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無意識にハマった「ダンボールアート沼」は、僕の身体を異形へと進化させる恐ろしい沼だった
子供と遊んでいたダンボールアートが、気付けば「底無し沼」になっていた。
ダンボールアーティストのオダカです。
ダンボールアーティストとは、ダンボールアートの制作を通して、アーティスト活動をする人のことを指します。
それだけでは、沼にハマっているかは判別できません。
僕は子供と工作していて、いつの間にかダンボールが素材となり、ダンボールアーティストとしての活動をスタートしていました。子供が喜んでくれていたダンボールアートの制作。次第に自分が楽しくなり、作品作りの中でも、コンセプトワークや素材研究に時間をかけるようになり、技術向上にも意識が向きました。やがて、企業やクリエイターからの注目を集め、作品の展示やワークショップの開催、メディア出演、そして書籍の執筆といったプロフェッショナルな機会が次々と訪れました。
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そうしているうちに、段々とダンボールアート沼に脚を踏み入れていきました。本人は全く気づいていませんでしたが(笑
ここまで書いてみたけど、「ハマった沼を語らせて」というテーマから見て、全然面白くない!
僕がどっぷりハマってしまった、ダンボールアート沼。その底なし沼で生きていくために、「異形の身体」を手に入れた話でもしてみようかな。
アーティストとしてちゃんと書いたプロフィールや実績はこちらにまとめてありますので、この記事を読んで興味が湧い方もそうでない方も、記事を読んでお仕事をください。
僕の作品づくりの特徴が、すでに闇属性
ダンボールという制約の強いマテリアルに出会い、自由に操って造形作品を作る毎日。ダンボールは固く厚い板材で、普通の加工では箱のようなもの、多面体のようなものしか作れません。色々作りながら試行錯誤していくうちに、ダンボールアーティストというだけでは身につかない、沼の底の「禁忌の技」を身に付けることになります。
今でこそ沼であると理解できていますが、友人から言われるまで、まったく気付きませんでした。
沼の底の禁忌の技
◆ダンボールをアルコールで湿らせ柔らかくし、「捏ねて」造形すること。
◆ダンボールは一色なので、影で彩り、質感や色彩を表現すること。
この二点が、僕の作品制作の技術的な特徴です。
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造形に加えて、切り方、造形、貼り方を工夫して様々な影を操っていくのですが、色を濃く見せる、質感を変えて見せるために、毛や羽の表現を用います。細かく切った紙同士が重なり、とても柔らかく、複雑な陰影を描きます。これがとてもいい。ダンボールアートで影がどうとか言っている時点で、闇属性、沼の底の住人ですよ。
そのために、剥がしたダンボールを0.2mmピッチで刻んでいく作業が頻出します。慣れると小さな羽一枚を数百回刻むのも、1分くらいで出来るようになるのですが。。。この非効率を力でねじ伏せる作業が、後に僕を苦しめることになるのです。
制作の充実と比例する、身体の悲鳴
多くの方にお声がけいただき、日々楽しくテーマの有る作品や、ご依頼の作品を作っていました。僕の特徴的な制作方法を希望されることも増えてきて、ダンボールアーティストとして、寝る間もないくらい毎日長時間の作業が続きました。
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一見日の当たる檜舞台に見えますが、ここは沼の底ですから、平和に過ごせるはずもありません。ある日右手に電撃の様な激痛が走ります。ハサミを使うのも精一杯の状態で、サポーターをしたり、湿布を貼ったり、考えつくことは色々やってみましたが、改善しません。「やばい作品が作れない。。。」困った僕は鍼灸師の友人に相談し、診てもらうことになりました。
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切りにくいし、結局痛い!
開口一番「重度の腱鞘炎ですね。原因は自分でもわかっていると思うけど、作品の作りすぎだよ。人が一生で切っていいダンボールの量を超えている。ダンボールアートを辞めれば直るけど、これだけハマっているんだから、今後も続けたいよね。」
「参考になるかもしれないから、僕の話をするね。鍼灸師は一日中患者さんの治療をする。朝から晩までマッサージをしているとさ、自分が腱鞘炎になるんだよ。若い頃は腕の力任せで施術するから、その力が手首に負担を掛かけて壊れてしまう。でもそれじゃあ仕事は続けられないから、必死で色々かんがえた。たどり着いたのは、自分の体重を使って、脚、腰、肩、腕、手を連動させて、テコの原理のように力を伝える。そうすると一箇所に負担が掛からなくなって、腱鞘炎が発生しにくくなった。師匠からも言われていたけど、手を壊さないと、体重移動の大切さがわからないもんなんだよ。
こんな感じで突破口があるはずだから、頑張って探してごらん。」
そう言われて帰宅しました。
腱鞘炎の原因究明と対策
助言をもとに、先ずは自分の作業を全てチェックすることにしました。作業時に起こる腱鞘炎の激痛=「高感度センサー」です。作業をメモしながら、原因を突き止めていきました。
◆下絵を描く・・・・・・・ペンを握ると親指が少し痛い。
◆ハサミで切る・・・・・・親指から手首に激痛。
◆カッターナイフで切る・・少し痛いけど、問題なし。
◆紙を折る、捏ねる・・・・親指が動くと痛い。
◆接着・・・・・・・・・・親指で押さえると少し痛い。
原因はハサミの使いすぎで、親指の付け根に負担が掛かっていたことでした。禁忌の技を習得するには、代償が必要なようです。
ハサミの開閉回数が多すぎる制作方法
僕の制作では、ハサミの使用頻度がとても高いです。パーツの外形切り出しはもちろん、剥がしたダンボールを0.2ミリピッチで高速裁断するのが得意技の1つです。小さな羽根で1枚数百回、1.5メートルの尾羽ともなると、1枚で何千回も切り、1本切るのに1時間半かかります。でも切込みを入れると、いい陰影が出るんですよ。(沼
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そんなことをしていると、一晩であっという間に数万回切ることになります。実は、身体が悲鳴を上げる前に、ハサミが悲鳴を上げました。開閉時にキィキィ音がして、動きが悪くなったのです。メーカーさんに問い合わせたところ、「メーカーが設定する開閉回数を遥かに超える回数切っています。単純に切りすぎです。その使い方なら、定期的にハサミのメンテナンスをしてください。」とメンテナンス方法を教えてくれました。ハサミさえも代償になってしまうとは、恐ろしい沼です。
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すり減った金属で真っ黒です
フォームの改善と突破口
そしてハサミ作業の改善に入ります。色々な持ち方、切り方を試していくなかで、痛いのは開閉時に親指を動かすときだと気付きました。試しに親指をなるべく動かさないで切ってみると、あの電撃は来ません。「これが突破口か!?」
しばらく作品の制作をストップして、切るときのフォーム改善に入ります。「ハサミ作業が原因」では解像度が低く、どこをどう動かすと痛いかを、細かく考える必要があったのです。
長年染みついた切り方を矯正するのは、言うほど簡単ではありません。親指を動かさないで切るのはとても難しく、細かく切ることができなくなりました。それでも毎日練習するうちに、手のひら全体を開閉するような切り方だと負担が少なく、思うように切れることが分かってきました。
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僕の使っているハサミはハンドルが大きく、指が三本入ります。手のひら全体を開閉しながら、力を入れる指を人差し指→中指→薬指→人差し指とローテーションしていくと、負担が分散されることが分かりました。この切り方なら長時間作業にも耐えられるのでは!と信じて、そこから数作品、この切り方でひたすら作りました。3つ目の作品が完成する頃には、新しい切り方にも慣れてきて、腱鞘炎は気にならなくなっていました。先生やったよ!腱鞘炎を克服したよ!
新たな問題の発生
腱鞘炎の不安が無くなり、モリモリ制作する日々が数か月続きました。作業後に掌や腕全体の疲労感や筋肉痛はありますが、あんなに悩んだ腱鞘炎の、ケの字も出ません!「勝ったな!」なんて格好付けていたある日、お風呂に入って右腕をほぐしていると。。。
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肘の手前にピンポン球くらいの突起があります。何これ!?こんなのあったっけ?
不安になり、家族にも見てもらい。悪い腫瘍かもしれないから、いつもの先生に見てもらおう、となりました。
ドキドキしながら通院
悪いものだったらどうしよう。。。と心配しながら病院に向かいました。
「腱鞘炎どうなりました?いい作業方法は見つかりましたか?」
「腱鞘炎は克服しました!でも新しい問題が…ここにピンポン球くらいの突起が出来てしまい…」
「どれどれ、本当だ、触ってみますね…」
『ん…これは…えっw』
『ヤバイヤツですか?』
『オダカさん、これ痛くないですよね?』
『はい、全然』
『反対の腕も見せてください』
『間違いないです、これ筋肉ですよw』
『えっw』
ダンボールアスリート爆誕の瞬間
「ハサミの作業改善が深指屈筋を異常に発達させています。聞いたことないと思いますが、指先を動かすための筋肉です。各指に負担を分散させて長時間作業を続けた結果、力が深指屈筋に集まることになり、まるで筋トレのような効果を生み、異常に発達した。ピッチャーは変化球を投げるためにこの筋肉が発達しますが、他の筋肉も使うので腕全体が太くなり、深指屈筋だけ目立つことはありません。本当に深指屈筋だけがこれほど発達しているのは、見たことありませんよ(笑
深指屈筋は握力ではなく、指先の力「ピンチ力」に関わります。二人で親指と人差し指でカードを持って力を入れてみましょう。せーので引っ張りましょう。カードは離さないでくださいね。
ほら、私かなり力を入れてるのに、カードはオダカさんの指からピクリとも動かず、私の手を離れました。とんでもないピンチ力ですよ。
「ということは、これからも作業続けて大丈夫ですか?」
「全く問題ないですよ、むしろダンボールアートの制作にあわせて、身体が進化している。まさにダンボールアスリートですね。ここまで太くなるほど酷使しているということはかなり過酷なスポーツなので、作業の後はアイシングをしてください!」
「えっ、あのピッチャーが氷嚢でやるヤツ?」
「そうですよ、まさにピッチャーと同じ筋肉を使っているので、試合後のアイシングは必須です。」
なんと!ダンボールアスリート爆誕です!
何それ(笑
ダンボールアーティストのままで居たい。。。
ダンボール沼の底で暮らすには、累代することなく、一個体での進化が必要でした。そんな話、他で聞いたこと無いですよ!(笑
この相棒=深指屈筋に親しみを込めて「段筋」と名付けました。ダンボール加工専用の筋肉なので「段筋」です。以後お見知りおきを。
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なんてことも出来るようになってしまいました(笑
このダンボールアート沼で生き抜くには、特別なトレーニングすることなく、制作してるだけで肉体改造が起こってしまいます。とても過酷な環境です。おじさんは特殊な訓練を受けているので平気ですが、良い子の皆さんは真似しないでくださいね。
今ではこの「段筋」を駆使した加工方法が、僕のアイデンティティとなり、様々な仕事へとつながっています。
段筋、いつもありがとう。沼の底には君が居たんだね。
最後に少しだけ、沼の上層、光の当たる部分の話
ダンボールをプラットフォームとしたい
肉体を進化させてまで手にいれた技は、僕のダンボールアートを劇的に進化させました。完成したダンボールアートは「僕の考えや、思いを伝える手段」すなわちコミュニケーションツールだと思っています。それを支えるダンボールは、プラットフォームと言っても過言ではない。プラットフォームといえば、世界中にダンボールは存在します。僕のメッセージさえ届けば、世界のどこでもダンボールアーティストが生まれ、コミュニケーションを活性化できるのでは、と思っています。
沼の底で身につけた「禁忌の技」をオープンソース化する
これには自分が持つダンボールアート作成のための技術や道具、具体的な制作フローを全てオープンにして、皆さんが再現できる様にする必要があります。そのために書籍を執筆したり、メディアに出演して「ダンボールを捏ねる」というワードを普及しています。
格好良く言うとそんな感じですが、より多くの人を、この過酷で楽しい沼に突き落としたいだけなのかもしれません。(笑
「全てオープンにしたら、競合を自分で育てることになりませんか?」と聞かれることがあります。
「あー、そうですねー、出来るもんならやってみろって感じです。」
と答えています。
だってね、沼に入っただけでは、僕と同じようには出来ないんですよ。肉体を酷使して、改造して、人非ざるモノに進化しないと、僕と同じ能力を常時発揮できるようになりませんからね。ふふふ。
そして、伝説へ
僕の身につけた技術は、ダンボールアート特有のものだと思っていました。しかし様々な御縁の中で、和紙での制作にチャレンジする機会があり、沼の禁忌の技が活きました。細かい毛を切る技術は、綺麗な色の洋紙でも応用が可能です。そもそもコンセプトや考え方、工作の三種の神器である道具(ハサミ、カッターナイフ、接着剤)の使い方は、ジャンルを超えて活用可能です。これからはダンボールをプラットフォームに、止水域である沼の底の知識を、他のジャンルに展開していきたいと思っています。俯瞰してみると、「工作」自体がプラットフォームなのかもしれません。得意なマテリアル「紙」を中心にこれを実現した先には、僕は新しい沼を作ることのできる主になっているかもしれません。
沼にハマるって、ネガティブな言葉だと思っていましたが、沼は他の水源との交流が少なく、水が合えばとても住心地が良い。そして、閉ざされた水は、独自の生態系を進化させてくれる場所になるのだなと思います。
長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
皆様も沼の主を目指して、肉体を進化させていきましょうね!(違