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「ガラスの海を渡る舟」寺地はるな 読書感想

初版 2021年9月 PHP研究所

あらすじ
大阪の心斎橋からほど近いエリアにある「空堀商店街」。
そこには、兄妹二人が営むガラス工房があった。
兄の道は幼い頃から落ち着きがなく、コミュニケーションが苦手で、「みんな」に協調したり、他人の気持ちに共感したりすることができない。
妹の羽衣子は、道とは対照的に、コミュニケーションが得意で何事もそつなくこなせるが、突出した「何か」がなく、自分の個性を見つけられずにいる。
正反対の性格である二人は互いに苦手意識を抱いていて、祖父の遺言で共に工房を引き継ぐことになってからも、衝突が絶えなかった。
そんなガラス工房に、ある客からの変わった依頼が舞い込む。それは、「ガラスの骨壺が欲しい」というもので――。
相容れない兄妹ふたりが過ごした、愛おしい10年間を描く。
(PHP研究所HPより)

ざっくり内容を説明すると
祖父から受け継いだ、ガラス工房を犬猿の間柄の兄妹が経営する話です。
アーティスティックな芸術家の話ではないし、
下町工場の、経営危機からの一発逆転ものでもありません。
妹、羽衣子の最初の理想としては、1つ何万円もするような芸術作品としての「ガラス工芸」を扱う店にしたかったようだけど、現実はそんなに甘くなく、その経営基盤のほとんどは「ガラス工芸教室」でまかなわざるをえず・・・あとは弟の道が葬儀社と提携して、小口で請け負う「ガラスの骨壺」の受注とわずかなショップの売り上げでギリギリの経営を続けています。
他、別にサスペンスな展開があるわけではなく、
おしゃれな会話のかけ合いがあるわけでも、ウイットに富んだ文章表現があるわけでもありません。
正直、面白いかどうかと問われれば、面白くはありません。
そもそも、職業ものというよりは、むしろ、どこにでもある家族の話に焦点を当てています。
兄妹、両親、親戚とのいざこざ・・・
家族だからこそ素直になれない、ねじれ絡まってしまう、ままならない思い・・・
そういう小さな心のひだを真摯に見つめ、派手さはなくとも丁寧に実直な文章で描かれていきます。
このあたりは好みの賛否、分かれるところだろうけど・・・。
本書の魅力は
兄、道の「ガラスの骨壺」を受注するいくつかのエピソードを通して、愛する者を亡くした依頼者の気持ちに寄り添い、その思いをガラスの骨壺製作に込めるシーンにあると私は思います。
妹、羽衣子は、汚らわしいものでも見るような態度で拒絶し、きちんと向き合おうとしません。
そのくせ兄に妙な対抗心を燃やし、劣等感を抱き、自分には才能がないと卑下する。
それは才能の問題ではなく、姿勢の問題だよ!
とつい思ってしまったのですが・・・。
あらすじに羽衣子は「何事もそつなくこなせる」とあるけど、なかなかにこじらせガールなんですねぇ~。
私は、序盤はそんな羽衣子に共感できずにイライラしてしまいましたが・・・。
まあ、そういう人がいるということは否定はできないなぁ~。
自分も、若い頃にはそういうところも少なからずあったかな~。
とか思い始めて。だんだんと、
忘れていた、見えないように蓋をしていた心の奥のくすぐったいところを
呼び覚まされたような不思議な気持ちになっていくんです。
羽衣子も、道や周囲の人たちとのかかわりの中で少しづつ変わっていきます。
10年間の歳月を費やして、本当に少しづづ・・。
ラストはいささか予定調和的な所はありましたが。
著者も、重々承知の上であえてそうしたのではないでしょうか。

羽衣子は、兄を否定し。親を否定し。死を否定します。
そしてそんな自分を否定します。
著者の視点は
そういう羽衣子を否定するのではなく・・・
うわべだけでポジティブさを繕うような、単純な肯定もしません。
そこにあるのは
負の感情をきちんと直視して、1歩づつでも前へ進もうというような・・。
ささやかなエール。
なんじゃないだろうか・・などと思ったのでした。

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