守るということ
こんばんは。そしてお久しぶりです。
今日死にかけた王月です。
今回もナマケモノさんはお休みで、そして『見捨てるということ』の対比の作品を書いてみたいと思います。
かなり眠いので淡々とした喋りになったり、泣き疲れた後の頭痛の中色々と書き連ねる。
この感情のままこの文章を書きたかったので読みにくい文章になっていることをお許しください。
では、始めます。
Zzz>🦥
私と幼なじみが道を歩いていました。
そして鳩を見つけました。
色違いの鳩でした。
私はその鳩をぼうっと見ていました。
突然、トラックが向かってきました。
トラックは私たちの所へ来ました。
そのトラックは私たちを避けて通ったので誰も怪我はしませんでしたが、幼なじみが私を覆い被さるように抱きしめるように守ろうとしてくれたんです。
私はその後。
その幼なじみと一緒に歩いている時には泣くのをグッと堪え、一日の終わりの前には「私あの時泣きかけてたの」と暴露をし、そして家に帰ってからは通話を繋ぎ友人に色々と今日(昨日)のことを話しながら大声で泣き叫びました。
「どうしてあの子は私を庇ったの」
「どうしてトラックに背を向ける形で私を守ろうとしたの」
「あの子は私よりも頭が良くて優秀で優しくて社会的に本当に本当に手を伸ばされて素晴らしい業績を上げようとする子なのに、なんでそんな可能性のある子が私を守ろうとしたの」
「本当にトラックに轢かれていたら、私じゃなくて衝撃を受けたであろうあの子が死んでいたのに」
「あの子は小さい頃から優秀で、あの子は小さい頃から世界に祝福をされてて、あの子は私よりも辛い思いと悲しい感情と周りからの期待を背負って背負って背負いまくってるのにどうして私を守った」
「咄嗟に手を引いて逃げるんじゃなくて、なんで抱きしめるように覆いかぶさって私を守ろうとしたの、本当に轢かれてたらどうするの、ねぇ、なんで。」
訳が分からなかった
自分が守られた理由が分からなかった
この文章を書いているうちに、黒線に書いてある「あの子」を「貴方」に変えて幼なじみに泣きながら送った
ごめんなさい、情緒不安定で今でも泣いてて、もしも轢かれていたら友人が、友人が大変なことになっていたと考えたら私もう耐えきれなくて。
ここでnote終わります。
すみません。
守られるって、こういうことなんだなと。
思ったのでこのタイトルにしたということだけ書いて終わりにします。ありがとうございました。