洗われていたんだ
ひとりぼっちなのは
ぼくだけじゃない

1000億の漂流者が
戻るところを探している

世界にSOSを送ろう
誰かがぼくの
ビンに詰めたメッセージを
拾ってくれますように

(意訳さわ)


1000億という数字に当時びっくりしました。世界の人口は今77億前後のようですが、1000億のビンが転がっているさまを想像すると凄まじすぎて、環境問題もいいところです。
でも世界の人が10通+ずつメールを打ったらそれだけの数になります。往信と返信ならその半分。あれ、半分かな(理系ではないのでこんがらがる)。もっとですね。

たいした数ではないということですね。

1960年代後半あたりが「愛や連帯」を理想としていたとすると、
1970年代後半あたりは「孤独」をテーマにしているものが多かったように思います。対照的ですね。

デヴィッド・ボウイのこんな曲もありました。
『HEROES』


Nothing keeps us together
ぼくらはいっしょになれない
……
We can be heroes, just for one day
ぼくたちは一日だけなら
ヒーローになれる

という歌詞があります。

THE POLICEよりさらに乾いている感じです。ボウイは決してペシミストではありませんでしたが。

現在は2010年代の終わりなわけですが、この頃のメッセージが有効ではないかと最近よく思います。

自分も含めて誰かを愛するとか、大切にすることだけは変わっていないと私は信じているのですが。

マルクス・ガブリエルさんは次代へのポジティブな提言者だと私は思っていますが、
ものごとを明晰に考えて、「希望」を語れる方がたくさんいてくださるといいなと思います。
(書影は『未来への大分岐』集英社新書)


⚫お籠りクラフトとばら

またもや真珠で作っていました。
小さいフェイクのついたチェーン、そして淡水真珠を2珠ずつ。

淡水真珠は核がなくて、質的には本真珠より下とされますけれど、それでも本物と同様に扱わなければすぐ劣化します。ですので、着ける自分をしゃんとさせてくれるように思います。

ばらは濡れています。
つぼみは摘みました。

それではまた、ごひいきに。

おがたさわ
(尾方佐羽)

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