【短編/全3回】箕形原物語(1) 〔1300文字〕
序
「成瀬藤蔵殿、功名!成瀬殿が功名をあげられましたぞ!」
「……先を越されたか……。」
鳥居四郎左衛門忠広は、すぅと大きく息を吸い、天を見上げて呟いた。吐息は靄となり師走の冷たい空に消えた。
◇
口論
鳥居は侍大将で古くから徳川に仕えている野太刀使いの剛の者であるが、先刻主君である遠江浜松城主 徳川家康と口論となった。
そして直後に成瀬の報せを聴いた。
口論の種は勿論、此度の戦のことである。
元亀二年の暮れ、甲斐の虎 武田信玄が西上を開始し、大軍を率いてこの遠江に進攻してきた。それに北相軍(北条)を混え、その数三万に対して徳川方は多く見積もっておよそ六千、多勢に無勢は明らかである。
遠江の要衝、甲斐との玄関口にある二俣城はよく持ち堪えたがふた月で陥落し、城主 中根平左衛門は生死不明。武田方は勢いに乗じて天竜川を渡河して遠江を西進した。
「兵は詭道なり」
二俣城を出立した武田方は虎の如く南下し浜松城を喰らうと思いきや、脱兎の如く遠江を通過し、東三河へ進軍するような動きも見せている。
家康もまた、これ以上の蹂躙は許すまじとして、武田方の脇腹を衝くべく浜松城を出立し、北の台地へ向かった。
その台地は遠目から箕のような形をしており、箕形原と呼ばれていた。
◇
物見役となった鳥居は前哨隊を率い数里先行して箕形原に達したが、ここで偶発的に武田方と交戦してしまい、瞬く間に一蹴された。
鳥居は圧倒された。虎、否、龍の如くうねりながらも一糸乱れぬ陣形、全身「赤」の甲冑を纏った異形の騎馬武者たちを見て、もはや我が方に万にひとつも太刀打ちする術はなかろうと。
◇
鳥居は血路を切り開いて早駆けし、家康の元に戻り注進した。
「武田方は大軍にて勢いあり!恐れながらここで一戦交えるは無謀!既に前哨隊は武田方先鋒と衝突し潰滅!軍を引き上げさせ給え!」
鳥居が周囲を憚りながら撤退を上申すると、馬上の家康は激怒した。
「軍の気勢を削ぎおって!何を物見て戻ってきたのじゃ、この臆病者め!ここでおめおめと敵を通して浜松城に籠れば三河武士の生き恥よ!」
鳥居も引かない。
「負け戦と知りながら負けに行くとは!勝敗の分別つかず、名を惜しんで命を粗末にしようとする殿こそ臆病者じゃ!」
鳥居の弁えない大喝に、そして主君家康の明らかに冷静さを欠いた様相に、陣内は圧倒された。それもそのはず、盟主織田信長から到着した加勢は佐久間信盛以下僅か三千。家康は明らかに苛立っていた。
主戦か、撤退か。
生還か、はたまた玉砕か。
それぞれの思いが交錯する。
渡辺守綱、大久保忠佐、石川数正ら多くの近侍が家康の主戦論に同調し、「もはや共に死を」との覚悟を決めてそれぞれの槍を握った。この「必死」の様子を、加勢に参じた織田方の平手汎秀は苦々しい表情で見ていた。
怒り心頭ののち本隊を駆け出て、鳥居は成瀬藤蔵正義の功名を知った。
功名とは、即ち「晴れなる討死」のことである。
◇
【短編/全3回】箕形原物語(2) 〔1000文字〕へ続く